第六節 完成、潜水航空艦隊

最上が思い描いていた構想の一つは、潜水航空艦隊である。潜水航空艦隊とは、潜水空母による艦隊であり、隠密的に航空攻撃と魚雷による攻撃の二つを可能とするものであり、航空戦思想を相手側に植え付けさせないための目的の一つだ。そして、彼女の考えている作戦を完遂させるためには絶対に必要な装備であったのだ。最上の対連衆国戦争は、単純に勝つ事だけが目的ではない。連衆国を崩壊させる覚悟を持ってやると言うことを重要視していた。それは、彼女が死後の世界で東郷平八郎から知らされた未来からだった。その未来では、アメリカ・ソ連などの連合国により一部の領土を取られるという未来だった。そしていつまでも戦犯国として白眼視される、そのようなことを国民に背負わせたくはなかったのだ。所詮、勝ち負けにこだわらないなんて言葉は負け犬の遠吠えだ。結局のところは勝った方が正義であり、負けた方が悪になってしまう。そのことは私が前世界・現世界両方の様々な国の歴史を学んで分かったことだ。どれだけ崇高な理念のもとに戦おうとも、負ければそれは認められない。そして、後世の歴史家たちによって全く違う人物像を植え付けられてしまうのだ。それも、そのほとんどが悪意に満ちた偶像として。だからこそ、最上は勝ちにこだわり続ける。勝たなければ正義にはなれないのだ。もちろん、最上自身、正義を失うつもりはない。それでは前世界の連合国と同じだ。あくまでも、自分たちは信念と正義を持って戦争に向き合わなければいけない。そこであくまで、前世界での作戦を底本にしていかなければならない。つまり、連衆国にはいち早くの降伏及び講和に踏み切らせなければならないのだ。そして、アジアへの政治的な不可侵を約束させることを連衆国や大連合帝国、そして同盟国である国家社会主義連邦にも認めさせることが豊葦原瑞穂皇国にとってのいずれ起きるであろう世界戦争での勝利なのだ。決して領土拡張などと言ったことをするつもりはない。これは皇国がこの戦争が起きた時に根幹に据えなければならない理念なのだ。


蔵田理くらたおさむ中将が、海軍令部の永峰道徳の元に呼ばれたのは、太平洋連合艦隊の司令長官・参謀が発表された三日後のことだった。


 私こと、蔵田理中将が永峰軍令部長から潜水空母艦隊の司令官に指名されたのは、対連衆国との開戦である水晶湾攻撃が行われる一年前だった。永峰軍令部長からそのことを告げられた時、私は最初、意味が分からなかった。皇国海軍にそのような艦隊があることなど知らなかったし、潜水艦と空母を同じくしたものが存在することもあまり理解できなかったのだ。軍令部長が言うところの新設される艦隊であり、とても重要ないずれ起きるであろう大戦では空母艦隊と並び基幹となるものであることを告げられた。しかし、私は懐疑的であった。それが、本当に必要な物なのかを。

そのような態度を察したのか、永峰軍令部長は私を引き連れて最寄りの雪湊賀海軍工廠へと連れていった。そこで目にしたものの衝撃は私の脳裏に今でも焼き付いている。

「こ、これは・・・。」

「これは、我が海軍の最重要秘匿兵器である。保号八百型型潜水空母の二番艦『爽海さわみ』だよ。」

そこにあった潜水艦は私の今まで見たものとはけた違いに大きく鯨のようだった。最重要兵器と呼ばれるのも理解できる代物だったのだ。呆気にとられる私を尻目に軍令部長は続けた。

「現在、一番艦の『晴海』は広崎県の佐瀬部で進水が終わりもうすぐ完成する。そしてこちらももうすぐ進水だ。水鶴の『荒海あらみ』、朱の『輝海てるみ』も年内に完成するだろう。」

「も、もう一度聞きます。これは一体なんですか?」

「潜水航空母艦だ。内部に特殊攻撃機を積むことができ、それが飛び立てる飛行甲板も存在している。航続距離も地球を一周することができる。勿論、潜水艦としての機能も持っている。魚雷発射管は15門、機銃も装備する予定だよ。そして、この潜水艦発着艦用の攻撃機『翠嵐』の設計も進んでいて、試験飛行はもう終了している。それから、第一陣である『晴海』・『爽海』・『荒海』・『輝海』の四隻に続いて、第二陣の『天峰てんほう』・『麗峰れいほう』・『凛峰りんほう』・『照峰しょうほう』の四隻も建造中だ。そちらもかなり急速に進んでいるから、日の目を見る日は近いぞ。」

私は呆気にとられてしまった。ここまでの潜水艦隊があっただろうか。まさしくこれは海中に潜む空母だ。そうまるで忍のように誰にも気づかれることなく標的を沈め、あるときは、敵の不意を突き現れる。それはまさしくこの先の大戦において重要な働きをするであろうことを私に確信させた。そして、私は、雪湊賀ゆきすか鎮守府へと戻り次第、その辞令を快諾したのだった。


最上時雨は、自身の書いた論文『世界最終戦争論』で、連衆国との戦争はまず、宣戦布告文書を世界中に公開した後、海軍は水晶湾攻撃、連衆国太平洋艦隊の壊滅ないし太平洋上の連衆国艦を一掃し丸裸になった布哇諸島の制圧を軸とし、陸軍は南方へ進軍し植民地解放と資源確保する、この二本柱を第一群作戦とした。そして、この作戦の成功のために考えられたのが、潜水空母艦隊によって連衆国の南北両大陸を繋ぐ最大の運河パナマ運河への攻撃閉塞であった。これは前世界と同じく連衆国の工業地帯は東北部の五大湖周辺に集中しており、太平洋艦隊の立て直しを大幅に遅らせることを考えてのことだった。

そして、それ以外にも、大きなメリットがこのパナマ運河攻撃作戦にはあった。まずは、太平洋最大の資源国である濠州の存在であった。前世界で濠州に相当するオーストラリアは、日本に対して日米開戦のタイミングで単独で宣戦布告を行った。しかし、オーストラリアの海軍戦力は欧州の対イタリアに注力され太平洋にはほとんどなく、現実はアメリカ海軍が主力であった。そのため、この世界で連衆国と濠州の連携を崩壊させ、単独で中立宣言をさせることが目的としてあったのだ。

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