第6話



「前から、気になっていたんだけど」


 そのまた次の日、同じ場所でポッキーを食べながら、それとなく聞いた。

「その……シノの髪の毛は、どうして白いの?」

 そう尋ねると、シノは少し困ったように首をひねり、誤魔化すように足をバタバタとさせた。

「ボクも、あまり器用な方じゃないからなあ。友達に隠し事っていうのは、ダメだよねえ。やっぱり」

「……?」

「これね、染めてるの」

 そう言って、シノは自分の頭に触れた。

「染めろって、言われてるの。だから、染めてる。そんだけ」

「元々は別の色なの?」

「そう。本当は、リサちゃんと同じ黒髪なんだ」

「そうなんだ」

 タンブラーのコーヒーを飲みながら、シノの髪を見た。根元から綺麗に染まっている。まるで羊か何かの毛のように、生まれ持っての白さだと勘違いしてしまうほどだ。

「どうしてボクの髪のことなんて気になるの?」

「だって、病院にいるっていうから。それも病気のせいなのかなって」

「はは、まさかまさか」

 シノは朗らかに笑った。

「病気で白髪が増えたから染めろ、ってことじゃないんだな、これが。病気で髪がどうこうなる、とかいう症状はないんだ。ただこれは、本当に、ただ言いつけられているだけっていうか」

「本当は嫌?」

「どうしてそう思うの?」

「だって私なら嫌だから。病気になって大変なのに、その上髪を染めろだなんて、そんな変な命令してくる人は、なんだか嫌」

 シノはポッキーを口にくわえて、「ふうん」と空を仰ぎ見た。

「その、目のコンタクトも?」

「そうだよ。似合ってるでしょ?」

「誰に言いつけられているの?」

 シノはくわえたポッキーを、パキッと音を立てて折った。

「それは内緒」

「嫌だって言わないの?」

「君なら、嫌だって言う? リサちゃんなら、誰かに何をか言いつけられたら、素直に従うんじゃない?」

「まあ、そうかもしれないけど……でも嫌な時は、嫌って言うよ」

「そっか。でも僕の場合、言っても無駄なんだ。わかるでしょ? ボクは多分、何回も嫌だって言ってるんだと思う。でも、相手は聞く耳を持たないから、結果的に言ってないことになってる。わかるかな、この理屈」

 なんとなくわかる気がしたけれど、なんて言っていいかわからず、私は曖昧に頷くことしかできなかった。

「僕に髪を染めろとか、カラコンを入れろって命令してくる人が、言うにはね。ボクは『空っぽの入れ物』なんだって」

「からっぽの……?」

 シノは飲み干した缶コーヒーの缶を、近くのゴミ箱に向けて放った。

「そう。空っぽの入れ物だから、なんでも受け入れるし、なんでも飲み込める。でもただの入れ物だから、自分からは何も詰め込むことができない。だからいつも誰かに中身を入れてもらうしかない、だから私がお前を満たしてやるんだ、ってね」

 カラカラン、と音を立てて缶はゴミ箱に入った。シノは少しだけ微笑み、くわえたポッキーを口に押し込んだ。

「まあ、どうでもいいけどさ」

「どうして? つらくないの?」

「だって、ボクは空っぽじゃないから。勝手に言わせとけ、ってやつ」

 

 

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