第2話

「あーあ。また勝手に滅んじゃったよ」


 灰色のフードローブを目深に被った者が言った。中背で華奢な体つき。声はどちらとも取れない中性的なものだった。

 

「仕方ないよ。人とはそういう生き物だし」


 今度は茶色いローブを着た、少し背の高い者がそう言った。そちらも声や体つきでは男か女か判別する事は難しかった。

 

「まあ今回はまだマシな方なんじゃないか? いつぞやの世界なんて、戦争によって汚染され尽くされ、荒廃した世界になっても、人は闘いをやめる事は無かったんだから。なんか巨大な機械人形に乗り込んで殺し合ってたよねあの子ら。僕結構アレ好きだったな。まあそんな訳だから、今回のようにすっぱり綺麗に終われたのはある意味では幸運なのかもしれないね」


「いや今回だって核で破壊しつくされた後でも多少は生き残ったし。まあ結局残された資源を奪い合って殺し合って滅んだけどね」


「いいね。実に度し難いね。素敵だ」

 

 にこやかに楽しそうに言う茶色ローブを灰色ローブは睨みつけた。こいつは最近どうにも人類が滅ぶ様を楽しんでいるように思える。いい加減そろそろ安定した世界を構築しないと、単位を落としかねないというのに。安定世界実習なぞ落とした所で、他で単位が足りてるからという余裕からだろうか。忌々しいと灰色ローブは思った。単位が足りないのはサボっていた自業自得なのだが、それを省みる気はさらさら無いようだった。

 

「ちょっとは真面目にやってよ。私はアンタと違って余裕ないんだから」

 

「まあまあ。しかしこうまで自滅するのが大好きな存在だと難しいね。課題は人が自分の銀河から飛び立てるまでか。もっと手を加えないとダメなんじゃないかな?」


「あまりやり過ぎるとあの髭煩いのよ。もっと自然な素材本来の味を生かした云々って。馬鹿じゃないの」

 

「そうかぁ。僕は人がなんか危なそうな物造ったら、その度に大雨振らせ続けて綺麗に押し流せば、自分を滅ぼす事は無くなるんじゃないかなと思ったんだけどな」


「私達が滅ぼしてどうすんのよ。というかそれじゃ人以外も綺麗に押し流されちゃうでしょ」


「いやいや。良さそうなの見繕って船にでも避難させておけば行けるって」


 こいつ本当に馬鹿なんじゃないかと灰色ローブは思った。こんなんで成績優秀な優等生扱いされているのが不思議でしょうがなかった。

 

「それで滅ばなかったとしても、人の事だからまた同じ事繰り返すでしょうし、その度に雨降らせてたらいつまでたっても別の銀河へ旅立つことなんて出来ないじゃない」


「そうかあ。良い案だと思ったんだけどな」


 残念そうに溜息をつく茶色ローブを無視して、灰色ローブは次の世界の準備を始めた。次の世界はどうするべきか。そもそも文明を築ける知性を持った生き物が人間だけなのが悪いのではないか。他の同等の存在を同時に詰め込んだ世界ならば、互いにけん制し合って案外うまくいくかもしれない。

 

 灰色ローブは前の世界で人間が、互いに武力で牽制しあった結果どうなったかをもう忘れたようだ。茶色ローブは気付いていたが、面白そうなので黙っている事にした。

 

「科学技術だけに頼り切った文明もよくないのかもしれない」


「いいね。面白そうだ」


「魔法とかあるといいかも」


「僕は変身する奴が好きだな。あ、勿論女の子がね?」


「あと魔王とか」


「第三形態まである奴がいい」


 灰色ローブの独り言に、恐らく聞いてないであろう相槌を返す。

 

 茶色ローブは灰色ローブの作る世界が好きだった。なんと不出来で不格好な歪な世界。目を離せばすぐ滅んでしまう様な、しかしその短い世界の寿命の中に、他では決して見る事の出来ない輝きがあった。それは自分たちの存在意義からしてみると、途轍もなく無価値なものであるだろう。しかし茶色ローブにはそれがとても美しい物に感じられた。自分には作り出す事ができない。いや、優等生である事を求められる自分には、作り出す事を許されない不完全な世界。

 

 次はどんな愉快な世界を魅せてくれるのだろうか。ワクワクと灰色ローブの作業を茶色ローブが見つめていると、前の世界の残骸から一つの光の粒が零れ落ちたのを見つけた。人の魂だ。無数にあるこの一粒一粒の光の欠片が、世界を支える愛しい魂達なのだ。しかしそれらは滅んだ世界の残骸と一緒くたになって積み上げられ、ぞんざいな扱いをされている。灰色ローブは失敗作として、それらをまとめて廃棄するつもりのようだ。多少はかわいそうと思うが、流用しても恐らく新しい世界でも同じように滅びを繰り返すだけだろう。

 

 茶色ローブは零れ落ちた魂の欠片を拾い上げた。そのまま残骸の山に戻そうとしたが、よく見ると他の物と比べて、輝きが若干強いように思える。どれも代り映えしない魂の中で、それはとても異様に見えた。

 

「これは・・・・・・中々」

 

 茶色ローブはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべると、灰色ローブの準備している新しい世界に近づき、のぞき込む振りをしながら気付かれないようにその欠片を忍び込ませた。

 

「今回は今までの中で一番面白くなりそうだね」


「当り前よ! これで単位はバッチリなんだから!」


 それは無理なんじゃないかな。という言葉を飲み込む。ゴメンと心の中で謝った。

 

 恐らくだが、今回は今まで以上の速さで壊れてしまうんじゃないかなと。

 

 世界を閉じ込めた水晶のような球体の中で、紛れ込ませた光の粒が溶けて広がって行くのを見ながら、茶色ローブは思った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る