CASE.61「一足お先のサマーバケーション その2」
数分後。全生徒の着替えが終わったということで一度集合。教師からの注意事項を幾つか耳に通しておく。
必要最低限の道徳だけは守るようにと指示を受け、これから閉店夕方までの自由時間。お昼ご飯も各自自由にとっていいとのこと。
常春学園では一二を争う大人気イベント。常春サウスシーパーク貸し切り授業が始まった。自由行動になった途端、それぞれ好き放題動き始める。さっきまで先生の言っていたことをもう忘れたのかと言いたくなってきた。
「よっしゃ! ひとまずスライダー行ってみるか?」
「いきなりスライダーとは……こういう施設に来たのだから、まずは海エリアで体をほぐすのがベストかと」
三句郎と牧夫はそれぞれ何をするかで話し合っている。
牧夫は見ての通り、頭は少年らしさ全開だ。ああいった迫力のあるスライダーなどを見てしまうと心が躍るのも無理はない。
一方三句郎の方は体をほぐす為に一度海エリアに行こうと口にしているが……違う、コイツの目的は絶対にそれではない。
女性陣だ。女子生徒達の大半が海エリアの方に流れているのである。
彼にとってそのエリアは絶景以外の何物でもない。しかも、あの海を再現したプールは中々勢いのある波が数分ごとにやってくるのだ。あわよくば、その波で水着が外れるハプニングを目の当たりに……というのが目的だろう。通報されてしまえ。
これからどうするつもりなのか。俺は男子二人の会話を横で聞き流していた。
「カズ君!」
すると、俺の元へ心名がやってくる。
「一緒に遊ぶのです!」
片手を引いて海エリアへと連れて行かれそうになる。
「ああ、いやっ。俺はそこで座って、何か一曲書こうかなって」
「それ、ここに来てまでやることでござるか……?」
三句郎からの冷たい視線が飛んでくる。
分かっていないな、三句郎。いつもと違う場所だからこそ、インスピレーションが働いて今までとは全く違う発想が出来たりするのだ。そこまで溜息を吐くほどの失態ではない。
パラソルの刺さったテーブル。聞こえてくる波の音。そして、人工的とはいえ完璧に再現された潮の香り。最高のステージではないか。
「ダメ! 今日こそ付き合ってもらって、」
「おおっ、ここにいたか、西都君」
心名に混ざって聞こえる嫌な声。聞きたくもない声が耳に入ってきて俺は身震いを起こす。
「ちっ……!」
出来れば振り向きたくない。すぐ後ろから聞こえてくるのは“嵐の予兆”。絡んでしまえば面倒な事になりかねない。
我慢するのだ。ここは無視をするに限る。
ひとまず距離を取って、あそこのテーブルに腰掛けて……
「無視かよー。その頭につけてる趣味の悪いサングラスのように真っ暗な曲を作る無駄な時間でも過ごすのか~?」
「あの海に沈めてやる」
綾橋の声。俺はテーブルに刺さっていたパラソルを引っこ抜き、凶器攻撃にて攻撃を試みる。
「落ち着け平和!」
「先生の言った事をもうお忘れで!?」
途端に牧夫と三句郎が俺を止めにかかった。向こう側では来栖生徒会長は勿論、心名と五鞠でさえもガードに入っている。
暴力行為、およびセットの破損にも近い事。このプール施設から退場のレッドカード寸前の行為をやりかけてしまったが、二人の静止のおかげで何とか落ち着いた。
……一度、呼吸を整える。
その場にいた全員が状況を整理し、改めてTAKE2へと入る。
「では、もう一度……ここにいたか、西都君」
来栖生徒会長が声をかけてくる。
水着は彼女のイメージカラーである黒だ。ビキニタイプの黒い水着にドレスを思わせる大きなパレオが縛られた黒い髪と一緒に靡いている。被っている麦わら帽子が女王様のオーラを力強くはなっている。
「なに。特に用事はないのだが……君と遊びたい」
「やだ」
「二文字で即答か」
当然だ。お前達の言う遊びはそちらに益があるだけで、俺にとってはマイナスでしかない。遊ぶのではなく“遊ばれている”だけだから、死んでも断る。
「まあ、そう言うな。変な事はしな」
「駄目なのです!」
両手を広げて、心名が来栖生徒会長の前に立ちはだかる。
「カズ君は私と遊ぶのです!」
「独占は良くないなぁ。高千穂さん?」
どの口が言うんだ。どの口が。特大ブーメランがぶっ刺さっている来栖を前に俺は呆れて声も出ない。
「……うぬぬ」「ふふっ」
睨み合う二人。可愛いウサギと巨大な黒い龍がにらみ合っている。
「勝負だよっ!」「望むところだ!」
心名と来栖はそのまま、何処かへ行ってしまった。それについていくように五鞠と綾橋も慌てて追いかけて行った。
「どうするでござるか、平和氏」
「そっとしておこう」
「他人事!?」
当然だ。付き合う義理はない。
施設側に迷惑をかけるような真似さえしなければどうだっていい。俺は馬鹿お嬢様二人に目を背け、再び詩を書くためにテーブルへと向かって。
「西都平和!」
……そうだ、忘れていた。
何か物足りないと思ったら熱気だ。この暑苦しい気配を感じなかったんだ。
「こんなところに来てまで運動一つせずに座ったままだと! 何と自堕落な!」
そうだ、真名井航平だ。あの熱血馬鹿の存在を忘れていた。
鍛え上げられた筋肉を見せびらかす為に着用している水着はブーメランパンツ。ただのボディビルダーにしか見えない彼は暑苦しく俺に競り寄ってくる。
「お前の性根を叩き直す必要があるようだ……俺の鍛錬に付き合わせてやろう!」
何故そうなる。こんな施設に来てまで詩を書くのが悪い事なのか! 先生も言っていたが“自由時間”だと言っていたじゃないか! 俺に自由はないというのか!!
