CASE.65「絶頂ライブ・アライブ(前編)」
西都平和にとって逃せられるはずのないイベントが控えているこの日。市内の公園の噴水広場。そこのバス停にて一同は集合している。
「……うーむ」「ふむ」
学園のシンデレラ・高千穂心名と、学園の生徒会長・来栖龍花の二人は私服姿でバス停近くのベンチに腰かけている。彼女達は本日のイベントを最も楽しみにしている人物を待っていた。
「あっ、もういたのか」
本日の主役はようやくバス停に現れた。
「あっ、カズ君おはよう……って、おお」
訪れた主役を前に、心名は視線を奪われる。
「……なんだよ、似合ってない?」
西都平和だ。いつものエセビジュアル系ファッションとは全く違う服装。ジャケットにネクタイ、そしてジェントルメンを意識するハットを着用したスマートな服装を身に纏う平和は会って早々に言葉を失った心名を前に戸惑っている。
本人もいつもと違う格好に慣れないのか恥ずかしがっている。『似合わない』なんて言葉を告げられショックを受ける前に、緩和剤としていつもらしい毒を吐き出している。
「似合ってるよ! 今日も一段と格好いい!」
心名は両手とも親指を突き立てグッドサイン。百点満点のカッコイイ平和だと賞賛した。
「ふふっ、やっぱり気合いが入ってるね。何せ、こんな美女二人とお出かけするんだからね」
その言葉には彼女自身のナルシストぶりがハッキリと出ている。心名の賞賛の直後にやってきた来栖の言葉にも耳を傾ける。
「ライブだから気合いを入れてるだけだ」
二人の為に私服を見繕ったわけではないと言い切る。今回は“好きなバンドのライブ”。尊敬しているグループのライブということで気合いを入れているだけであると言い切った。
……それにこの私服は平和自身が用意したものではない。五鞠が用意したものだ。
五鞠はこの洋服の件については詳しく二人に話さないようにと告げている。彼女が何を企んでいるかは分からないが、何か妙な計画を企てているとは思えない。
余計な事は言い切らず、バス停の時間を確認する。
「あと40分か」
あまりにも早い時間に到着してしまったために長い待ち時間を用いる事となってしまう。田舎町のバス停あるあるだが、都会のバス停と違ってバスが数分越しにやってくることはない。基本的に数時間に一回来るかどうか。ド田舎となったら、5時間に一台来るかどうかのレベルである。
運のよい事にここはそこまでド田舎ではない。とはいえ二時間に一台くるかどうかの場所である。
「あ、そうだ」
何かを思い出したかのように平和は二人の方を見る。
「二人とも、俺の貸したアルバムはちゃんと聞いた?」
「うん、聞いたよ!」
心名は両手を上げて返答する。
「ああ、聞いた」
来栖も答える。
ライブ前。“リザルトビザリー”と呼ばれるグループの事について全く知らなかった二人。ライブに足を出すのであれば、このバンドの素晴らしさを一度経験してもらわないと困る。というわけで平和はリザルトビザリーのメジャーデビューアルバムを二人に貸したのだ。
当然、二つとも友達に貸す用のものだ。彼は“貸す用・観賞用・飾る用”で合計5つ買っているタイプである。二つ何故か漏れがあるが気にしてはならない。
「どうだった?」
本人が最も気に入っているアルバムの感想を二人に求める。
「凄く良かったよ!」「衝動を駆られたね」
平和が気に入ったグループのライブ。それは聞いててノリの良いモノであったことは間違いない。二人ともドップリとハマる程ではなかったが、もう一度聞いてみたいと思えるものではあったと感想を述べる。
「……なんだ」
平和はぼそっと口を開ける。
「なんだその簡略的な感想はぁあアッ!?」
怒り、発破。平和は公共の場であろうと気にすることなく大声を上げる。
「「えええぇええ!?」」
褒めたのにこの扱い。理不尽な返答に二人も思わず声を上げる。
「このバンドはそんな簡単な言葉で片付けていいモノじゃないんだよ! 原稿用紙十枚あっても足りないくらいの感想が書ける素晴らしい作品だというのに……そんな適当な感想放っておけるものかッ!!」
