CASE.70「不幸少年のラブストーリー(その3)」
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学園に楽譜と作詞用の紙を持ってきたのはいつ以来だろうか。
昨日からずっと没頭していたおかげか、良い案が大量に頭に浮かんだ。
今までとは違うステージ。今までよりも強めでメッセージ性のある作品。今までを越える最高傑作を作り上げる。
……だからこそ、このテンションを持続する。
そして妥協しない。完全なモノをつくりたいと心から思えた。
あのライブを見て。初めてリザルトビザリーのライブを生で見て、自分のライブはまだまだ伸ばすものだと思った。もっと先へ、もっと向こう側へ行くべきだと思ったのだ。そしていつか……。
「カズくんってば!」
「!!」
作曲モードに入っている俺は基本的に周りの声が耳に入らない。絶対に入れないようにヘッドホンでシャットダウンをする。
それを分かっているのか、相手をしてくれない事を怒って俺の集中モードのかなめであるヘッドホンを奪い取った。
「……はぁ」
目の前には頬を膨らませている心名がいる。
……本当に可愛らしい。
こいつくらいだ。ここまで周りと交流を深めようとしない俺に寄り添おうとしてくれる馬鹿野郎は。
その気持ち。素直に嬉しい。表情こそ不機嫌にしているが、こうして構ってくれることは実は嬉しかったりする。
「なんだよ」
でも、本気で作曲に集中しているときくらいは勘弁してほしい。
おかげで頭の中で浮かんだ最高傑作のプロジェクトの一部が吹っ飛んでしまった。そういう意味では不機嫌という感情はあながち嘘ではない。
またいつも通り、くだらないことで邪魔をするのか。返す手段くらいいくつでも持っているんだぞとアピールをしておく。
「むむむ、そっちがその気なら、君が嫌でも私を見ないといけない衝撃的な事を言うんだよ!」
ほほう、衝撃的な事ね。
一体何を言ってくれるんだ。俺は流し目で心名を見ていた。
「……私ね、アメリカに帰らないといけなくなったのだよ!」
「あ、そう」
「軽ッ!?」
俺は作詞へと戻っていく。
「お土産買ってきてな」
「旅行ってバレてる!?」
ああ、分かってる。それくらい予測できてるさ。
アメリカに戻るのは事実だろう。だが、この頃合いを考えてほしい。
七月。もうすぐ夏休みというこの時期。
里帰りみたいなものだろう。一週間くらい向こうに戻って何食わぬ顔で戻ってくるなんてオチだというのが分かっている。現にこのリアクションがこの証拠だ。
全くと言っていいほど重い雰囲気じゃない。こちらの推理が正解しているおかげか、彼女は図星をつかれたかのように驚いている。
「うーん、もっと残念そうなリアクションをしてほしかったのだよ~」
頬を膨らませて不貞腐れる心名。俺はそっとヘッドホンを戻し、再び作曲活動に戻ろうとする。
「いつ帰るんだ」
「このあとだよ~」
「へぇ、この後か……ってこのあと!?」
急すぎてビックリした。終業式前の帰国ということか。
「うん、私も今後の事で関係しているみたいだから少し急ぎで!」
さすがは有名企業の社長と言ったところか。多忙スケジュールに振り回される感が凄く大変そうだ。
娘である心名もエスカレーター式で父親の仕事場で働くことになっている。といっても、心名は父親の企業の傘下である母親の仕事場の方での所属になるようだが。
その勉強も含めて、終業式前の一足先に夏休みを迎えるという事だ。お金持ちのお嬢様に許されるトンデモスケジュールが羨ましくも感じる。
……いや、彼女の場合は勉強であってバカンスじゃない。羨ましいというのはちょっと違うか。
「向こうに迷惑かけるなよ」
「むむっ! 私の心配をしてほしいんだよ!」
ヘッドホンに流れる音楽の音声は少し低めに設定している。
……怒る彼女の声がずっと聞こえている。
「また音楽に……カズ君は音楽と私どっちが大切!?」
「音楽」
「また即答!?」
当然だ。俺は音楽の方が大切。
……音楽。この道に行くしかない。
俺のためにも____
”そして、コイツのためにも”。
「ん、ちょっと待て。これから帰るのに、どうしてここに?」
「あ、いつのも癖で登校しちゃった」
「今すぐ帰れ!」
早速、家族に大迷惑をかけた心名に説教をかましてやった。
「……」
大慌てで帰る準備をしている心名。それを眺める俺。
そんな俺達の事を見つめている視線。鋭い視線を一瞬だが感じた。
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数分後。心名は帰国のため家に帰った。
いつもの癖で登校しちゃったなんてパワーワード過ぎて腰を抜かしてしまった。アイツの天然は度を過ぎている。
これほど、『いっけなーい、遅刻遅刻♪』レベルのテンプレ展開が似合う奴もそうもいない。
もうすぐ昼休み。誰も邪魔が入らない屋上へ移動する。
曲を今日中には完成させたい。そして家に帰って作曲を行い、今週のセッションで完成には持って行って……。
「カズ」
「ん?」
俺を呼ぶ声。五鞠だ。
「あれ? お前はアメリカにいかないのか?」
「ついていくよ、当然。私は後の便」
どうやら別ルートでの帰国になるようだ。どうやら便の空きに問題があったようで彼女達家族が先に戻るとのことである。
「……それより、カズ。こっち来て」
「え、なんで」
「いいから!」
胸倉をつかまれる。
「おい! 五鞠! なんだ急に!」
俺はそのまま屋上へと連れて行かれる。
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「カズッ!!」
押し付けられる。
屋上の金網。立ち入り禁止の屋上の金網は手入れがされてない事もあって錆びている。丸出しの後頭部に錆びた鉄は有刺鉄線のように鋭い痛みがぶつかってくる。
「いって……!」
突然の暴力。いきなりの暴行。何を思ってこんな真似をするのか分からない。
「何すんだっ……!」
相手は幼馴染の女の子。いくらムカついても手を出そうとは思えない。だから、睨むだけで五鞠へ敵意を向ける。
何故こんな真似をしたのか。俺が何かしたというのか。
ナイフのように鋭く尖らせた瞳で彼女に訴えかける。
「あんたね……」
ギリギリと歯を鳴らし、五鞠は俺を睨んでいる。
「“最後の別れ”まで、どうしてあんな態度なのよ!」
「……え?」
俺は目を丸くして、黙り込んだ。
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