第二章 最上時雨中佐の身上報告

第一節 第一遊撃部隊第三部隊司令官

一九四四年十月二十五日、フィリピン第二共和国スリガオ海峡。第一遊撃部隊第三部隊司令官である私は自分がこれから死ぬ往くことを悟っていた。当初の予定では栗田艦隊とほぼ時を同じくしてレイテ湾へと突入する計画であった。しかし、栗田艦隊が謎の反転に転じたためアメリカの航空戦力を分割する本来の計画が崩れたのだ。このままでは集中攻撃を受けてしまうだろう。しかし、それでもは単独でレイテ湾へと突入することを決意したのだ。この決断が連携を欠いていることは自分も判り切っていた。しかし、このまま栗田艦隊が来るのを待っていれば、ただの無駄死になる。それであれば、ここで散る方がいいのではないかと考えたからだ。息子も失った自分が求めているのがなんなんのか。私はよく自問自答していた、決まって答えは出なかった。しかし、栗田艦隊が謎の反転をした時に自分の中で、その答えが出たような気がした。そう、自分が探し求めていた場所は死に場所だったのだと。私は、栗田艦隊へと電報を打ち、突入を早めることを告げた。


結果は、判り切っていた。午前三時ごろ、艦隊はアメリカ海軍と砲火を交えることになった。しかし、圧倒的な火力と戦力により艦隊の艦は相次いで沈んでいった。最初に、『山雲』が轟沈するとほどなくして『満潮』も沈んでいった。『朝雲』、そして私の乗っている旗艦『山城』も被雷していった。

それからほどなくして、『山城』に数発の魚雷が命中し炎上し始めた。

西村は司令官室に戻ると、静かに自身の死を悟った。不思議と恐れはなかった。あったのはひたすらの罪悪感だけであった。自分のエゴと驕りのためにどれだけの部下が死んでいったのかを考えると私は罪悪感に苛まれずにはいられなかった。

「戻りたい・・・。」

それは本心だった。この戦争をやり直したかった・・・。この戦争に勝つことは難しかったかもしれない、でも・・・もっと傷口を小さく抑えることは出来た筈だったからだ。そんなことを考えているうちに激しい衝撃が数回訪れ、自分がもう長くないことを悟った。そして轟音に包まれながら、私の意識は深い深い海の底へと落ちていった。


はずだった・・・・。


私が、目を覚ますと椅子に腰かけていた。辺りを見回すと、四畳半より少し大きいくらいの部屋があり自分の据わっているイスの前には小さめの机、そしてその奥にはもう一つイスがあった。どうやらここは取り調べを受ける部屋のようだ。

まさか・・・、自分は捕虜になったのか? いいや、有りえない、あのような状況で敵兵に捕まることなどない・・・。だとしたらここはどこだ? 今までのことは夢だったのか? そう思いながら、左腕を動かしてみた。どうやら拘束はされていないようだ。そんな風に混乱していたのだが、扉が開いた。その扉の先から現れたのは衝撃的な人物だった。

「と、東郷元帥閣下・・・?」

私は自分の目を疑った。自分の目の前にいるのは十年前に亡くなった大日本帝国海軍の英雄である東郷平八郎、その人であった。

「キミが、『    』中将かね?」

「は、はい! 第一遊撃部隊第三部隊司令官、『    』中将です!」

「まあ、そう固くならんでくれ。状況は分かっているかね? 君は戦艦『山城』の轟沈により戦死したのだよ。」

その時私は、先ほどまでのことが現実であったということ、自分が死んでしまったということ、そして今自分のいるこの場所が死の世界であるということを思い知ったのだ。

「私は、死んだんですね・・・。」

「ああ、残念ながらね。」

東郷元帥は気まずそうにそう返した。しかし、疑問が残る。ここが死の世界であるのならばどうして、このような殺風景な部屋に自分がいるのかと言うことだ。

「あ、あのなぜ私はこのような場所にいるんでしょうか?」

「そのことを話すために、私が君の元へ来たんだよ。」

東郷元帥は、とても言いづらそうに話を切り出した。

「そのだね、君にはもう一度軍人として成果を上げてもらいたいんだ。」

一瞬、目の前の老人の言っていることが分からなかった。そして聞き返した。

「はい?」

「キミには、もう一度転生して軍人としての成果を出してほしいんだよ。」

「え? ええーーー!」


私は言われている意味が分からずとても取り乱してしまった。

「ど、どういうことですか? なぜ私が・・・。」

「そうだな、まず英霊に関する制度を君に説明しなければならないだろうな。」

「英霊の制度ですか?」

「左様。わが国に限らず戦争によって死亡した、つまり戦死した兵士や軍人や革命家は多くの場合はその国を守護する英霊となるのだ。」

「はぁ・・・。それで・・・。」

「しかし、英霊になるためには様々な審査がある。これは、祖国を守護するためには、生半可な人間になってもらっては困るからだ。まあ、兵士たちのほとんどは英霊に成れるんだがね。」

私は、冥界における英霊の制度に対して驚き半分、関心半分で聞いていた。そして、ふと疑問に思ったことを質問してみた。

「なるほど・・・。具体的にはどういったことで英霊になれないんですか?」

「そうだね。例えば兵士の場合は、捕虜に対してその時代において看過できないくらいの虐待を働いたり、外地での戦闘の際に略奪や強姦などを働けば間違いなく英霊にはなれないね。それから革命家であれば、天寿を全うしたり、晩年にとんでもないこと、例えば無関係な民間人に対して罪を犯していたり新しい体制への反乱に加担すれば英霊とはなれないんだよ。それから、全く見当違いのことで行動を起こし、その後それが後世に置いて英雄と祭り上げられたとしてもそれは単なる犯罪となるから、英霊の管轄にはならないね。そして、軍人で、司令官の経験のある者は、生涯の戦歴を鑑みて、軍神たちで構成される英霊諮問委員会が英霊にするかを決めるんだ。だから英霊になる、なるなれないは戦争の勝敗では決まらないんだ。」

