CASE.73(最終話)「結末はBAD LUCK の先で」

 

 終業式も終わり、夏休みを迎えた。

 んなクソ暑い中、夏休みの間に登校日が二回ほど存在する。たった一時間程度とはいえ、秋に控えている運動会や学園祭の準備の話などがあるからだ。


 別にいい。面倒くさいが大事な事だし別のいい。

 だが、一つだけ納得がいかない出来事があるとしたら。


「えへへ~カズ君~♪」

 後ろから抱き着いて来る心名。俺の頭の上には彼女の胸があって、首元はマフラーのように彼女の腕が絡みついている。

 女子からはいつも以上のアプローチを仕掛ける心名に対しての疑念の声。そして、男子からは当然今まで以上にドス黒い嫉妬の目線。


「うぅうう……!!」

 俺は涙ながらに頬を膨らませながら怒りを露わにしていた。

「カズ、ごめん。マジでごめん」

 目の前で五鞠は両手をつけ、頭を必死に下げて謝っていた。


 そう、あの一件は“五鞠”の勘違いだったのである。

 アメリカに帰るのは本当。だが、それは平和の予想通り二週間近く企業説明&里帰りで一度帰るだけ。


 五鞠はその会話の一部始終全てを聞いていないと同時、心名が泣きながら部屋を飛び出した風景を目にしたことで一方的に決めつけ。詳細を一切聞こうとしなかった。


 その結果、あのような事態になってしまった。

 部屋を飛び出した件に関しては、心名曰く『一週間だろうとカズ君から離れたくない!』とか『会社のお勉強は難しいから嫌だぁ!』なんてワガママだった。


 結果、明らかに早いタイミングで告白をする羽目に。

 久々に再会した心名は『カズ君成分を補給』だなんて理由で抱き着いて来る。どれだけ視線を集めようと、俺との愛を証明しようと離れる気配を一切見せない。五鞠の勘違いで大変な目にあってしまったものだ。


「……まあ、いいんだけど」

 だが、この一件でスッキリした面もある。

「別に、嫌じゃないから……ううん、むしろ」

 まず心名に自分の本当の気持ちを告げられたことだ。今後の事を考えるとタイミング早いし、向こうも“そんなの気にしないよ”だなんて余計に距離を詰めてきそうで怖かった。現にこうやって今まで以上に距離を詰めてきたじゃないか。


「俺だって、嬉しかったから」


 でも告白が出来て、心名の事が好きだと言えて嬉しくもあった。

 ずっと閉じ込めていた感情を解き放ち、体がふわりと軽くなったような気もした。


 何より今回の一件で嬉しかったのは心名の父親の事だ。

『こんなに娘の事を思ってくれるなんて!! なんで言ってくれなかったんだい!?』と感動のあまり泣いていた。なんというか、そういう一面は心名の父親なんだなと思ってしまった。


 俺が成功してビッグアーティストになった時。その時は娘を頼むとも言われてしまった。事実上、仮ではあるが父親公認のカップルになったというわけである。


「心名、そろそろ離れて、」

「いや! まだカズ君を満喫していないのだよ!」

「ああっ、もうッ……!」

 だがいい加減離れてほしいと振りほどき始める。


「そういうのは! ”誰もいないところ”でやるもんだ!!」


 こうやって抱き着いてくれるのは男として嬉しい。でもこれ以上視線を集めるのは恥ずかしいし、俺の精神面的にも体力が持たない。振りほどかれた心名は『あーれー』だなんて声を上げて、その場へゆっくり倒れ込んだ。


「全く……」

「西都! いるか!」


 面倒な奴が次から次へと!!

 必要以上に大きな声。暑苦しい声! 扉を力強く開けるこの効果音!


