CASE.67「野良犬とプリンセス」


 ライブが終わりバスで常春まで戻る。家に帰る前にCDショップに立ち寄ってリザルトビザリーのCDを何枚か購入する二人に付き合ってから数時間後。俺はライブの熱を持ったまま、自宅へと到着した。


「……」

 家に帰ると俺はすぐに部屋に向かった。


 ベッドに横たわり、ラジオで流しているのは今日のライブにて発表された曲のアレンジを収録したアルバム。

 充実している。今日一日中大好きなリザルトビザリーに浸れたこの一日は今年で最も心が躍るビックイベントだった。今もこうして、CDを聞きながら胸が陽気に俺の体を揺らしている。


「……ダメだ」

 陽気、ウキウキの気分は確かに感じているはずなのに。


「俺の歌は……」

 不安。焦り。こんなところで止まっておいていいのかと体が震えを起こす。

「まだ、レベルが低い……!!」

 改めてリザルトビザリーの素晴らしさを知った。自分が目を付けたアーティストは胸を誇って紹介出来る最高のバンドであるという事も二人に証明することは出来た。


 ……だけど、同時に思い知らされた。

 これが世界に認められるレベル。誰もが存在を評価した“天才の域”。


 自分の作品が駄作と思った事はない。どれも胸を誇れる作品だと思っているし、自分の想いのままをすべてぶつけてきた作品ばかりだ。だけど、それだけ素晴らしい作品だと胸を誇りたくても……薄れてしまう。


「こんなんじゃ……」

 テーブルに向き合う。作詞用の紙、何百枚と用意された紙の束。

 近くのごみ箱にはクシャクシャに丸められた紙がいっぱいに入っている。詰められた紙のボールは雪山のようにゴミ箱からはみ出している。


「プロは目指せない……!!」

 もっと良い作品を作らなければ。もっと最高の作品を作らなければ。

 そうしなければ……そうしないと。


 “自分の夢”が叶えられない。


 俺はその焦り故に曲を部屋で流しながら、死に物狂いでテーブルの前の紙の山と睨めっこを繰り返していた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 同時刻。高千穂邸。

 都会を真似た田舎町の常春では一際異彩を放っているお屋敷。


「ただいま~」

「おかえりなさいませ」

 今日は留守番だった五鞠がテンションマックスで帰ってきた心名に返事をする。


「どうでしたか? 今日のライブは」

「楽しかったよ! 最高だったよ! さすがはカズ君が認めたバンド! 私のハートは鷲掴みだよっ!」

 リザルトビザリーのCDが大量。平和との買い物やお出かけ以外にはあまり使わないお金も珍しく放出し、財布の中もすっからかん手前にまで使い切っていた。


「楽しかったのなら何よりです」

 五鞠は笑いながら、心名の上着を受け取る。

 このままお風呂まで直行。五鞠は心名から荷物を受け取ると、彼女を浴室までエスコートしていく。


「それとお嬢様。あとで御父上からお話があるようです」

「パパが? うん、わかった~」

 テンションの高いまま彼女は浴室のシャワールームへ。扉が閉じられたことを確認すると、五鞠は荷物を片付けるために心名の部屋へと向かうことにした。


「……この様子だと、進展なしかー」

 ちょっと残念そうな顔を浮かべ、多少のイライラを募らせながら部屋へと向かって行く五鞠。

「カズの奴、せっかく洒落たモノを用意してやったのに……」

 中々進まない仲。それを前に五鞠は愚痴を漏らす。どれだけチキンなのか、どれだけ勇気がないのか。




 ……それとも本当に興味がないだけなのか。

 彼が興味があるのは音楽だけなのか。

 

 心名の部屋へ足を踏み入れると室内着をベッドの上に用意し、購入したCDの山は綺麗に机の上へ並べて置く。すぐにCDを聞くだろうなと兼ねて、CDプレーヤーの動作確認などもしっかりと行っておく。


 風呂上がりの前準備も終わったところで、五鞠は心名の部屋を出て自室へ。次の呼び出しが来るまで自室にて待機することにする。


「はぁ。全く、手の焼かされる二人ったらありゃしない」


 五鞠の自室。女の子らしい部屋のベッドで仰向けに寝転がる。


「……そんなにお互い想ってるのならさ」


 軽く目を閉じて、昔の事を思い出す。


 主人である心名。そして、一匹狼であった平和。

 この二人が出会ったあの日の出来事。


 子供達が逃げていく中、誰に褒められることもないと分かっていながらも飛び出して心名を助け出した平和。

 彼はずっとジャングルジムの中で彼女を見つめていたことは覚えている。ストーカーにも近い目つきであったが、少年であった頃の彼はきっと一途な思いで彼女をずっと見守っていたのだろう。


 ふとしたキッカケで数日間だけの交流を深め、別れてしまった。


 ところが数年後、中学校になってから再会する二人。

 いざこざがありながらも二人は友達同士の関係を取り戻し、次第に二人の関係は友達以上でありながら恋人には絶対に足を踏み出さない奇妙な距離を保ち続けていた。


 ……心名は間違いなく平和の事が好き。それは偽りない事実。


「それとも、私が勘違いしちゃってるか? 少女漫画の読み過ぎか~……?」


 だが、平和はどうなのだろうか。

 普段の行いからして彼女に気があるように思えるのは事実。そして幼い頃に口にしたプロポーズも嘘だとは思えない。


「……いやいや、そんなことないだろうって。たぶん」


 少年時代の勢い、だったのだろうか。何処かしら込み上げる不安に五鞠はそっと目を開く。


「あらっ」

 時計を見ると、三十分近くが経過していた。

「やっべ! やらかしたッ!?」

 どうやら仮眠をとってしまったようだ。さすがは高千穂家に用意されたベッド。安眠仕様とだけあって横になるだけで眠りに誘われてしまう。


「お嬢様は……多分出てるよなぁ~。間違いなく!」


 呼び出しもなかったが故に眠ってしまった。心名がとっくにシャワーから出ている事を考えて浴室までダッシュで向かって行く。


 ……浴室には誰もいない。


「でっすよね~~!!!」


 やはり出た後のようだ。となると、心名は既に父親の元へ向かったのだろうか。


 ひとまず、心名の父親の部屋へと向かう事にする。

 このタイミングで話となると将来どうするかについての相談だろうか? それとも新しい習い事を増やすかどうかの話なのかどうか。


(しかし、一体どんなお話を?)


 多くの可能性を推測しながらも、五鞠は心名の父親の部屋の前へ到着する。


「……いやだよっ!」

 突然声が聞こえる。

「!」

 聞こえてきたのは心名の声。それに五鞠は驚いたのか一瞬だけ体を揺らす。


「絶対に嫌だ! 帰りたくない!」

「……ワガママを言うんじゃない。仕方のない事だ」

「仕方なくないもん。私は日本に残る!」

「心名!」


 ……不穏な会話が聞こえる。


 まさか、いや、そんなまさか。


 五鞠は嫌な予感におびえながら、部屋に聞き耳を立てる。


「帰らないよ……私、絶対“アメリカに帰らない”から!」

「!!」


 あと一年もしたら高校卒業。将来も考えないといけない時期。

 部屋の中から聞こえてきた親子喧嘩は、想像通り考えたくもなかった“父からの提案”らしき会話であった。

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