CASE.64「ファッション・モンスター」


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 夏らしい温度が続くようになった。

 常春学園の女子生徒、清武五鞠もその日に合わせてすっかり夏服に衣替えしている。趣味や仕草は男っぽいものが続くが、私服はキャミソールにホットパンツと動きやすさを重視しながらも女の子らしい一面をアピールしている。


 五鞠はショッピングセンター近くの噴水広場で携帯片手に誰かを待っている。

 七月最初の土曜日。珍しく一人で活動している彼女が待っている人物とは。


「おまたせ」

 その人物は集合時間よりも数分前。女性を待たせないようにと律義にやってくる。


「うっ……」

 五鞠は途端に目を閉じる。


 



 反射。その人物がかけていたサングラスに日光が反射して目に被害が及ぶ。

 ライダースジャケットにダメージジーンズ。胸には大きな髑髏のネックレス。腕には大量のメタルアクセサリーと鎖がジャラジャラ。真っ白なエクステと赤いカラーコンタクトを飾った面には特徴的なサングラスが。


 ”西都平和である”。


「……相変わらず服装は弾けてるなぁ~。カズの私服」

「会って早々、悪口か」

 開口一番の批評を前に平和は口を尖らせる。


「んで、何の用?」

「……あんたさ、何日か後に隣町へライブを見に行くんだよね? お嬢様達と」

「そうだけど」

「その格好で?」

「当たり前じゃん」


 即答。他所に行くからといって変にファッションを変えるつもりはない。平和は堂々と胸を張って答えた。


「……よい、ついてこい!」

「え、ちょ」

 平和は五鞠に腕を掴まれ、そのままショッピングセンターの店内へと連れ込まれてしまった。


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 彼女に連れられたのは洋服売り場。

 平和の事を考慮して、少しロック味のある尖ったファッションの並ぶ専門の洋服店をチョイスした。


「用事があるから付き合ってほしいと呼び出されきてみれば……なんでこんな目に」

「悪いけどアンタをそのまま、この街から出すわけにはいかない」


 昨晩のこと。平和の元に五鞠からメッセージが届いた。

 その内容は平和の言う通り、大まかな目的は何一つとして話していない簡易的なメッセージ。用事のない平和はそれといって深追いすることもなく承諾する。


 ちなみに心名は習い事でやってこない。珍しく二人だけの休日となった。


「……なんでだよ」

 平和は店内で震える。

「俺の“ファッションに何の問題が”!?」

 怒りのままに大声で叫んだではないか。


「大ありじゃ、ボケッ!」

 近くにあった靴ベラで平和の頭を叩く五鞠。


 そう、彼女がここに連れてきた目的。

 それは……彼のファッションをせめて“マシなもの”に変えておくという面目であった。


 そう、見てお分かりの通り、平和のファッションセンスは何処か尖っている。何かを意識しているのは間違いないのだが、ハッキリいってこのメタル満載のファッションは彼に似合ってはいない。


「お嬢様に恥をかかせる気!?」

 そんな恥ずかしい格好でライブ会場に向かうものなら変に視線を集めるに決まっている。ライブに同行することとなった心名と来栖に変な恥をかかせることになるのはまず間違いない。


 変革させておかなくてはならない。こんなファッションモンスターをこの街から繰り出してはならないのだ。


「アンタ本気で気づいてないの!? その私服、学園でも酷いって噂になってるし、商店街でも苦笑いが起きるし……ほら、このお店の店員だって! 必死に笑いをこらえているのが見えないの!?」