「生徒会長がお呼びだ! ついてこい!」

「嫌だっ!!」


 真名井航平だ。次から次へとやってくる嵐に俺の体力はエンジンブロー寸前なのだ。ちょっとくらいブレイクタイムをくれないものかと騒ぎ立ててやる。


「駄目だ、こい!」

「やーめーろー……」

 連行。というか、最早誘拐。体力が尽きかけてきた俺には抵抗する手段もなく、体育会系の野郎にそのまま生徒会室まで連れ去られていってしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 生徒会室。俺は真名井と共に観念して入室する。


「おお、来たか」

 生徒会室にいたのは生徒会長である来栖。そして、綾橋。隅っこでは生徒会の仕事全般を引き受けている鵜戸。


「はい、この真名井! しっかりと彼を連れてきました!」

 真名井は満足そうな表情で敬礼をする。


「……夏休みも暇なく、俺をいじめて楽しいか」

「あぁ、楽しいとも♪」

「険悪め!」


 俺の罵詈雑言に対し、来栖は面白おかしく扇片手に笑うだけだ。


「って、あれ?」

 ……もう一人。誰かいる。高校生よりも高い背丈。革のジャケットとジーンズに身を通す何者かが生徒会長の前に立っていた。


「ん?」

 その人物がこちらを振り返る。


 白いエクステの髪。片目には赤いアイコンタクト。

 男性か女性なのかどちらか分からないミステリアスな中性的人物。


 見覚えがある。そしてその声も聞き覚えがある。

 この服装……何度も聞いたこの声。


「君が、西都平和君?」

「____ッッ!?」


 俺は思わず絶叫しかける。


「嘘ッ! え、でも見た目は確かに、え、でも! えぇええッ!?」

 絶叫を必死に押さえ、驚愕を漏らしながらも問う。

「”Makoto”さん!? えぇっ!? “リザルトビザリーのMakoto”さぁん!?」

 結果。抑えきれず絶叫してしまった。当然だろう。


 目の前にいる人物は___Makotoだ。

 ”リザルトビザリーのボーカル”本人だ。

 

 俺が最も尊敬する人物が今目の前にいる。夢じゃないかと何度も頬を抓っては引っ掻いて殴るを繰り返すが、目の前にいる人物は幻影などではなく本物。間違いない見間違えるはずがない。目の前にいるのは正真正銘本人だ。


「な、なんでここに……まさか、コイツに金で脅されて!?」

「君の中の私はどうなってるんだ」

 ぶっちゃけ悪人だと思ってる。口には出さないけど。今目の前には尊敬する人物がいるのだから多少であれ猫を被らせてもらう。


「違うよ、ちょっと話をしていてね」

「話?」

 Makotoさんの発言に俺は首をかしげる。


「実はね、ちょっと調べ物をしていたら……リザルトビザリーのメンバーの数名はこの常春学園が母校であることを知ったんだ」

「ええええ!?」

 生徒会長の発言に対し、俺はまたも声を荒げてしまう。

「マジ!? それ本当!?」

「ふふっ、本当だよ」

 Makotoさんはこちらに微笑みかけるように頷いた。


 リザルトビザリーのメンバー全員のプロフィールは身長や名前以外のほとんどは不明となっている。ボーカルであるこのお方に関しては性別すらも不明になっている徹底ぶりである。


 まさか、この学校が母校だったとは……思いもしなかった。

 

「そこで、よろしかったら学園祭にゲスト出演してくれないかと話をしてみたら……OKをしてくれたんだ」

「マジで!? マジで!?」

 さっきから『マジで』しか言葉が出せない。俺の語彙力が崩壊し始めている。


「やっぱり、この人に脅されていませんか!?」

「君、そろそろ私泣くよ?」

 

 ……どうやら、ここが母校という事も本当で、この学校の学園祭でライブをやるという話にOKを出したのもこのお方の意思だそうだ。生徒会長は脅してもいないので冤罪である。


 海外のライブなどがほとんどだったが、たまにはこうして母校で昔に戻るのもありかなと思っての返答だったらしい。その懐の広さには感動と憧れ全ての感情がこみ上げてしまう。


「驚いた……本当に驚いた」

 思いがけず、俺はそっと手を伸ばす。


「あの、俺ずっとファンで……」

「聞いてるよ。生徒会長さんから。ライブにも来てくれたみたいだね」

 Makotoは手を差し出す。

「応援本当にありがとう」

「は……はい!」

 天使や。神様や。憧れの人物に握手が出来る喜びで今すぐにでも昇天してしまいそうであった。


「こうして、僕たちを意識したパフォーマンスまでやってくれてるみたいで」

「……え?」

 目が点になる。同時、耳を澄ませてみる。



 ……聞こえる。聞き覚えのある声がもう一つ聞こえる。

 これは録画音声。何処かしらのライブの映像。環境のせいか、ちょっとノイズのあるマイクから放たれるボーカル音声。


「あっ!?」

 そこで気が付いた。


 “俺のライブ映像”だ……!

