CASE.68「不幸少年のラブストーリー(その1)」
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小さい頃。まだ小学生の頃。
私は、一人の男の子に出会った。
他の男の子とは違って暗い雰囲気で、誰よりも不器用で、周りと戯れようとしない一匹狼のような男の子。いつもジャングルジムの中からコチラを覗き込んでいた変わった子。
ずっとその視線は、サッカーで遊んでいた私たちに向けられていた。
……仲間に入りたいのなら言えばいいのに。ずっとそんなことを考えていた。
だけど、この公園で遊んでいくにつれ、とある噂を耳にすることになる。
“この街には疫病神がいる。”
“そいつと一緒にいれば、不幸が訪れる。”
それは都市伝説のようなものだった。ここ常春だけで有名な噂。少年少女は勿論、大人や老人の間でもその噂は知れ渡り、知らない人が少ないと言えるレベル。
私はもともとアメリカで生まれ、その後パパと一緒に日本各地を転々としていた。新しい会社を日本に設立するということで、展開するに丁度良い土地を探して回っていたのだ。
最後に訪れたのがここ、常春。最も滞在期間が長かったのがこの街だった。だけど、私はその都市伝説の事を知らなかった。
ジャングルジムからずっと、こちらを覗き込んでいる少年の”正体”を。
声をかけてみようか。
そんなことを何度も考えた。
でも声をかけると、臆病な子犬のように驚いて何処か遠くへと逃げてしまう。
あの子は一体何者なんだろう。
どうしてあの子はずっと……“私”を見ているのだろう。
それがずっと、謎で仕方なかった。
___数日後。事件は起きた。
野良犬だ。大きなワンちゃんが私たちに襲い掛かってきたのだ。
怖かった。とても怖かった。周りにいた男子達もその剣幕が怖かったのか皆ちりぢりに逃げていく。
取り残されたのは私たち。逃げ遅れた私たちはワンちゃんに襲われそうになる。
誰も助けに来ない。五鞠ちゃんは必死に私を守ろうとしてくれているけど、彼女も怖くて何も出来ずにいた。
目を閉じた。本当に怖かった。
私は心の底から、助けてと大きく叫んだ。
『ちっ……!』
___やってきた。その時、彼は颯爽と現れた。
ジャングルジムという牢獄の中から、覚悟を決めて飛び出して来た少年。
西都平和。疫病神の少年だった。
飛び出して来た西都平和君は私たちと同じでワンちゃんが怖かった。でも、彼は逃げようとしなかった。ワンちゃんが諦めるその瞬間まで睨みつけていた。
……そして、最悪の時が訪れる。
『あッ……!!』
噛まれた。
西都平和君が、私たちを庇って野良犬に噛まれたのだ。
そこから数分後、異変に気付いた黒服のお兄さん達が一斉に助けに来てくれた。ワンちゃんは取り押さえられ、近くにいた子供達も保護。噛まれた西都平和君も応急処置を受けている。
その日はドタバタしたまま、終わったのは覚えている。
『ありがとう、たすけてくれて』
『……うわああああん!!』
そこでようやく、西都平和君は泣き出した。本当に怖かったんだ。
それに続いて五鞠ちゃんまで泣き出して……大変だった。
その日はドタバタしたまま、幕を閉じた。
___数日後、再び公園へとやってくる。
男の子たちは真っ先に逃げ出してしまったことを謝ってくる。こんな薄情な自分たちを許してほしいと何度も頭を下げてきた。
無理もない。あれは本当に怖かった。
いくら男の子でも逃げ出してしまうのは仕方ない。私はあの子たちを攻めようとは思わなかった。
……その時、また視線を感じる。
彼だ。ジャングルジムの少年がこっちを覗いている。
今日もまた、何事もなく一日を迎える。最初はそう思っていた。
『あいつのせいで、あんなことになったんだ!』
怒声。罵声。
ジャングルジムの少年に向かって、そんな声が向けられる。
“そうだそうだ! おまえのせいだぞ!”
“なんで、へいぜんとここにいるんだ!”
“こうえんからでていけ! おれたちをふこうにするな!”
……出ていけ。
ここから出ていけと一斉に怒鳴られる。
___どうして?
どうして、あの子がそんなに責められるの。
あの事件は本当にあの子のせいなの?
あの子がいるから起きてしまった事件なの?
みんなが西都平和君を追い詰める。まるで悪人みたいに。
……悪人、なんかじゃない。
あの子は、みんなの不幸を願う死神なんかじゃない。
だって、あの子は自分の危険を顧みず助けに来てくれた。
どれだけ怖くても。逃げ出したかったはずなのに身を乗り出してくれた。
ヒーローだった。
彼は私を助けてくれた小さなヒーローだった。
そんなヒーローがどうして責められないといけないの?
悪気もない。悪人なんかじゃない。
なのにどうして、ここから追い出されないといけないの?
みんな、化け物を追い出すように土や石を投げつけ始めている。
……やめてよ。
「なかまはずれはだめっ!!」
我慢できなかった。
私は……気が付いたら、昨日の彼のように身を乗り出して庇っていた。
顔に泥がかかる。
痛い。独特の臭みが顔中に広がっていく。
でも知った事ではない。
後ろにいる子は……こんなことよりも苦しい目にあっているのだから。
私は必死に叫んだ。思いのままに叫んだ。
これ以上酷いことはしないでと必死に叫んだ。
……黙ってくれた。
皆、納得はいってないようだけど、私の声を聴いてくれた。
後ろで震えている男の子。
私は、その子へ振り返った。
“きみ、なまえは?”
“ひらかず、さいとひらかず”
“じゃあ、かずくんだねっ!”
カズ君。これが彼との出会いだった。
“いっしょにあそぼうっ!
君はこんなところにいちゃいけない。君のように優しい男の子は、こんな寂しい場所に一人でいちゃいけないよ。
だから、私は引きずり出したんだ。こんな牢獄から、外の世界へ。
“うんっ!!”
あの時の嬉しそうな表情はきっと。
素直になれないカズ君が滅多に見せることのない、本当の素顔だったんだと思う。
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