CASE.72「不幸少年のラブストーリー(その5)」


 平和は牧夫の原付の後ろに乗って学園を飛び出した。

 常春の街から少し離れた場所にある空港に向かって原付を走らせる。


「……ありがたいよ。でも」

 間に合うはずがない。

「俺は……行けるはずがない」

 まず乗り物が原付だ。車ほど速度も出ないこんな乗り物じゃ、自転車は徒歩よりはマシにしても何の解決策にもならない。


 制限時間はあと五分。どう足掻いてもあと10分近くはかかる。こんな悪足掻きに何の意味があるんだと平和は歯ぎしりをする。


「……そう焦るなって」

 彼の焦りがどうやら牧夫を感じていたようだ。

 落ちないように牧夫の背中を掴む腕の震え、そして激しい貧乏ゆすりがそれを証明していた。直に感じる焦りを前に牧夫はハッハと笑っている。


「あの何でもありの金持ち生徒会長が手を貸すんだぜ? どうにでもなるだろ」

「一体何をするっていうんだよ」

 来栖生徒会長の父親の顔は広い。それゆえにある程度の娘のワガママには答えてくれる。とはいえ、飛行機を止めるなんてそんなハタ迷惑なことは流石の彼女達にも出来る事は___


「アイツの配下グループにさ。“高城グループ”っていうのがあるらしい」

「“高城グループ”……」

 聞き覚えのある企業。何の企業だったかと頭の引き出しを探り始める。


「……あっ!?」

 数秒の時間を得て、平和はハっと思い浮かべる。

 高城グループ。“高城”という名字を持つ人物の事を……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 常春の街中の企業ビル。常春の中でも大きな建造物だ。

 東京タワーも顔負けのこの建物の中で、一人の少女が携帯電話を閉じる。


「やれやれ、初めてですよ……飛行機の便を少し遅らせろ、だなんて」

 その人物は平和とかかわりのある人物。


 ミシェーラ・高城・アルペンギン。

 この常春でも大きな権力を持つ、高城グループの社長令嬢であった。


「こんなワガママを父親にすることになるなんて……無理難題にもほどがあります」

「お嬢様、お疲れ様です」

 疲れ切ったミシェーラにいっぱいの紅茶が明佳より用意される。

 いつもと違うグッタリとした表情のミシェーラだった。冷や汗掻きまくりの青ざめた表情が一杯の紅茶によって多少リラックスし始めた。


「……まぁ、“来栖グループの令嬢”さんからの頼みとあれば、父も黙ってはいないでしょう。それに」

 ミシェーラは高所ビルから見える外の風景。町はずれの道路を走っている一台の原付へと視線を向ける。


「友達が困ってるというのなら、何もしないわけにはいきませんよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 学園屋上。

 来栖は携帯電話を握りしめたまま、仕事をし終えて満足しきった表情でベンチに座っていた。


「飛行機を止めるって……トンデモないなぁ、金持ちは。普通だったら謝罪会見待ったなしでござるよ?」

「それも帳消しにするさ。金持ちを舐めちゃいけないよ」

「金の力こえぇ~……」

「ははは、これが日本経済の実態さ」


 金や権力さえあれば、どのような事実でさえも帳消しにできる。悪役令嬢の実態を目の前にして、三句郎は呆れを通り越して絶句するしかなかった。


「……平和氏を助けるなんてね。悪人になってまで」

「そりゃあそうさ」

 来栖は曇り空を見上げる。


「暇つぶしの相手が、あんなにショボくれていたら張り合いがないだろう?」

「類は友を呼ぶでござるなぁ。素直じゃないんだから」

「あっはっは、変なこと言ってると君も社会の闇に消してあげようか?」

「おおっ、怖っ。戸締りしとこ……」


 高校卒業する前にブラックな世界へ消えてなくなる事だけは勘弁したい三句郎は怯えあがる以外に他はない。





(本当のこと言うと、『あわよくば彼と結ばれればよかった。』なんて思ったりしてるよ、どこまでも意地が悪い私はね)

 三句郎は無理難題を無事押し通した来栖の大活躍を前、大空の太陽を見上げながら大笑いしている。その最中、来栖はその空の反対方向を。


(……だけど、彼にこれ以上の不幸があっていいものかとも思っちゃたんだよね)

 その表情に、一滴の雫が伝う。

 雨なんて降っていない。雲一つない大空を前、来栖は雫を片手で拭う。


「平和君、大事な時に素直になれないと……いつか、本当に損しちゃうよ」

 幸せ、とは何なのか。高校生の分際で分かるものなのか。

「さぁ、人生に一度あるかの晴れ舞台だ! 盛り上げて行かないとね!!」

 しかし今の来栖の表情には……”後悔らしき感情は一切滲んでいなかった”。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「さぁ、ついたぜ!」

 空港へ到着。牧夫はヘルメットを脱ぎ捨て、彼に降りる様告げる。

「……」

 しかし到着しても尚、平和は原付から降りる気配を見せない。



「行ってこい」

 そっと、平和の背中を押す。

「誰かが何と言おうと認めさせてやればいい。俺達だってついてる」

 グッドサイン。突き立てられた親指と同時、リーゼントも揺れる。


「突っ走って行きな。いつものお前らしくさ!」

「……ありがとう」

「おうよ!」

 ヘルメットを牧夫に預けると、平和は出せる力の全てを尽くして走っていく。


 ミシェーラ、そして来栖。二人のお嬢様の協力によって飛行機の運航を少し遅らせている。しかし、それは10分程度だ。

 これだけの時間でさえアクシデントやトラブルの火種になるというのに、これ以上時間を伸ばすものなら空港の運営に壊滅的な被害を及ぼしかねない。


 この僅かな時間を絶対に無駄にしない。皆が作ってくれた最後のチャンスを。


(そうだ。何を迷ってるんだ……! 俺はッ!!)