 バッド・プラント・レクリエイトのライブ映像。喫茶店フランソワにて彼女達に盗撮されたライブ映像をノートパソコンの映像で見せつけられていた。


「ああ、いや、これは、あの、その!?」

 慌ててノートパソコンを回収して、隅っこまで逃げていく。

「見苦しい映像でごめんなさい! まだ、未完成で!こんな!?」

「いやいや、見苦しいだなんて……僕は凄いと思ったよ。君のライブ」

「え?」

 ノートパソコンを抱きしめたまま、Makotoさんへ目を向ける。


「学生にしてはかなりレベル高いと思うよ」

「ほ、本当ですか!?」

「うん、まあ確かにまだ未成熟な感じは否めないけど、十分だよ」

「……そうっすよね。まだ、出来上がってないっすよね。あはは」


 ノートパソコン片手に俺はうなだれた。


「ちょっと面白いですね、この子……」

「面倒くさいって言わないあたりに優しさを感じる」

 困ったような表情からそう思っているだろうなとは感じていた。Makotoさんはマジもんの女神や。性別女性かどうか分からないけど。


「……でも、これは伸びると思うよ。僕」

 Makotoさんはこちらに微笑みかける。


「これからが楽しみかな」

「Makotoさん……!」

 感動のあまり泣きだしそうになる。

 まさか……憧れの人物本人から褒められる日が来るなんて思いもしなかった。しかもまだ伸びしろがあるだなんてお言葉まで。社交辞令であったとしても嬉しくて仕方ない。


「これで許してくれるかな」

 来栖がこちらを見てウインクをする。

「この前の不備。不謹慎な告白のお詫びをね」

「生徒会長……」

 俺は生徒会長の瞳を見つめた。










「いや、こんな未完成な映像を見せられて感謝できるか、〇ね」

「あれぇっ!?」

 

 思いがけない返事を前に、来栖は驚愕しか見せなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 下校時間。屋上へ。

 俺は生徒会から取り上げたノートパソコンの映像を眺めていた。


 リザルトビザリー。尊敬するバンドを意識してのパフォーマンス。

 いざ映像で見てみると、やはり本家と比べて全く違う。“ごっこ遊び”にも似た何かを感じ取ってしまう。

 

 『伸びしろはある』。

 誉め言葉であると同時、このライブはまだまだだという遠回しのメッセージでもある。あの人はプロだ。音楽に対して特別な意識を持っているあの人が適当な事を言うとは思えない。


「……もっと頑張らないと」

 もっと先へ進む。もっとのめり込む。沢山の人に認められるアーティストになる。

 ___そして、いつか。


「カズ君!」

 心名の声。 俺は慌ててノートパソコンを閉じる。

「今から一緒にデートをしてほしいのだよ!」

 俺の目の前に立つと、逃げ場を塞いで顔を近づける。


「私の、未来の“旦那様”!」

 未来の旦那様……とんだ表現をしてくれたものだ。


「まだ決まってないし、話を飛躍させすぎ。そういうの寒い」

 軽くチョップを頭に突き入れる。

「あいたぁっ!」

 小動物のような奇声を心名は漏らした。



「……付き合ってやるよ。行くか」

「うん!」


 想いを告げはしたがゴールをしたわけではない。まだスタートしたばかり。

 不運は思わぬ幸運をも運んでくることがある。今回は思いがけない運を運んできてくれたものだが……きっと、この先も俺の周りには不運が襲い掛かってくると思う。


 負けるものか。そんなもの、クソッタレと片付けられる大きな男になれるように。


 こんな学園の悪夢的な存在の俺に、付きまとってくる学園のお姫様。

 この子の隣に胸を張って立てる奴になれるように。


 ベンチから立ち上がる。

 俺は“彼女になった心名”と共に、ショッピングセンターへと向かった。





「ところでそのノートパソコンは」

「見なくていい」

「あいたっ!?」


 素直になれるまで。まだまだ時間はかかりそうだ。




 《 バッド×ラック FIN 》

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