第七節 最上時雨、開戦前の茶会

私は、この数か月間、とても充実した日々を送っていた。この世界に転生して、はや十五年が経過していた。当初は、このような体に生まれてしまったことを呪っていたが今となっては愛着がわくようになっていた。私が、このような前世界よりも駆け足で出世していった理由はこのような体に生まれたこともあっただろう。軍務省内の意識改革のお陰で変革の象徴の一つとして自分が選ばれたのはとても光栄だ。しかし、同時にこういったときは足元を見なければいけない。そんなことを考えたが故に私は私が信頼する三人の人間と共に帝都のとある茶寮での茶会を催した。


「本日は、お忙しいところいらっしゃってありがとうございます。」

「いえいえ、時雨さんのお誘いならいつでも歓迎ですよ。」

「こちらも、貴女との共筆した論文のお陰でかなり鼻が高いですよ。」

「久々といった感じですけど、今回はどういったことで?」

「まあ、最上の言うことだから、退屈なことではないだろうな。」


茶寮に集まったのは最上を含め五人の軍人だ。割合は海軍から三人と陸軍から二人だ。太平洋連合艦隊司令官付参謀最上時雨中佐、在連衆国大使館駐在武官、須磨源一郎大佐、第十七軍、第十六師団長、宮上雪乃少将、関東軍参謀副長、市原進吾少将、潜水空母艦隊司令官蔵田理中将。いずれも陸海軍の中でも切れ者として名高い人物だ。特に最上と宮上の二人は両軍で皇家士官ではない女性士官であり、実力で登りつめた優秀な軍人である。二人は、軍務大学校時代に相部屋でありそこからの付き合いで信頼関係を築いてきた人物である。そして、須磨は駐在武官と言う立場に甘んじながらも、その実は、陸海軍の中で二十名のみが入学を許される諜報・秘密戦専門の学校、軍務豊島学校(前世界における陸軍中野学校)の出身であり優秀な工作員でもある。そして、市原進吾は他の三人よりは年を取っているが、優秀な戦略研究家であり、天才という称号を貰うにふさわしいと言われる人物であろう。特に最上と共に作成した『アジア解放戦争論』の制作者であり、数か月前に大陸で起きた乾隆国創建は彼の指揮のもとに行われたのだ。蔵田理もまた最上・宮上・須磨とは年が離れていたが、水雷畑で有名な男だ。最初の潜水母艦『三浦』の艦長、重巡洋艦『浄蓮』の艦長を歴任した経験豊富な男で、他の四人をいさめることの多い軍人だ。この五人こそ、この後の戦局を左右する存在なのである。

まず口を開いたのは、宮上だった。

「時雨さんの論文、陸軍でも大評判ですよ。すごいって。」

「いえいえ、私の考えを書いたにすぎませんよ。いろんな人の意見や国際情勢を参考にして書いただけです。」

「そうだとしても、あれは衝撃的でした。世界的な大戦争・・・。」

「しかし宮上君、現実はそうなり始めている。どんどん世界は変わり始めているんですよ。最上君、君の言うとおりに世界は動き始めている。」

「全くだ。ロマノア帝国は内乱でアジアへの影響力が低下しその代わり連衆国が影響力の強化に尽力している。これでは皇国が目をつけられるのも時間の問題でしょう。」

「そうなりますと、欧州の列強諸国との同盟関係と言う話も出てくるでしょう。最上君はどうなると考えている。」

「さて・・・。正直なところ同盟関係を結ぶ国に関しては外交との兼ね合いもありますし、どうなるかは分かりません。順当にいけば大連合帝国と組むのが最善なのですが、連衆国ともつながりのあるあの国ではやはり・・・。」