 平和は空港の自動ドアを通過した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「おや、運航が遅れているとな……?」

 心名の父親は腕時計を手に呟いている。

 思いがけないアクシデントを前に、執事や黒服達もそれぞれ仕事場へ緊急の連絡を入れていく。社長である父親も、予定より遅れることを本社へと伝達し始めていた。


「何があったんだろうね?」

 心名は呑気そうに父親に聞く。

 アメリカに帰るというのに彼女はいつも通り。何気ない表情で飛行機の到着を待っていた。



(お嬢様、どうしてそんな平気そうに……)

 五鞠はいつもと変わらない彼女へ目を向ける。

(まさか、私を心配させないように……)

 五鞠は自分の不甲斐なさに自ら叱責をぶつけていた。


「……心名ッ!!」

 大声。空港は中の構造が構造故に声が響く。

 だからこそ、どれだけガヤガヤしていようと、その言葉は彼女の耳に届く。


「はぁっ……間に、あった……ッ!!」


 西都平和。学園の疫病神。

 この街でも有名人である彼が、息を荒げながらも地を踏みしめる。


「あれ、カズ君どうしてここに、」

「待ってろッ!!」


 平和は限界でありながらも、出せる限りの声を絞りつくす。後日筋肉痛で動けなくなったっていい、数週間は喉がつかえなくなってもいい。


「必ず、お前の気持ちに答えるから……だから、待っててくれッ!」

 本当の気持ち。力の限り、自身の本当の気持ちを告げるのだ。


「本当だったら行ってほしくない! でもお前の人生だからワガママは言えない……でも、この事だけは! この気持ちだけは! このワガママだけは言わせてくれ!」

 今まで彼女に告げたかった本当の気持ち。


「……”大好き”だッ!!」


 視線なんて、気にしない。これが、今告げられる精いっぱい。


「俺もお前が好きだ! ずっと前から……初めて会ったあの時からずっと! 一人の女としてお前が好きだッ!!」


「___!」


 心名の呑気な表情がピタリと固まる。


「本当はお前の告白に答えたかった。俺の事を好きだって言ってくれる気持ちが凄く嬉しかった……でも、今の俺がお前の気持ちに答えたら絶対にお前を不幸にする。誰にも認められない俺がお前の隣に立てば、お前を幸せにできないと思った……だから、ずっと答えられなかった」


 恥じらいも何もない。ここが公共の場だろうと知った事ではない。


「何年かかるか分からない。でも、絶対お前を迎えに行く! 絶対にお前の気持ちに応えられる男になってみせるから!」


 伝えきった。平和は自身の気持ちを包み隠さず全て伝えた。歯止めの利かなくなった彼は、今も尚、その気持ちを何度も伝えようと声を出し続ける。




「だから、だからっ……」


「___カズ君っ!」



 ふわっとした。

 平和の体に、柔らかく気持ちの良い何かが包み込まれていく。


「……!」


 心名だ。

 心名が、平和の体を抱きしめていた。


「ずっと……ずっと、好きでいてくれてたんだ……」

 今にも泣きだしそうだった。平和の気持ちがあまりにも嬉しくて。

「あの時の言葉、やっぱり嘘じゃなかったんだ……!」

 幼い頃の告白。あの日の約束。

 告白を断り続けてきたのも。音楽に没頭し続けるのも、すべては幸せのため。


 自分の幸せの為にやってくれていたんだと知った彼女は感情を抑えることが出来なかった。

 嬉しかった。ずっとその言葉を聞きたかった。“好きでいてくれていた”というその気持ちの感動に心名は体を突き動かされた。


「嬉しい……本当にうれしいよっ……!」

「ごめん……ずっと言えなくて」

「ううん、カズ君って、大事なところで素直じゃないから」


 あまりの嬉しさに心名はずっと泣き続けている。

 こんな場所であまり泣くなと平和もいつも通り呆れた顔で心名の涙を拭う。しかし、その表情はいつもと違って満足そうな笑顔も零れていた。


「……やれやれ」

 五鞠も本当の気持ちを告げた平和を前にようやく肩の荷が下りる。

 その言葉を吐き出すまでここまでの準備が必要だなんて思いもしない……本当に面倒くさい男だと、安堵を浮かべていた。


「また、帰ってくるのか」

「うん、帰ってくるよ」

「そうか……」


 いつ帰ってくるのか、分からない。

 でも、ずっと待つ。彼女が返ってくるまでずっと待つ。


 その時までに……彼女に認められる男になると、彼は心に誓った。


「待っててね」

 心名は自分で涙を拭う。








「二週間したら帰ってくるから!」


 両手をグッと。

 満面の笑みで、彼女は告げた。












「……え?」

 平和は唖然とする。


「は?」

 五鞠も固まる。



 不気味な空気。

 運航が遅れて騒がしいはずの空港は、涼し気を感じる程に偉く静かだった。

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