CASE.62「一足お先のサマーバケーション その3」
「ぐっ……うぷっ」「げっぷ……」
昼飯時。真ん中の席。
メガ焼きそば専用の大きな食器。豚肉にキャベツ、そして麺の欠片一つ残らず平らげたお皿が二枚並んだテーブル。そのテーブル席で俺と真名井は倒れていた。
「ほぇー、よくやるわ。お前等」
「触るな……爆発する」
体を突いてくる三句郎に本気でやめろと指示を送る。
そうだ、ここで行われたのは男の意地の勝負。
最初こそ、必要以上の炭水化物の接種を躊躇っていた真名井であったが、俺に勝ってみせなくてはならないと意地を見せてムシャムシャと食べ始めた。
俺も勝負に付き合ってやる義理はないのだが、生徒会の誰かに敗北するような真似をすれば、今後学園での行動に嫌な制約をかけられる危険性がある。
だが言ったはずだ。少食だと。
お皿の上の焼きそばを沢山食べた選手の勝利という条件。その一方で真名井は俺よりも沢山の量を食べようと奮闘。俺も負けじと対抗。
結果、ゴール地点まで到着してしまったわけである。
おかげで俺と真名井の胃袋は暴発寸前である。立ち上がる事すらも危ない状況。少しの刺激でこのフードコート一帯が大惨事になりかねないことを示唆しておいた。
とはいえ、勝負が終わってから40分近くが経過している。
だいぶお腹も落ち着いてきた。動けるようになったところでゆっくりトイレに向かう事にする。
「おおっ、やっぱりいらっしゃいましたか」
「……ん?」
突如、耳に入ってくる聞きなれた声。
ここは常春学園の生徒以外は入れないようになっているはず。その聞きなれた声は気のせいではないかと俺は目を向けてみる。
「やぁ、です。平和さん」
するとどうだろうか、幻覚ではないじゃないか。
いる。確かにいる。
……何故かそこに、“白いワンピース水着姿”のミシェーラがいた。
「ペンギン!?」
俺は思わず声を上げて、顔を起き上げる。
「随分と顔色が悪いですね? プールの水を思い切り飲んでしまいましたか?」
「……そんな軽い理由なら良かったんだけど」
理由を話すだけでも馬鹿らしい。この目の前の巨大な皿を早く下げてほしいものだと心から願う。これを見るたびに、あの山もりの焼きそばを思い出して吐き気を掘り起こしてしまいそうになる。
「なんだ、この女の子?」
牧夫は上からジロっと、ちんまりな少女を見下ろしている。
「うぉおお! 銀髪ロリ少女キタコレ!?」
三句郎に至っては日本で見ることはまず珍しい人種を目の前に発狂していた。
「平和氏! こんなプリチーな女の子と交流を持っていたなんて聞いてないでござるよ!? どうして、黙っていたでござるか!?」
興奮鳴りやまぬ。アニメやエロゲ世界のヒロインのような容姿の少女。しかも文句なしの美少女とまで来たのだから熱狂が止まる気配はない。
「平和さん。こちらのお方達は?」
「不良と犯罪者」
二人の事は簡易的に説明しておいた。何の間違いもない。
「ミシェーラ・高城・アルペンギンと申します。平和さんとはお友達の関係です」
お嬢様らしく良いとこの令嬢っぽくしっかりと自己紹介。ぺこりと頭を下げる姿はそれこそペンギンのようで愛らしい。
「おう、小林牧夫だ。平和のマブダチって奴だ」
「海老野三句郎。今後ともよろしく、お嬢さん」
牧夫はいつも通り軽く挨拶。三句郎に至っては普段出していないであろうダンディな声でアピールをしていた。
「どうしてここに?」
生徒以外は立ち入り禁止になっているはず。良いとこのお嬢様とはいえ、何故普通にプール施設に入りこめているのだろうか。
「おや、知らないのですか?」
人差し指を突き立て、ミシェーラは言う。
「ここ、“私の御父上の会社の系列”です。つまりは私の御父上の傘下なのです」
……なん、だと。
どうやらこのプール施設。ミシェーラの父親の会社の系列グループだったようだ。
「ふっふっふ、私の御父上はここ常春をテリトリーとしています。ショッピングセンターに空港、他にもツアー会社……この街の大半が、私の父上の配下なのです」
何という事だ。凄い衝撃だ。
俺達が利用していたショッピングセンターなどは全てこの少女の父親の傘下だったのである。そして、目の前にいるのは“常春の支配者”の娘だったということだ。
文字通り“お姫様”。この街の姫君だったのである。
「まだオープンしていないはずのプール施設が開放されていると聞いて、話を聞けば常春学園の生徒達が貸し切りとしていると……それでもしやと思って、施設の監査という名目をつけて、入れてもらったのですよ」
何という職権乱用。いや、彼女の場合、まだ職場には踏み入ってないから職権ではないか。社長の娘のワガママというのが正解か。