「ひとまずプールにまでついていってもらおうか」
「……悪いけど、それだけは出来ない」
「貴様、逃げるのか」
真名井はサングラスをかけた俺の瞳を睨みつけてくる。
「……しょうがないことだからさ」
「しょうがないこと、だと?」
一体、何がしょうがないというのだろうか。納得のいく理由を教えろと言わんばかりに俺を睨み続けてくる。
「……俺、泳げないんだ」
俺の口から放たれた言葉。それを前にあたり一面に冷たい空気が流れていく。
「……なぁ、平和」
「本当にココへ何しに来たでござるか?」
三句郎と牧夫が哀れみの眼でこちらを見てくる。
「悪いか! 泳げないのにプールに来たら駄目かッ!?」
ヤケになって猛反発する。
駄目なのか。泳げないのにプールに来たら駄目なのか。ゲームが得意じゃないのにゲームセンターに来ることが悪なのか。料理が下手だけど料理を作ることがそんなに悪い事なのか。出せる限りの理論で俺は猛抗議を繰り返す。
「待て、分かった! 泳げないのなら仕方がない。俺も泳げない奴をプールに叩き落す真似はしたくない」
どうやら真名井の方は分かってくれたようだ。変なところで物分かりの良い彼の性格に感謝する。
「……では、どうやって勝負を決めようか」
「だったら、俺に提案が」
牧夫が手を挙げて、二人の勝負内容に提案をする。
「待て、この死ぬほどどうでもいい上に、俺が肯定すらしていない決闘イベントにどうして、お前等が乗り気?」
「いや、結構時間あるしさ。何をするか暇ってのもあったし、面白そうだからと」
「俺は暇じゃないんだが?」
テーブルに座って黙々と詩を書く。何処が暇だというのだろうか。
……プール施設でやることか。というツッコミはしない傾向でお願いしたい。
「というわけで、勝負の内容はコレ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後。俺と真名井はフードコートへと連れてこられる。
「常春サウスシーパークのフードコート名物! 超大盛メガ焼きそば完食対決だ!」
目の前に広がるのは巨大な更に山盛りにされた焼きそばだった。
パックに入っている焼きそばを30個近くは放り込んだ量。明らかに一人で食べるのには無理がある量を並べられる。
「これを多く食べたほうが勝利ということで。残った分はスタッフが責任をもって食べるのでご安心を」
「……なんつー量」
見るだけでも食欲が失せかねない量だ。何処を見渡してもソースたっぷりの麺。その上には山盛りのキャベツと豚肉。完食するにはまず不可能なチョモランマを前に俺は戦慄を隠せなかった。
何より俺はそこまで暴食ではない。どちらかと言えば小食な部類。こんなもので勝負をしたところで負けが見えているのは分かっている。何を考えているんだと三句郎の方へ眼を向けていた。
「……何という量の炭水化物!」
その時だった。
聞こえてくる。真名井の方から唸り声が聞こえてくる。
「ぐっ……」
焼きそばを前にして、何やら躊躇っている様子。
……ああ、そうか。
この男は衛生面や体作りにうるさい。スポーツ選手を目指す彼は“らしい真似”はしっかりと徹底しているために、減量などには妥協を見せない。
炭水化物。この膨大な量の炭水化物は減量の敵でしかない。これだけの量を一気に吸収したとなれば体重面は勿論、体に余計な脂肪をつけることになりかねない。
「!!」
まさか、三句郎はそれを計算したというのか。これなら向こうが勝負を挑まないかもしれないと。
……グッドサインをしてくる三句郎。 ナイスだ。後でコーラを奢ってやる。
「いや、勝負を仕掛けたのは自分だ!」
ところが、数分近くの葛藤のあと。
「この勝負! 引き受けた!」
何のためらいもなく食べ始めてしまった。
「……あらら」
三句郎は残念そうな目でこっちを見てきた。逃げ場はないようだ。
「くそっ!」
激しい運動をするよりはまだマシだ。それに今日はまだ何も食べていない分、胃袋には自信がある。
このフードコートの化け物を相手に、しっかり合掌をし、勝負を挑むのであった。
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