CASE.63「一足お先のサマーバケーション その4」

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 数分後、フードコートでの戦いから一同は解散する。

 平和は一度トイレのためにプールから離脱した。普段食べる量の数倍以上は腹の中に含んだせいか体が重い。数十分近くは出てこないだろう。


 牧夫は三句郎を担いだまま、『チキチキ! 女だらけの水泳大会』の会場へと向かって行った。何せ学園のヒロイン二人が集めた派閥によって繰り広げられる桃色の決闘場だ。ハプニングを期待している男子がほとんどだろう。


 真名井は必要なかった炭水化物を消費するためにと流れるプールを逆流して泳ぎまくっている。よい子の皆は迷惑になるから絶対に真似しないように。


「……楽しそうですね、皆さん」

 フードコートに残ったミシェーラはサウスシーパークの名物の一つ。パイナップルのトロピカルジュースを片手に常春学園の生徒達の遊楽を楽しんでいる。


「父の仕事の為にトントン拍子で学校は卒業していきましたが……失敗しましたね。私も皆さんのように一時期はしゃぐのもアリだと思いました。そういった意味では、心名さんが羨ましいと思います」

「まあ、お嬢様の場合はハメを外し過ぎな気もしますが」

 精一杯遊んでいる心名に正直な意見を五鞠は告げた。


 心名とミシェーラは同じ社長令嬢という立場でありながら、若干の違いがある。

 まず心名には兄がいる。父の仕事を本格的に継ぐのは兄であるために、妹である心名はこのようにハメを外すことが許されている。


 一方、ミシェーラは一人娘である。立派な社長令嬢としての教育を受け続け、平和達の年齢より下という立場で大学までのセミナーを終わらせている。

 この先の人生、若いうちに手早く段取りを決め過ぎたものかとミシェーラはうっすらと後悔を覚えていた。普通に学園生活を送りたいというワガママの一つくらい吐いてみるべきだったと溜息を吐いていた。


「……同い年のご友人方とはしゃぐ。私が学校にいたころは全員年上でしたから」

 その上、彼女の立場の関係もあって、周りの生徒は気を遣っていた。

 クラスでずっとただ一人浮いていた彼女は独りぼっちだった。故に常春学園の生徒達、友人となってくれた平和達を見て羨ましく思ったのだろう。


「恋、はしましたね。フラれちゃいましたけど」

「高城さんの初恋の相手……気になりますね」

 五鞠は正直に口を漏らす。

 短すぎた学業生活。そんな短い期間に彼女は一体どのような恋をしたというのだろうか。まだ年もいかない少女という立場であった彼女の恋とは……。


「平和さんですよ」

「ぶっ!?」

 五鞠は飲んでいたトロピカルジュースを吐き出してしまう。


「大丈夫ですか?」

「げほっ……すんません、ありがとうございます……」

 近くにいた明佳からタオルを受け取る。突然のカミングアウト。ただでさえ刺激が強いパイナップルの果汁が喉の変なところを通過したことでダメージもでかい。呼吸が整うまでにかなりの時間を用いてしまった。


「……一目惚れでしたね。顔もタイプでしたし、ちょっと不器用なところとか……放っておけない一匹狼なところとか。なんだかんだ言いながら助けてくれるところも王子様のようで凄く大好きでした」

 頬を赤くしながら、初めて平和と会った時の事を思い出す。

 見ず知らずの少女を助けてくれたあの姿。口を開けば愚痴や減らず口、呆れた拍子で語るその姿……でも、その心内は誰よりも臆病で、微かに見え隠れする他人思いな一面。


 文字通り一目惚れだったという。

 ライトノベルなどでいうチョロインという存在。そんな軽い気持ちで恋に目覚めるものかと当時は思ったようだが、まさか自分がその一人になるとは思いもしなかったとミシェーラは正直な気持ちを吐露してしまった。


「でも、フラれてしまいましたね……分かってはいましたけど。でも後悔はしてませんよ。恋はアタックあるのみ、当たって砕けろの精神じゃないと、叶う恋も成就しない。守ってばかりじゃ得るのは歳の功と未練だけ。未練は後悔よりも歯痒いものですからね」

「フった……カズが」

 五鞠はジュースを片手に椅子に座る。荒れていた呼吸もだいぶ落ち着いた。


「ええ、フりましたよ。『“好きな人”がいるから、気持ちには答えられない。その人に想いを伝えたいから』って」

「!」


 目の色が変わる。

 “好きな人”がいる。その人の気持ちに答えたい。


 彼の言う好きな人。その人物は普段の彼を見ていれば、一目瞭然である。


(……そうか、カズの奴。やっぱり)

 トロピカルジュースの入ったコップをぐっと握りしめる。

 

 今までの彼の行動。

 どれだけ告白を受けようと大した返答をしなかった平和。

 口ではどうこう言っておきながらも、彼女だけは無視しなかった平和。

 与えられた殺人料理を、文句言いながらも全部食べ続けた平和。


 言ってることとやってることが真逆。

 そんな彼の気持ち……そして、ミシェーラの言葉。


 彼女の中で、うっすらと感じていたその真相は……“確実”なものとなった。


「あっ」

 上の空になりかけた意識。そこで二人の女子生徒がやってくるのが見える。


 大量の汗をかいた心名と来栖生徒会長。

 二人は大量の女子生徒を引き連れ、フードコートへとやってきた。


「お嬢様、決闘はもう終わったのですか?」

「うん、終わったよ。残念ながら、引き分けだったけど~」

 苦笑いをしながら、心名は頭をかいて五鞠の方を見上げている。


「……だが、生徒一同が一つとなって汗を流すこの一時。男子も女子も気持ちが一心同体となったこの企画。有意義であったことには間違いはない」

 来栖は心名へと手を差し伸べる。


「感謝するよ、高千穂さん。おかげで最高の企画となった」

「どういたしましてだよ!」


 おかしい、決闘していたはずなのに方向性が変わっているような気がする。そんでもって、ライバル同士だったはずの二人にひと時の友情が芽生えている。


 後先考えずの二人組。やはり波長は合うのだろうか。何処までも行き当たりばったりな二人に対し、五鞠は溜息を吐いてしまった。


「だが、まだ祭りは終わらない! まずは休憩だ! さぁ、皆、好きなものを注文するといい! 今日は私の奢りだ!」


 男子生徒に女子生徒。全員が声を上げて熱狂する。


「ふふっ、本当に楽しそうですね」

「こんなことやってるの、ウチだけだと思いますけどね」


 まだまだ終わらない祭り。

 男子も女子もヒートアップ。このまま終わりまで突っ走る所存のようだ。


 ひとまずの休憩時間。次の戦いへの栄養補給。

 常春学園生徒は、ここでしか体験できない大掛かりな青春に胸を躍らせていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「くっそ……腹が……」


 一方その頃、個室トイレから一向に出てこない平和。

 彼の戦いも、まだまだ佳境に入るのは遠い先の話であった。

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