第三節 着工・潜水空母 保八百型潜水空母『晴海』

その日私は、高本中将と海軍少将の椛川宮告仁親王殿下、高澄統夫<たかすみむねお>海軍中将ら将官たちに連れられて佐瀬部海軍工廠に来るよう命令された。

「どういった理由で、この場所に呼ばれたのですか?」

私の問いに高本中将は笑いながら答えた。

「なあに、君の要望に応えただけに過ぎんよ。」

「要望、ですか?」

「忘れたのかね? 君が言っていたではないか、対ソナー型潜水空母のことを。」

「では、まさか?」

「ああ、あれから君の計画を高澄中将に話したんだよ。そうしたら、君の案を思ったより早く受け入れてくれてね・・・。」

「いやはや、君の論文を読ませてもらったが実に興味深い、軍務省で持ちきりだよ。そこで、永峰道徳軍務大臣に提案したんだ。」

「まあ、説得したのは私ですがね。永峰大将はとても慎重派ですから・・・。」

そう口を挟んだのは椛川宮少将だった。彼は、名前の通り皇家士官で先帝の第三子、つまり現帝の弟に当たる人物だ。

「ええ、殿下のお陰でかなり話がまとまりやすくなりました。」

「殿下はよしてください。妻にまた怒鳴られます。軍務の時は閣下、もしくは少将と呼んでください。」

告仁閣下の奥方である椛川宮妃静子殿下は閣下と同じ豊葦原瑞穂とよあしはらみずほ皇国海軍の大佐で、私もかなりお世話になった人物だ。元は江戸時代の将軍家の令嬢でありかなり豪放磊落な性格だ。この世界でもかなり活動的な女性であり、故にかかあ天下でも有名だ。そんな彼女だが、軍務と公務を分ける人間であり軍務の時に妃殿下と呼ばれるのを、公務の時に大佐と呼ばれるのを嫌う。恐らく夫にもそう言っているのだろう。

「とにかく、永峰大将のほうが折れてくれたこともあり、かなり建造は進んでいるよ。」

「本当ですか! どういった大きさになるのでしょうか?」

「今からそれを見るんだよ。保八百型潜水空母『晴海』をな!」

そう言いながら私達は工廠へと入っていった。中では作業が着々と進んでいたが私は息をのんだ。

「これが・・・。」

「そう、これが、今後の戦局を占う潜水空母『晴海(はるみ)』だ。」

私があっけにとられている横で高本中将は淡々と性能を述べていった。


保八百型潜水空母『晴海はるみ』 全長一二九メートル、全幅一三メートル、艦載機の搭載数は四機。水上排水量三八〇七t、水中排水量六六三八t。前世界における伊四百型潜水艦よりも少しだけ大きく艦載機の搭載数も一機多い。前世界よりも格段に速く潜水艦の技術は進んでいた。


「驚くのはそれだけじゃない。あれを見たまえ。」

高本中将が指した先にはさらにいくつもの潜水艦の建造予定が記されていた。

「こ、これは・・・。」

「『晴海』の姉妹艦だ。ほぼ同型で全てが対ソナー型潜水空母だ。現在はここと雪湊賀、水鶴、朱の各工廠で建造中だが、もう四隻を建造予定だ。ここが一番建造が進んでいるから君に見せるには一番だと思ったんだ。」

高本中将がそう弾んだ声で言うと、横から高澄中将がこう付け加えた。

「ちなみに雪湊賀で建造中の二番艦は『爽海さわみ』、水鶴の三番艦は『荒海あらみ』、そして朱の四番艦は『輝海てるみ』となる予定だ。来年までには進水・就役にこぎつけられるだろう。」

「そうですか・・・。ではもう一つの方は?」

「ああ、伊良島いらしま飛行機の方が、君の注文通りに沿ったものを造ろうと必死だよ。恐らく年内にすべて完成するだろう・・・。あちらさんも攻撃機の方と並行してやらなければならないものでね。」

「零式戦闘機のことですね?」

「おやおや、耳が早い事で。その通り、軽量に軽量を重ねた最高の戦闘機、零式戦闘機ですよ。水橋のほうがかなりがんばっておりましてね。あなたの進言する対レーダー長距離戦略大型爆撃機の設計は少し遅れているのが現状です。」

「まあ、心配するな。すでに図面は出来ているし、かなり陸軍も力を入れているようだからな。酒波中将に頼んで伊良島飛行機の工場へ招待するよ。図面もほぼそろっているからね。」

「そうですか・・・。ありがとうございます。」


それからしばらくして、対ソナー型潜水空母、保八百型潜水空母、『晴海』・『爽海』・『荒海』・『輝海』が進水・就航した。これこそが潜水艦隊の基幹となる潜水空母だ。その他にも、空母としての能力を持たない対ソナー型潜水艦保五八型潜水艦の量産も行われた。さらに水雷兵器に関しても、酸素魚雷の早期開発が進みかなり高性能魚雷を作るに至っている。そして、何より率先して建造されているのは空母だ。海軍軍縮条約により大幅に艦艇の建造計画を変更し、空母が建造され始めている。雪湊賀での『海虎』を皮切りに朱で建造された『宮古』、白崎造船所での『珠洲』、雪浜船渠での『虎哮こほう』、朱での『紅龍』、佐瀬部での『寶龍』、雪湊賀での『天亀』、白崎造船所での『櫻亀』・『香狼』と急速に進められていった。それと並行して、艦上爆撃機、俗にいう零式戦闘機の増産も行われていった。そして、私の要望でもあった対レーダー長距離戦略大型爆撃機の生産も行われるようになった。もちろん、艦上爆撃機である零式戦闘機よりは生産数は少なかったが、これがいずれ戦局に必要となると確信していたからだった。世界初の対レーダー長距離戦略大型爆撃機の名は『芙蓉ふよう』と言った。それは前世界で幻となった長距離爆撃機『富嶽』よりも数段高性能であった。とはいっても、この爆撃機の出番はもう少し後になるだろう。


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