CASE.57「仁義なき、キック・オフ」
「貴様ァ! 覚悟は出来ているな!?」
「ああ、いつでもいいぜぇ!!」
なんで、こんなことになってるのだろうか。
舞台は近所の河川敷。少年サッカーチーム専用のサッカーコートに俺達は立っているのだ。
真名井航平と小林牧夫。
真名井の汗臭い坊主頭が太陽に反射。河川敷に吹き荒れる冷たい風が牧夫のリーゼントヘアーを暴れ回らせる。
一対一のキックオフ。話は数時間前にさかのぼる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間前。まだ学園が昼休みの時間だった時の話だ。
「貴様たち! また、屋上に立ち入って!」
今日も性懲りなく、真名井が屋上にいる俺達に説教かましにやってきた。
特に誰もやってくることのない屋上。俺達は常にここで三人だけの昼飯を楽しんでいる。立ち入り禁止区域ではあるのだが、仕方がないだろう。学園のつまみものの居場所なんて、ここくらいしかないのだから。
「この屋上の扉は鍵がかかっていた!毎回毎回、どうやって入ってるのだ!?」
「いやぁ、これくらいピッキングで余裕ですってば」
「不法侵入じゃないか!」
正直、三句郎のピッキング能力の高さには驚いた。鍵が変わっていることに三句郎はいち早く気付けるし、ピッキングも十分とさほど時間をかけない。
そのスキルの高さが勉強とかに振り込まれれば、どれだけ幸せな生活が遅れていただろうかと虚しくも思えてくる。
「くそっ、なんという輩……! 泥棒の世界に足を突っ込むなど!」
「そちらはどうやって鍵を? どのような理由があっても先生からは鍵を借りられないはずでござるが?」
「面倒からぶっ壊した!」
「お前も大概だろ」
三句郎のド正論が鋭く光る。
たまーに屋上にやってくると鍵が壊れているのはそれが理由か。生徒会の風紀委員担当が学園のエンゲル係数をもれなくぶっ壊しているのが面白すぎて仕方ない。
「やはり分からせるしかないようだな……小林牧夫! 私と勝負しろ!」
「あれ、今日は俺なのか。どういう風の吹き回し?」
弁当を食べながら、牧夫は首をかしげる。
「西都は怪我してるからな。激しい動きはさせられん」
そういう良心はあるようだ。そこに妙な安心感を覚える。
七月までは“例の怪我”のせいでギプスを外せない。しばらくは真名井の攻撃を避けるバリアとして使えるのである。
うん、それを考えると、嘘をついてギプスを長時間つけるのもありかもしれない。治った後もライブと自宅以外ではつけておくかどうか視野に入れておくことにした。
「だから、今日は貴様と決闘をする!」
「おう、いいぜ! 何で勝負する? ボクシング? レスリング? 相撲?」
なんで全部格闘技なんだよ。コイツの場合、どの試合でもパンチを仕掛けてきそうで怖い。
「今日は“サッカー”で決める!」
サッカー。勝負方法はストレートのPK戦。
「では、放課後に河川敷にて待つ」
挑戦状を叩きつけるだけ叩きつけて帰っていく真名井。
「……」
吹き荒れる風。俺はベンチの上で牛乳を口にする。
「というわけでサッカーか」
他人事ではないが、俺は他人事で今回の一件をまとめる。
「牧夫、お前サッカーしたことあるのか?」
「おお、あるぜ! 実力はある方だと思うぞ! 中学生時代は相手の選手を四人くらい病院送りにしてみせたからな!」
それサッカーの話だよな? 何故負傷者が出ているんだ?
「サッカーのルールは分かってるのか?」
「分かってるよ! 左手は添えるだけ……!」
だからバスケットボールだ、それは。ボールに手を触れた時点で反則負けだ。
ああ、駄目だ。コイツ駄目だ。もう勝負の前からアウトだ。戦う前からレッドカードだ。
勝負に負けてしまえば屋上に足を踏み入れづらくなる。どうにかできないものかと作戦会議をする必要があった。
「……サッカーのある程度のルールは知ってると信じて、お前に作戦を告げる」
「おう!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
というわけで数時間後。約束通り、俺達は河川敷へ。
今日は少年野球も少年サッカーもお休みだ。代わりにプラスチックのバットやボールで遊びに来た小学生達が俺達と一緒に真名井と牧夫の勝負を見届けている。
一対一。この勝負、どう転がるだろうか。
真名井のサッカーの話は聞いたことはある。見た目は野球部みたいな姿をしているのに……ハットトリックを決めるなり、綺麗なラリーパスを決めるなりと凄い噂。特にPK戦は百発百中の結果を記録している。
攻撃は牧夫。真名井はキーパー。
この最初の攻撃を失敗すれば勝利できる確率がガクンと下がる。ここで勝負を決めなくてはいけないのだ。
相手は強敵だ。きっとキーパーでもその実力を発揮するだろう。
____だが、ある。方法は、ある。
「行くぞ小林! 俺の大正義鉄槌シュートを……」
「真名井パイセン!」
突如、三句郎が大声で叫ぶ。
「俺達が悪かったよ……真名井パイセン、俺達のためにいつも叱ってくれてるのに何も分かってやれなくて……俺達はただ、青春を謳歌したかったんだ」
「うん、そうそう」
「だけど、真名井は俺達にこう教えたかったんだよな!? 俺達みたいなアウトローでも、真っ当な方法で青春を楽しむ手段はいくらでもあるんだって……俺達が間違ってたよ!」
「うん、そうそう」
三句郎が叫ぶ。俺が頷く。
「真名井パイセン……俺達が悪かった」
「うん、そうそう」
そう、この作戦。
これは……俺が考えた作戦の中でも、“確実な手段”。
「……お前達! ついに分かってくれたか! ああ、そうだ、お前達でも歩ける道はいくらでもある!」
真名井は三句郎の言葉に涙する。感動する。感動のあまり唸っていた。
「そうだ! だから、」
「「今だァアアアアアアッ!!」」
瞬間、俺達が合図を送る。
「くらえ、真名井ィイイ!!」
牧夫のシュート。海賊船から放たれる砲丸のようにサッカーボールが真名井へと飛んでいく。
「ぐぶっ!?」
顔面。思い切り顔面にシュート。
そうだ、PK戦は三本先取というルールが基本のために一発で勝負を決めるというのは無理な話。それでも一発で勝負を決める方法。それは。
……一撃で倒す。物理的な意味で。
ノックダウン。真名井はそのままゴールの中で倒れた。
「よし、帰るぞ」
俺と三句郎はハイタッチを交わして、その場から撤退する。
「なあ、お前の言う通り顔面狙ったけど大丈夫なのか?」
「あー大丈夫大丈夫。サッカーは異種格闘技みたいなものだから、顔面くらいセーフセーフ」
言い訳一つ吐きながら帰っていく姿。
……小学生達よ。時には汚くなるのも大事であるということを胸に刻みつけておくのだ。大人の階段を上るため、これは逃れられぬ試練であるぞ。
教訓として受け取っておいてくれ。
小学生達の冷たい視線を無視して、俺達は河川敷を去って行った。
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