CASE.60「一足お先のサマーバケーション その1」


 常春学園にはプールがない。

 そう、もう一度言おう。“プール”がないのである。


 立地の場所に問題があったのか。それとも学園の予算的問題だったのか。何はともあれこの学園にはプールがないということで嘆いている男子が多い。もう一度言おう、プールの授業がない事を凄く嘆いていたのは主に“男子”だ。理由は察しろ。


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 というわけで、この学園では七月に一回特別なイベントがある。

 常春商店街からバスで数十分。そこにアミューズメント感満載のプール施設があるのだ。


 学園などでよく見かける巨大なプール。温泉などを意識した生暖かい温水プール。一周に約10分をかけるほどの超絶長い流れるプール。

 更には実際の海をイメージしたようなプールさえも存在する。時間がたつごとに波が押し寄せ、ビーチを再現した白い砂場まである。


 その他にもスライダーや温泉、水鉄砲のマシンに噴水広場など……ドーム一個分に匹敵する広さを誇るプール施設が存在するのだ。

 こんな常春という都会を真似たような田舎町。そこへ観光に来る人がそれなりに多い理由もこのプール施設を利用する人がほとんどだ。


 我々、常春学園の生徒達は……実習という学園の授業の名目で、“貸し切り”という形で訪れられる行事が存在した……。


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「やってきたぜぇ! 常春サウスシーパーク!」

「波の音にプール独特のこの匂い! たまらねぇな!」

 着替えが終わって一番乗り。三句郎と牧夫は両手を上げて熱狂していた。


 二人とも水泳帽は被っていない。

 三句郎はゴーグルを頭につけ、トランクスタイプの水着に浮き輪姿。牧夫も同じく大きめのトランクスタイプの水着である。


 そう、うちにはプールがないため“学園指定の水着”がそもそも存在しない。

 ここ、常春サウスシーパークでの貸し切り授業。遠足にも近いこの行事では、生徒たち全員それぞれ自由に水着を持参してくるのである。

 

「遊びに来たわけじゃない。これも授業」

 俺は二人を諭すようにプール施設に足を踏み入れた。


「……俺達よりさ」

「気合い入れた格好してる奴が言う事か? それ?」

「うるさい」

 真っ黒な水着にアロハシャツ。自前のサングラス。これが俺のファッションだ。


「俺みたいな恰好してる奴は沢山いるんだ。問題ない」

「サングラスしてるのお前だけだがな!」

 俺と同じくアロハシャツを着用している生徒が多数いる。何せ、こんな遠足にも近いイベントだ。ここで良い男アピールしたいためにお洒落をしてくる男子生徒は沢山いるのだろう。


 ……ちなみに俺はそんなつもりは一切ない。ただのお洒落。気にするな。


「しかし、贅沢なものだよな。開店前のプール施設を貸し出し出来るなんて」

 このプール施設が本格的にオープンするのは夏休み期間である七月の中盤から、気温的にも厳しくなる九月の終盤まで。それ以外は基本閉鎖されている。

 それにこの施設。“1年生から3年生”、日毎に交代で三回貸し出しをすることになっている。今日は二年生の日だ……売上的な意味でオープンしていないこの時期に貸し出しする方が学園的にも施設側にも都合が良いのだろう。


「「何より楽しみなのは……そう! 女性陣!」」

 牧夫と三句郎は鼻息を荒くしながら、女性陣の登場をまだかまだかと待っている。


「学園指定の水着じゃない為、全員のありのままの水着姿が拝めるのだ! スクール水着や競泳水着にもかなりの魅力はありますが……やっぱりありのままの姿の方が刺激されるのですよ。なぁ、ご主人」

「誰がご主人だ。巻き込むな」


 学園指定の水着がないため、全員気合いの入れた格好でこの授業に挑む。それに何よりも一生懸命なのは……間違いなく女子の方だろう。


 何せ一回限りとはいえ、学年生徒全員に水着姿を晒すことになるのだ。情けないお腹を見せないためにダイエットをする者もいれば、今年こそはと悩殺目当てに派手な水着のために体作りをする者もいる。


 現にここ数週間。女子生徒達はヤケにギスギスしていた。この授業はいわば修羅場。何をそこまで必死になる必要はあるのかと呆れそうになる。


「おいおい、平和は女性陣の水着に興味ねぇのかよ? グラビアとかそういうの見るのに?」

 疑問を浮かべて牧夫がこちらへ問いかける。くいくいっと腹にねじれてくる肘がうざったい。


「興味がないわけじゃないけど、お前等のように意識をするほどじゃ、」

「カ~ズ~くん!」

 突如見えなくなる目の前。完全にブラックアウト。


 元よりつけていたサングラスで目の前は多少真っ暗であったが、周りの景色が一切見えなくなる。完全に遮断されていた。


「……お前なっ」

 慌てて振りほどき、後ろを向いてみると。


「えへへ、どうかなっ」

 水着姿の心名がそこにいた。

 女の子らしい桃色の水着だ。飾りのリボンとフリフリがとても可愛らしいビキニタイプ。


「っ……!」

 俺は思わず、目を背ける。

「だ、ダサくは……ないっ」

「やったー!」

 心名は俺の言ったことを“褒めた”と受け取ったのか両手を上げて喜んでいた。


 ……本当の感想。やっぱりかわいい。

 でも面を向いて言えるわけがない。恥ずかしすぎて。


「おいおい、明らかに意識してますよぉ。ご主、」

「うるせいッ!」

「ぐぼぉっ!?」


 右ストレート。三句郎の腹に綺麗に直撃。

 殴り飛ばされた彼はそのまま、海を再現したプールへとそのままぶっ飛ばされていき、綺麗な“くの字”でそのままダイブ。


 ……数秒後、無人島に漂流した難民のように砂浜へと彼は流れ着いてきた。


「ふんっ」

「照れ隠しとはいえ、やりすぎだろ……」

 変な事を言ったアイツが悪い。俺は悪くねぇ。

 何の謝罪も哀れみの目線もいらない。砂浜で倒れている三句郎には救いの手一つ上げずにそっぽを向いた。


「おいーっす。やっぱり男子は早いねぇ~」

 心名とは少し遅れて、水着姿の五鞠も到着する。

「こういう施設は少年心を刺激されるから? そーれーともー……女性陣の水着が気になっちゃうとか?」

 白いビキニタイプの水着だ。下には水着の上にホットパンツを穿いている。

 高校生にしては育ち切った胸。グラビアアイドル顔負けのわがままボディを見せつけながら、悪戯気味に五鞠は俺達に笑いかけてくる。


「おうっ! 男だしな!」

「本当正直だな、お前等」

 全くだ。こいつらの女性への欲望は本当に正直で困る。

「って、ちょっと待って、今、俺も混ざってなかった?」

「お嬢様の水着にあんなに顔を赤くしてたのに、カウントしないわけないじゃん?」

「……ちっ!」

 俺は大きく舌打ちをする。


「はっはっは! 否定しないみたいだね!」

「このこの~。カズ君は素直じゃないなぁ~」

 からかってくる女性陣。


「水中メガネ忘れたから、取りに行ってくるッ……!!」


 イベントが始まって早々調子が狂いそうだ。

 牧夫相手に流石に八つ当たりは出来ない。早く、あの殴り心地がちょうどいいサンドバックが返ってこないものかと俺は溜息を吐いた。

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