「……俺に会うためだけに?」
「オフ・コース。遊びに来ました」
親指を突き立てて、ミシェーラはハニかんだ。
目の前にいた女の子は想像以上のお嬢様だった。それを考えると今までの失礼極まりない言動に対して、少しばかりの罪悪感というか後ろめたさが浮かび上がってくるような気がしなくもなかった。
「こんな女の子にまで……平和氏、不幸体質とか言っておきながら、女運は強くない?」
強い、のだろうか。
実際、心名とミシェーラは文句なしの美少女だ。それぞれ違うベクトルで可憐さを極めており、黙っていれば文句なしで可愛いと思える。
そうだ、“黙っていれば”だ。
この少女達の後先考えぬ行動にはいつも振り回される。そういった面を考えると、女運はあるのかないのかと言われたら断言できない。
「しかし、何という美少女……是非ともお近づきになりたいでござるな」
「お前、まさか“ロリコン”の趣味?」
「イエスロリ、ノータッチ……安心するでござるよ。拙者はロリを相手に恋愛感情は抱きませんよ……浮かんでくるのは、そう! 愛らしい動物を愛でたくなる的なあの感情でござるよ! あと、無限に湧き上がる母性! だから平和氏、それといって怪しい事はしないから拙者を紹介してよ~!」
「見境なしめ! 通報してやろうか!」
それ以前に信用できるわけがない。何が怪しい真似はしないだ。コイツの今の目つきは女子小学生に鼻息を荒くしながら話しかける変質者そのものである。もう見た目の地点で事案が発生しているのだ。
「……悪いな、失礼な奴ばっかりで」
「ええ、貴方も人の事言えませんがね」
それもそうか。今思えば、俺も遠回しでこの少女を馬鹿にしていた気がする。
「まぁ……“ロリ”という奴であるのは間違いありませんけどね。実際あなた達より結構年下ですし。私も深くは怒りません。ですが、レディに対してそういうのは控えるべきですよ。ボーイ達」
人差し指を突き立て、メッと注意する。
「「は~い!」」
牧夫と三句郎は二人揃って返事。牧夫に至ってはノリに付き合っただけだろう。
「やっぱり平和氏は放っておけませんなぁ」
「変な真似をしたら速攻で通報するからな」
「だから、安心するでござるよ。ロリは恋愛対象として見ておりませんって。拙者が対象としてみるのはそう! パツキン巨乳、女王様系ルックスのお方! だから、安心して」
コイツはいい加減夢から覚めろ。そんな都合の良いルックスの女がいるわけ……。
「お嬢様、こちらにいらっしゃいましたか」
あ、しまった。いたわ。そんな“都合の良いルックスの人”。
「……ッ!?」
三句郎は固まる。その人物を前に固まる。
そう、そこへ現れたのは“ミシェーラの従者”。
パツキン巨乳。そのはち切れんばかりの胸を競泳水着に閉じ込めた“都合の良いルックスの人”こと、明佳さんがやってきてしまったのだ。
「可愛いィイイイイ~~~~~!?」
ミシェーラの時とは比べ物にならない興奮。まるで女神にでも出くわしたような難民レベルで酷く歪んだ顔を見せる。
「お嬢さん、お名前は……よければ拙者とこれからお茶を」
「ふんっ!」
ボディブローを一発。
「ぐはっ!?」
三句郎はそのまま気を失った。
「牧夫、コイツを医務室に連れて行って。プールサイドでパラパラ踊った挙句に足を滑らせて、頭を思いっきり打ったってことにしといて」
「随分間抜けな理由にしやがったな……」
当然だ、コイツにはそれがお似合いである。
ひとまず、この二人にやってくる魔の手は阻止。ひとまずは安全だろう。
「あっ、カズ達いたいた」
ひと段落ついたこの現場に五鞠がやってくる。
「あれ、心名達は?」
何故五鞠だけここにいるのかと首をかしげる。
「ああ、生徒会長と一緒に“チキチキ! 女だらけの水泳大会!”なんて大会を開いて決闘してるよ。その辺の生徒達を集めて」
「なにぃっ!?」
牧夫が即座に反応を見せる。
「ポロリもあるのか!?」
「あるんじゃない?」
「こうしていられねぇ!」
……そのまま牧夫は三句郎を担いだまま走り去ってしまった。
アイツも一人の男子だ。ミシェーラみたいな少女には興味はないが、同じ世代のポロリには過剰に反応するのも無理はない。
そういえば、向こうのプールでヤケに人集りが出来ていると思ったらそれが理由か。しかもプールを取り囲んでいる大半が男子。
欲望に正直な連中。プールの中でもみくちゃになっている女子たちを見て興奮しているであろうその風景。
「ったく、これだから男どもは……」
「「君も男じゃん」」
五鞠とミシェーラ、二人揃って綺麗にハモったツッコミを入れられてしまった。
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