「はぁ・・・。それで英霊になれなければどうなるんですか?」

「戦死した霊魂は、ある一定の期間英霊としての役割を終えると、輪廻転生をしてもういちど現世へ戻ることができる。しかし、英霊になることができなければ、これは認められず、永久に救われない魂として地獄に落とされることになっているんだ。」

「それで、私は・・・。どうなんですか・・・?」

「い、いや・・・。実に言いにくいのだが・・・。」

東郷元帥は、非常に歯切れが悪かった。私はこの瞬間とてつもなく嫌な予感がした・・・。そして口を開いた。

「実は、英霊諮問委員会の判断により、君は・・・、英霊になれないという判断が出たんだ。」

予想通りの言葉だった。私は、すこし傷ついたが極めて冷静に返した。

「そうですか・・・。」

邨反応が意外だったのが、東郷元帥は少し驚いたようにこう返した。

「もっと驚くかと思ったが、君は意外と冷静だね。」

「いえ、そういったことなのかなと・・・。あのような無茶をして艦隊を全滅させてしまった以上、覚悟はしていましたよ。部下たちはみな英霊になれるのでしょう。私一人が罪を償い、地獄に堕ちるのならばそれでいいですよ。」

「いや・・・、スリガオ海峡夜戦に関してはかなり英霊諮問委員会の会議上ではかなり評価は良かったよ。勇気ある行為だと海外の軍神たちも褒めていたよ・・・。」

その東郷元帥の言葉に驚き、私こう返した。

「では・・・どうして?」

「バリクパパン沖海戦だよ。あの海戦では輸送船が何隻も沈没させられた。あれは君の失敗だという意見がとても強いんだよ・・・。」

「なるほど・・・。確かにそう・・・ですね。」

私は言い返せなかった。

「我々も君を英霊にするためにいろいろと努力はしたんだがね、いかんせん大東亜戦争においてはアーリントンの影響力が強すぎてね。我々の靖国の意見は非常に弱いんだよ・・・。」

「アーリントン・・・、靖国・・・?」

私は東郷元帥の行っている意味が分からなかった。

「ああそうか、説明しなければなるまいな。英霊諮問委員会もいくつかの派閥に分かれているんだ。アメリカのアーリントン墓地、そして我が国の靖国神社と言った具合にね。しかし、大東亜戦争においては靖国神社の意見はあまり反映されないんだ。」

「勝てば官軍、負ければ賊軍ということですね。」

「そういうことだ。しかし、君の場合はそれ以外の部分での戦果はとても素晴らしいものだからね。もう一度やり直すことが許されたんだ。」

「そのやり直しというものは、私が先ほどまでいた世界で行われるんですか?」

「いいや。それは過去への干渉になるため、我々諮問委員会が構築した同じような世界で、もう一度軍人としてやり直してもらう。ただ・・・。」

「ただ?」

「転生の規則として、私と君のこの会話は君の記憶からは消去させてもらう。ただし、前世の記憶は引き継げるため心配はするな。それから・・・、言いにくいんだから・・・。」

「何ですか? ここまで来たら何が起きても驚きませんよ。」

「そうか・・・。だったら言おう。実はだね・・・、転生の規定で現在の性別とは逆でなければならないんだ・・・。」

「えっ?」

「つまりだね、君には次は女性軍人として、それも士官として戦果を出してほしいんだよ。そうすれば英霊として承認される。」

「えっええーーーー!」

私は先ほどの比ではないくらいに絶叫してしまった。

「待ってくださいよ! わが国では女性が軍人になったことはありません。ましてや士官なんて・・・。そしてなにより! なぜ私が女性なんですか!」

「それは・・・。転生の規定でね、転生する際の性別は逆でないといけないんだよ。それに、性別の件は問題ではない。キミがこれから転生する世界ではその辺の問題は全部解決しているからね。」

「だからといって・・・。」

「それに君一人じゃないしね。」

「私だけじゃないんですか? その世界へ行くのは・・・。」

「ああ、陸軍の方にも一人いるから二人で転生してもらうよ。大丈夫、学校で出会えると思うから・・・。」

「はあ・・・。」

「では・・・、私は準備をしなければならないのでしばらく席を外すから待っていてくれ。」

そう言って、東郷元帥は部屋から出て行った。私は、緊張が一気に解けて思いっきり背もたれに体重をかけた。

(これは本当に現実のなのだろうか・・・。)

それが私の最初の感想だった。東郷元帥の言っていることが本当だとは思えなかった。

(別の世界に生まれ変わる・・・。それも女として・・・。ははっ、喜劇だな・・・。確かに私はあの時、もう一度やり直したいと思った。しかし、このような形でそれが叶うとはな・・・。)

私は静かに口元を歪めていた。

(おもしろい! 彼らはもう一度私に機会をくれた。ならば、狙うは一つだ。そう、勝利のみだ!)


東郷は手続きを終え彼のいる部屋の扉を開けた時身震いをした。東郷も軍人だ、様々な修羅場を見ては、その度にそれに背筋を凍らせたこともあった。しかし、震えを感じたことはあまりなかった。彼が最後に恐怖による震えを感じたのは、日本の存亡を巡るバルチック艦隊とのあの日本海での開戦の前に敵艦隊を見つけたという報告を受けた時だった。それ以来だったのだ。あの男が浮かべる獣のような口元をみたのは・・・。


それからしばらくして、東郷元帥は私をある場所へと連れていった。それから何があったのかはあまり覚えていない。ある光に包まれながら私は、意識を失っていった。

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