第3話
次の日の午後、同じ公園に行くと、ベンチには先客がいた。
「……」
少し戸惑って、とりあえず自販機で飲み物を買うことにした。飲み物を買ったら、その後で、ベンチの端にでも座らせてもらおう。
小銭を取り出して、自販機に入れていると、背後に気配を感じた。横目で後ろを見ると、どうやら順番待ちをしているらしい。早く買いたいのはわかるが、少し距離が近く、煩わしさを感じた。
ボタンを押すと、がこん、と缶が下に落ちる。
それを取り出して振り返ったその時、見知らぬ顔が目の前に現れた。
「こんにちは」
いやにゆっくりとした、言い聞かせるような声だった。
私は俯いて、素知らぬふりしてその場から立ち去ろうとしたが、行く手を阻まれた。渋々目線を上げると、そこには、にこやかに微笑む白髪の青年が立っていた。呑気なことを考えていられる状況ではなかったが、それでも私は、青年の目を見て少し驚いた。カラーコンタクトをしているだけなのか生まれつきなのか、とにかく彼の瞳は、こちらから見て右が黄緑、左が明るい青と、両目で色が異なっていた。
青年は笑顔のまま、さらに顔を近づけてきた。
「ねえ。君、誰かに似てるよね。誰だったかなぁ……君の顔、テレビで見た気がするんだ。芸能人、じゃないよね?」
「……」
私は、世間ではまだ行方不明扱いになっている。自分ではあまり積極的に見ようとしなかったので実際のところはわからないが、テレビでは何度か顔写真が放送されていても、おかしくはない。でも今はマスクで顔の半分を隠しているし、私の顔や髪質はごく平凡で、これといった特徴などもない。しらを切っても大丈夫だろう。
私は青年の目を見据えたまま言った。
「違います」
「ふーん……?」
青年は笑みを消したが、まだいくらか疑っている様子だった。それを見て、少し背中に冷や汗が流れた。いくら私が知らないふりをしても、この男に無理やり警察などに連れて行かれたら終わりなのは間違いない。しかもこの男は、なぜか私の顔色を観察しているようにも思えた。行方不明者を探しているだけなら、嘘をついていると思った時点でそれこそ強引にでも警察に引っ張っていくか、そうでなければ、さっさと離れていくだけのはずだ。
だが、私がそう考えているうちに、青年はあっけなく私から顔を離した。
「そっか。気のせいだったらいいんだ」
彼はそうは言ったけれど、色の違う二つの目は、私をじっと見つめたままだった。疑ぐりすぎかとも思ったが、しかしそれは牽制の意味にも取れた。無駄な抵抗をすれば騒がれて、周りに正体をバラされるのではないか、という不安がじわじわと込み上げてきた。
「あの、あなたは……?」
「ボクはシノ。君は?」
「……リサ、です」
私はとっさに偽名を言った。
「そっか、リサちゃんっていうんだ」
シノと名乗った青年は笑顔で頷いたが、どうにも信じられていないような、そんな感じがした。
「よく躾けられているんだね」
「え?」
「ううん、こっちの話。ねえ、君はどこからきたの? 学校は? 今日はお休み?」
「え、あ……」
言いあぐねる私に、シノは自分の白いタートルネックの首の部分をめくり、首元を見せてきた。そこには点滴か注射か、針の刺されたような跡があった。
「ボクはね、入院中なんだ。今日は調子がいいから、公園まで遊びに来たんだ」
「入院……病気なの?」
「まあね。ずっと入院してるから、友達いなくて、つまらなくて」
「誰もお見舞いに来てくれないの?」
シノは寂しそうに笑って、向こうを向いた。
「人ってね、案外ゲンキンなものだよ。見舞いに来ても、ボクがいつもただニコニコ笑っているだけだってわかると、みんないなくなった。いつもお礼をあげられるほどボクの家は余裕があるわけじゃないし、ボクだって、いつもタレントみたいに面白い話をして楽しませられるわけじゃない。第一、ずっと検査や投薬しかされてないんだから、そうそう話のネタがあるはずもないし。ボクと親しくしてくれるのは、今はもう、家族くらいしかいないんだ」
「……」
言っている内容は明らかに怪しいのに、なぜか、嘘を言っているようには聞こえない。彼の語る哀しみには、どこか生々しいリアルさがあった。彼は再びこちらを振り返った。午後の柔らかな陽光が、彼の白い髪を照らしている。
「リサちゃんは? 友達、いる?」
「友達……」
ユウの名前がふと脳裏をよぎったが、友達というには、彼はあまりにも近く、そしてあまりにも何も知らなすぎた。あれは友達、ではない。たぶん。
そんなことを考えていると、いつのまにか、シノが私の手を握っていた。
「ねえ。ボクたち、いい友達になれると思うんだ」
これからよろしくね、と微笑まれて、私は流れのままに頷いた。彼の言っている意味は、一から十まで、全くもって分からなかったけれど。
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