「そうね。陸軍内では、国家社会主義連邦と言う話も出ていますが・・・。」

「ヒュッテは確かにかなりの切れ者ですがどうなるかはわからないですからね。」

「こればかりは外交にまかせるのが最善でしょう・・・。」


その後いくつかの意見交換の後、最上と宮上は二人になった。最上にとっても、宮上にとっても素の自分をさらすことのできる唯一の相手だからだ。

「ふう、今後どうなるかは分からないですね。宮上さん、いえ山下さんとお呼びしていいですかね?」

「ははは。まだ慣れませんか・・・?」

「貴女はよく馴染めましたね・・・。海軍の礼装なんて今でも恥ずかしくて顔から火が出そうですよ。」

「慣れるものですよ・・・。まあ陸軍の礼装は海軍のそれより男性の物と差異が無いということもあるのでしょうけどね・・・。」

そう、最上が西村祥治の転生した姿であると同じように宮上もまた前世界から、転生した転生者なのだ。宮上雪乃、彼女の前世界での名前は、大日本帝国陸軍第二五軍司令官だったのだ。どういう事情であるかは知らないが、この世界に転生していたのだ。最上は宮上と出会ったときから少しだけ違和感を覚えていた。自分と同じようにこの身体に対して無防備であり男性的だったのだ。そして少しずつ話を進めていくと、どうやら同じ転生者であるような感じになって行った。そして思い切って宮上を問いただした、そして彼女はあっけなく認めた。転生者であること、そして、最上が知らなかった太平洋戦争のその後を知った。広島と長崎への大量殺戮兵器『原爆』が投下されたことなどを知った。それにより最上は、今現在も軍に身を置く立場として、そのような歴史をこの豊葦原瑞穂皇国の国民に歩ませてはいけないと考えるようになった。そこで、自分と宮上が知っている歴史の知識を生かそうと考えたのだ。そんな時に、海軍の高本才輔と陸軍の酒波益周からの諮問を受けた。そこで最上は前世界における国際情勢とこの世界の国際情勢を総合して今後どうなるかを考え、思ったように告げたのだ。その結果二人はその説を論文にするように指示を出した。それが波紋を呼びかなり話題となったのだ。そんな最上に接近したのが、陸軍の市原進吾だった。市原は論文から最上を政策通と考え、政治的空白地となりつつある晴華民国東北部をどうするかの意見を求めたのだった。最上は前世界での石原莞爾の作戦をある程度自分流にアレンジして告げた。その作戦ひな形として市原は『アジア解放戦争論』を執筆したのだった。


「宮上さん、それで以前話した件は進んでいますか?」

「ええ、酒波中将の方へ伝えたところかなり興味を示しておられましたよ。陸軍でやる気のある若い志望人材を集めていますよ。」

「海軍も同じです。もっとも、集まるかどうかは分かりませんけどね・・・。」

「いいえ、集まりますよ。きっとね・・・。」

最上は宮上に一つの提案を持ちかけていた。それは、陸軍と海軍両方から優秀な人材に志願してもらい作る、第四の部隊だ。離島などへの上陸戦とサバイバル戦術に特化し、どのような過酷な状況でも敵地を制圧するという理念に則った部隊でいわば海兵隊のことだ。前世界における海軍歩兵からなる海軍陸戦隊とは違い、陸軍と海軍両方から志願者を募り、陸軍とも海軍ともそして航空戦隊とも違う全く新しい軍隊にすることが狙いだった。これは最上が前世界におけるガダルカナル島での惨状を鑑みて立案された部隊である。

「現段階での人数は恐らく陸軍的に言えば大隊から連隊規模が最終的な目標でということになっています。」

「一二〇〇人前後から三八〇〇人前後ですか・・・。そこまで集まるとは・・・・。」

「自信家の時雨さんにしてはずいぶん消極的ですね・・・。」

「いえ、この世界では陸軍と海軍の軋轢が少ないこともあり、かなり私としてもやりやすいのですけど、そこまで上手くいくかと言うと・・・。」

「確かに前世界における陸軍と海軍の対立は酷いものでしたものね。内部で手柄を競うことは当り前。しかも戦争だけではなく軍医までそうだったのだから始末に負えない。森陸軍軍医総監の脚気細菌説のせいで日露戦争のときどれほどの若者が死んだかを考えると胸が痛みますよ。」

「ええ、それを考えるとこの世界はどれほど恵まれているかもよく分かります。軍医たちは陸海両軍分け隔てなくやっていますし兵士たちも積極的な交流が行われていますからね。」

「だからこそ、きっと志願者も多く集まると思うのです。」

「そう言うものでしょうか・・・。」

「とにかく、来るべき時に備えましょう。それが来ないことを祈りますがね・・・。」

「ええ、皇国のより良き未来の為、万全を期しましょう。」


最上と宮上は静かに笑みを浮かべながら、この日の会談は終了した。

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