「酷い? これが?」

「そう」

「……お前、センスないな」

「転がすぞ、ムッツリロッカー」


 一瞬、五鞠が殺意を湧かせたが抑えた。

 不機嫌に不貞腐れている平和はジャラジャラと鎖を鳴らしている。


「帰る」

「待てい」


 五鞠は即座に帰ろうとする平和の腕を掴んだ。


「ここに俺が残る理由は、」

「いいから残れ。いや絶対残れ。じゃなければ……お前をここで“消す”」

 ドスの聞いた声。

「痛い痛い痛い痛い!?」

 捻られる腕。これ以上動くものなら右腕がもげ落ちてしまいそうだった。

 左腕は完治こそしたものの激しい動きは禁止。そこを考慮したのか右腕を選んだのだろう。


 ……ギターが握られない体になりたくなければ従え。

 清武五鞠。これまでにない最高傑作の脅迫を平和の耳元で呟いた。


「分かった……残る」

「よし」

 五鞠はそっと平和から手を離した。


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 試着室。それを前に五鞠は待っている。


「どうだ?」

 勢いよくカーテンを開いた平和が姿を現す。


 ___大きなジャンパー。首には大きな黒いマフラーがこれでもかと巻かれている。

 ___腕にあったジャラジャラのメタルアクセサリーは腰に移動しただけでダメージジーンズは特に変わっていない。そして、サングラス。


「駄目だコイツ、早く何とかしないと」

「これでも自重したんだけど」


 自重して何故悪化するのか。迫力が増しただけのような気がするのは気のせいか。

 主張している感覚がより一層増しただけの平和の姿に呆れて声も出ない。後ろで必死に笑いをこらえている店員の鉄の心臓には本当に凄みを覚える。


「あのさ、別にアンタのファッションセンスが悪いって言いたいわけじゃない。それ、アンタの好きなロックバンドとかを意識してるんでしょ?」

「……うん」

「だけどさ、残念ながらファッションには人によって似あう似合わないは免れないのよ。どれだけセンスの良い服を着ていようと、それがガリガリのブスとか、ふっくらとしたデブが着ていても格好いいとは思わないでしょ?」

「……むうっ」

 平和は頬を膨らませ、五鞠を睨みつけている。


「ああいや! カズがデブとかブスとかって言いたいわけじゃないよ!?」

 そこは流石に訂正しなくてはと五鞠も反省する。

 どうやら“ブス”という言葉に多少であれ反応したようだ。まあ、正面切って冗談でもない無自覚な暴言を言われたら、誰だって傷つくし怒りたくもなるだろう。


「ファッションはともかく、アンタはそこら辺の男子と比べて顔は整ってる! ファッションセンスの方向性はぶっ飛んでいるけど、顔はイケてるから自信を持っていいよ! ファッションの方向性はおかしいけど!」

「ファッションセンスを連呼すんな!!」

 火に油を注いでしまった。おかげで平和の眉間には血管が浮き出ている。

 大事なことだから二回は主張しておくべきかと思ったが、ちょっと自重するべきだったと五鞠は反省する。


「……どれだけ格好の良い人物でもファッションの釣り合いはあるのよ。カズの着てる服って確かに若者向けではあるけど……カズのイメージとはちょっと違うのよ」


 五鞠は持っていた服。試着用の服を平和へと受け渡す。


「アンタの事を尊重しつつ、服を選んできた。これを着てみて」

「……ああ」

 納得いかない表情をしながらも、平和はカーテンを閉めようとする。

「あ、あとサングラスだけど……」

「外すつもりはない」

「いや、外さなくていいよ。ただ……“胸のポケット”に刺してみて?」

「……分かった」

 早く解放されたいのか、諦め気味に平和はカーテンを閉めた。


 あれだけのアクセサリーだ。試着室の外にメタルアクセサリーがゴロゴロと落ちる音が響き渡る。一応着替えてくれているのだけは外からでも確認できる。

 ブツブツ言いながら着替えているのも分かる。かなり納得がいっていないようで、その愚痴がカーテンの外であろうと駄々洩れだった。


 ……耐える。五鞠はとりあえず耐える。

 本当だったらカーテン引きちぎって蹴りの一つでも加えてやりたいが我慢する。あまり乱暴ごとになるとお店の迷惑になるからだ。


「あれ?」

 着替えが始まってから数秒後。

「うん……おお……っ」

 平和の愚痴が次第に聞こえなくなってくる。


 理解。感激にも近い声が微かに聞こえてくる。


「どうよ?」

 してやったりな顔で五鞠はカーテン越しに呟いた


「……いい」

 カーテンを開ける。


 革などじゃない普通のジャケット。下は白いYシャツに黒いネクタイ。ジーンズもダメージ何一つない普通のもの。そこへちょこっとだけ飾られたメタル。

 そのファッション専用のハット。サングラスは言われた通り胸ポケットに飾られる。


 今までの攻撃的なファッションとは違い、大人しめのファッション。

 しかし、彼の求める“ロックバンドらしさ”は残したまま衣服を選んだのだ。彼の言う“ロックバンドらしさ”というのがどういうベクトルなのかは知らないが。


「当日はそれを着ていきな。それ、すでに支払いしてあるから」

「いつの間に……」

 試着室で違和感を覚えていたようだがその正体に気付く平和。そう、この服には値札が付いてなかったのである。いつの間に購入していたのかと驚愕を露にしていた。


「……ライブ楽しんできなよ。そんでもって、」

 試着室から出てきた平和に、彼女は耳元で呟く。

「お嬢様に良いとこ見せてきな」

 わざと、聞こえづらいようにボヤをかけた声で。


「おい、今なんて」

「何でもねーよっ! さぁ、そのままご飯食べにいこうかっ!」


 ついでだしお昼ご飯も終わらせる。

 二人の休日は今しばらく続くこととなった。

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