銃を取り平和を謳う少女は幻想の地にて
ピザ四朗
第1話
空に光の玉が昇っていく。
それ一つで数十、数百万の命を消し飛ばすものが、幾つも。
「間に合わなかったか……」
俺はそれを地面に仰向けになりながら、ただボーっと見上げていた。
仲間達が騒がしい。すぐに報復攻撃が来るぞ、今すぐ逃げろと叫んでいる。
俺にはそれが他人事のようにしか感じられなかった。それは俺がもう死にかけて動けないせいもあるかもしれない。被弾した腹部を押さえた手の間から、どす黒い血が流れ出るのが見えた。持って後20分って所か。この発射の報復に撃ち込まれる核ミサイルの弾頭が爆発する頃には、俺はこの世からおさらばしているだろう。
それがいい事なのか悪い事なのかは分からない。
◆
俺は日本で産まれた。面白い話では無い。貧しい山奥の農村で産まれた長男以外の子供なぞ、奴隷並の扱いを受けるか、口減らしで捨てられてしまう。戦時中ともなると尚の事だ。
戦争が終わり、俺は徴兵された村の若者が殆ど帰ってこない事を村の老人達の会議で盗み聞いた。そしてその日の内にに村から逃げ出した。このままでは村の数少ない労働力として酷使される運命が見えたからである。少なくとも現在より扱いが改善される事はないだろう。
しかし逃げ出したからといって良くなる事は無かった。まだ子供だった俺は誰にも雇って貰えず、ゴミを漁ったり恵んでもらったりなどして、日々食つなぐ事に精一杯だった。
そしてある日街に来た米兵にチョコや菓子を恵んでもらおうと近づいた時だった。
「もっと欲しいか?」
カタコトの日本語でそう問われ、頷くと俺はトラックの荷台へ押し込まれた。そこには俺と同じ様な子供が何人もいた。しばらくトラックに揺られていると、急に鋭い口調と共に荷台から引きずり降ろされ、何かの施設に押し込められた。そこで監禁された俺達はアメリカに忠誠を誓う事を強いられ、厳しい訓練と教育を科せられた。逃げ出す事はできなかった。何人かは逃げ出したようだが、その後どうなったかは想像する事しかできないが、まあこの世には居ないだろう。
多くの子供が家に帰りたいと泣いていた。厳しい訓練に耐えられ無い者もいた。しかし俺にとってはそこまで悪い環境では無かった。訓練や教育を真面目に受け、結果さえ出せれば食事はしっかり与えられたし、その内容も悪くなかった。栄養状態が著しく改善した事により体も頑丈になった。何より教育を受けられるのが良かった。長男ぐらいしか学校へ行かせて貰えなかったので、俺は一生勉強なんてできないと諦めていたから、周りのどの子供達より意欲的に取り組んだ。
そして数年で実戦部隊へ投入出来るほどになった俺は、アジア圏の諜報員として働く事になった。子供の外見を生かし、現地で働きながら情報を仕入れる任に就いた。
その後米ソの溝が深まる中、俺は朝鮮半島の動乱に巻き込まれる事になった。現地に潜り込んでいた俺は、軍事訓練を受けていた事もあり、そのままアメリカから送られて来た特殊作戦チームに随伴し、後方へ潜り込んでの破壊工作や、ゲリラの排除などをこなしていった。
そこでの働きが良かったのか、俺は朝鮮戦争終了後もその部隊に配属され、多くの対ソ関連の任務に就いた。世界中を飛び回り、諜報、暗殺、破壊工作など様々な任務を受け、そのすべてを成功させてきた。
そんな事を繰り返していると、何時の間にか俺は伝説の兵士だの、最強の兵士だのともてはやされるようになった。もちろん非公式な部隊で存在しない者としての扱いだったので、世間に知れる事は無かったが。その間に変わった3人の大統領からも、俺の活躍を称賛する文を賜ったりしたが、結局最後までアメリカの地に足を踏み入れる事は無かった。
そして俺にとって最後の任務になったのが、このキューバという小さな島国にあるソ連の核ミサイルを破壊する事だった。
◆
動ける者達は敵味方を問わずあらゆる移動手段を奪い合いながら逃げ出していく。何処へ逃げようと言うのか。この南国の小さな島に核シェルターなんてある筈も無いだろうに。まあ誰しも俺のように簡単に諦めきれるものでも無いか。
これで本当に世界が終わってしまうのだろうか。このミサイルが全ての切っ掛けとなって、アメリカとソ連は互いの核を撃ち合う事になるだろう。
かつて俺が生まれた国に落とされた物とは比べ物にならない程の威力だと科学者は言う。それで巻き上がるチリや汚染で、世界は氷河期に陥り滅んでしまうのだと。スケールのデカすぎる話で現実味が薄いように思える。しかしまあ、頭のいい人がそう言うんだから、そうなるのではないか。人類は2000年を待たずして、自分の力で自分を、世界を滅ぼしてしまうのだろう。
「世界……か……」
正直俺はこの地獄が楽園に見える程に、クソみたいな世界には辟易していた。
俺を奴隷のように扱った生まれ故郷。そんな俺を攫って洗脳に近い訓練と教育を科し、俺に多くの人を殺させたアメリカ。命がゴミ程にも価値が無い狂気に満ちた戦場。潜入した先々で見た人間の汚さと愚かさ。
何度もこんな世界滅んでしまえと思った事か。
しかしいざその滅びの狼煙を目前にして、それとは真逆の事を考えてしまうのはどうしてだろうか。
本当に死んでいい奴らは腐る程いるが、まあ、だからと言って何もかもが一緒くたにされて死ぬことはないだろう。
少なからずいい奴はいる事はいた。本当に少なかったが。
そう思うとものすごく寂しい気持ちになる。
だが今さらどうにもできない。
痛みを感じなくなってくるにつれ、視界もどんどん霞んできた。
もっと他にやり様はあっただろうか。作戦立案がちゃんとしいていれば、装備がもっと十分だったら、突入のタイミングが……。そういった考えが点いては消えていく。
そんな自分に思わず笑ってしまう。
もう諦めたと偉そうにカッコつけて、結局なんだかんだと未練がましいのだな俺は。
そしてそう思える程には、俺はこのクソみたいな世界が好きだったようだ。
失われる直前になって気付くとは、何とも間抜けな話だな。
俺は最後にどんな顔をしているのだろう。負傷による痛みによる苦悶の表情か、間抜けな自分に対する自嘲の笑みか。
もう音も光も感じない。思っていたより持たなかったようだ。
意識も黒に溶けるように薄れていき、俺は世界の終わりを見る事無く、命を終える事になった。
そして次に目覚めたら俺は幼女に生まれ変わっていた。
何を言ってるか分からないだろう。俺もだ。
なんなんだこれは。
は? エルザって俺の事なのか!?
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