第五節 宮本八十丞司令官の困惑
私が、最上時雨という少女と出会ったのは私が海軍次官を務めている時のことだった。その時、陸・海軍及び軍務省で話題となっていた論文、『世界最終戦争論』と『アジア解放戦争論』の筆者としてだ。(ただし後者は陸軍の市原進吾少将との共筆)彼女の論文を見た時私の中に戦慄が走った。それは妄言とも取れるものだった、世界的に戦争が起きそれは、次第に大きな今までの秩序を崩壊させかねないものだということのだから、なおさらだ。人の死を単なる統計で認識する、そんな戦争が起きるということなんてあってはならない。それは私の根本にある心からの考えだった。しかし、現実はどうだろう。大陸での皇国の影響力は増大し、南乾隆鉄道の利権だけではなくロマノア帝国が所有していた北乾隆鉄道までも皇国の所有になってしまった。しかも、瑞晴戦争前に南乾隆鉄道は連衆国との合弁を蹴ったせいで連衆国とは微妙な空気が流れている。少なくとも連衆国は皇国の大陸やアジアでの台頭を嫌っていることは手に取るようにわかる。その後の軍縮もそうだ、明らかに皇国の海軍戦力を削ごうとする行為だ。そのために我が国はそれまであまり重要視されていなかった航空母艦や航空機の開発に力を入れるようになったのだ。
そして何よりこの最上の進言した潜水艦や潜水空母の存在は明らかにその大戦を意識して行われたことであろう。さらに言えば、彼女は航空機にまで進言をしていた。それは長距離戦略爆撃機『芙蓉』の存在であった。これは皇国本土から連衆国本土までの長距離飛行の可能な飛行機である。その計画を知った時私は確信した。この女はあの列強に勝つつもりでいると。そして、全てを見通しているかのようだったと。
だからこそ、軍部の多くの人間が彼女の扱い方を間違えれば、皇国は大きく失敗すると考えていたのだ。それは私も同じだった。だからこそ、私が太平洋連合艦隊司令官となった時に言い知れぬ不安を感じたのだ。そしてその不安は的中した。
その日、私の元に来たのは海軍軍令部長、永峰道徳大将だった。永峰大将は、人望を持ちながらも、組織の均衡を大事に考える男だ。海軍内には条約を順守しあくまで連衆国との開戦は避けるべきだという意見がかなりある。私や佐内、田上、椛川宮告仁殿下がここに区分される。しかし、海軍の中にも連衆国とは開戦するべきだと考えている人間は多い。特に、高本才輔と
「太平洋連合艦隊司令官就任おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「これからは難しい仕事だとは思うが頑張ってくれ。この艦隊が動く日が来ないことよう全力を尽くすがね。」
「はい!」
「それでなんだがね。実は、君にあることを頼みたいんだ。」
「あること・・・ですか?」
「ああ、実は司令官付の参謀として、最上時雨中佐についてもらいたいんだよ。」
「も、最上中佐にですか?」
「ああ、君も知っての通り、我が海軍にも将来的に開戦やむなしの考えを持っている人間は少なくない。開戦に否定的な君を対連衆国のための艦隊の司令官にしたことに反感を持っている人間も少なくないんだ。そのために第一航空艦隊に穂積を、第二航空艦隊に多摩内を指名したのだが、それだけではあまり評判が良くなくてな。そこで高本さんの方から、では最上中佐をということになったんだよ。」
「なるほど・・・。あの論文を書いた人物を、ということですな。」
「そういうことだ。他にも海軍内での意識改革もあるがね。」
「確かに、軍令部長の改革の旗印に、参謀が女性と言うのはかなり目玉になりますね。」
「それだけではない。第一航空艦隊の旗艦である空母『宮古』の艦長には椛川宮告仁親王妃靜子殿下、いや大佐を指名することも決めた。」
「彼女は軍人として、しっかりと経験も積んでいますし、皇家士官といっても現場からの抵抗も少ないでしょうから。うってつけと言うわけですか。恐らく世界初の女性艦長でしょうな。」
「ああ、私もそう思うよ。」
まったく、この永峰さんと言う人を私はよく分からない。組織の均衡を保ったかと思うといきなり、その均衡を自ら破ろうとする。どうにもわからない人だ。
それからしばらくして、その人事案が、衆議院・軍内の会議で採用された。そして、その人事を正式に伝え任命するために、私は最上時雨中佐を召喚した。
彼女と初めて会ったのは、先の戦争が終結した戦勝記念式典でのことであったが、正直な話会話もしたことが無かったこともあり、よくは憶えていない。そんな彼女が書いた論文が話題となり海軍次官であった私の耳にも届くようになったことに驚いたものだった。それから、本堂元帥の追悼式典にて再会している。改めて見た彼女は年齢や体格に似合わずとても端正な顔立ちと艶美さすらも感じる美少女だった。もし私がもっと若ければ彼女を口説いていたであろう。
それ以来の出会いであったが、改めてみると、彼女に脅威を感じた。容姿は相変わらず麗しかったが、その目つきだった。それは、同年代の少女がするようなものではなかった。そうその瞳はまるで飢えた獣のようにも愚かな生贄を捜す鬼のようにも見えたのだった。しかし、話してみるととても敬語が上手く、快い女性だった。同時にこれがこの女の恐ろしさというものなんだろうと確信した。そして彼女を絶対に敵に回したくないと感じたのだった。
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