手を組み、ベンチで思わず正座をしてしまった二人へ怒鳴りつけ続ける。
「お前達にこのバンドの凄さを教えてやる……心して聞け!!」
バスが到着するまでの40分。過激派による“リザルトビザリーを学ぶ会”がお送りされることになってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二時間後。バスを経由して隣町へ到着。
「んで、リザルトビザリーは初の海外ライブへ進出した。そこで新曲を発表するという挑戦も大成功……最後に披露した曲がデビュー曲の“Fall Life Angel”のセルフリメイク。この演出が本当に最高で」
まだ続いていた。待ち時間の40分だけでリザルトビザリーの話が終わるかと思いきや、バスに乗ってからの一時間ちょいの時間もずーーーーっとこの話だった。
「うぐぐっ」「おおおっ……なるほどぉ……」
おかげで二人はやつれ気味に萎れかけていた。
ライブ前に体力を想像以上に使ってしまった。あの心名でさえも勘弁という概念を頭に浮かべるくらいに彼は熱中していたのである。
「あ、ついた」
ここから徒歩で数分かけて市民ホールへ。
ライブが始まるのはこれから30分後。それまでは水分の調達やトイレなど、それぞれ前準備を行うことになる。
市民ホール。入口のエントランスにて三人は足を止める。
「俺はトイレに行ってくる。コンビニは近くにあるから買い物に行くなら連絡頼む」
平和は一度お手洗いへと姿を消していった。
「つ、疲れた……」
近くにあったソファーに心名は倒れ込む。
「ガチ勢こわい……」
彼のリザルトビザリーに対する愛は本物。愛が強すぎるために彼の中では“宗教”の域まで達しているような気がしてならない。
二時間かけてのリザルトビザリー指南は一種の“洗脳教育”にも似た狂気を感じた。ようやく解放された二人はソファーでガックリと肩を落としている。
「……でも」
心名そっと深呼吸をする。
「あんなに一生懸命なカズ君、珍しいかも」
「確かにね」
学園で見せる彼の姿は脱力し切った抜け殻のよう。マイナスイメージを植え付ける亡霊のような男だった。
だが、リザルトビザリーの事について語る彼の顔つきは凄くキラキラしていて、とても熱心だった。フランソワのライブステージでの彼の姿そのもの。音楽に一生懸命な彼の姿がリザルトビザリーを語っている間はずっと映っていた。
「……よしっ! ライブを楽しもう!」
これからまだ数十分は時間がある。
エントランスで貰ったライブのパンフレットに目を通し、最後の予習を始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ライブ会場。オープン。
いよいよ観客達がそれぞれ指定された席へと腰掛ける。
「……っ!」
一般席にて腰掛ける平和。リザルトビザリーのライブ。これを生で経験するのは実は“初めて”の平和。
リザルトビザリーが開くライブは全て応募したのだが、どれも抽選で当たることが出来ずに見逃すことに。だが今回の販売は先着制だった為に購入解禁数時間前からスタンバイしていた彼は購入に成功。人生初のライブ初体験に洒落こむことが出来たのである。
「……いよいよだ」
会場が暗くなる。
ちなみに女性陣二人はプレミアムの特等席。つまりは一番先頭の席にいる。そこが非常に羨ましくも感じるが、今回はそれを我慢する。
彼の中に、ファンとしてのプライドがあるのだろう。
ライブが始まる。耳を澄ませると音が聞こえる。
シルエット。真っ暗闇の中、ステージの中で微かに動く影が見える。
スポットライトが一斉に照らされる。
同時、最初の一曲目のイントロが会場内に響き始める。
いよいよ始まったリザルトビザリーのライブ。
衝撃のあるイントロからのスタートに、観客席は熱狂の渦に巻き込まれた。
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