CASE.56「アンラッキー・オーヴァー(後編)」


 生徒会長室。案内させられた直後、真名井はそのまま何処かへ行ってしまった。

 来栖会長曰く、二人だけで話をしたいと口にしていたようだ。生徒会長室には来栖しかいないらしく、残りのメンバーは教室や多目的室など別の部屋で活動をしているようである。


(二人きり、か……)

 二人きり、あの暴走特急と二人きりというのは正直言って不安がある。

(いつもなら嫌だけど……)

 だが、この状況。いつものような面倒な何かは起きないと思われる。ある程度の覚悟だけ決め、俺は意を決して扉を開けた。


「やぁ! 西都君! 今日も元気そうじゃないか! あっはっは!」

 扉を開けてすぐ、扇をパタパタ躍らせながら満面な笑顔の会長。


「……は?」

 俺の早速ブチギレそうになった。

 反省の色一つ見えはしない。いつもと変わらないテンションでの挨拶。その上“元気そう”ってなんだ“元気そう”って。現在もれなく休暇活動中だ、クソ野郎が。


 何故だろうか。途端に帰りたくなった。怪鳥の笑顔を見てると無性に。

 

「あっ……しまった、いつもの癖で……!」

 来栖会長は困ったような表情浮かべているがもう遅い。

 あの出来事を終えてからのファーストインプレッション。俺は早速怒りがこみ上げた状態でのスタートとなった。


「帰る」

「ま、待ってくれ!」

 Uターンで帰ろうとした俺に来栖は必死に声をかける。


「渡したいものがあるんだ! そう……あの時の礼がしたくて!」

「お礼?」

「ああ、そうだ!」

 来栖は猛スピードで会長専用の机の上に置かれてあった小切手入れを取り出す。高級感あふれる封筒の中、一体何を取り出そうというのだろうか。


「……君は確か、応援しているバンドがいるらしいじゃないか。そのバンドの公演が隣町で一か月後に控えているらしいね」

「そうだけど、それが?」

「君へのお礼は……これだ!」


 来栖は封筒から”礼の品”を取り出した。


「リザルトビザリーのライブ! しかも特等席のチケットだ!」

「……!」

 特等席。一番先頭のチケットだ。

 一般とライブモニターのチケットは一般販売であるが、その特等席のチケットは抽選でしか手に入らないレアなチケットのはず。リザルトビザリーのファンであれば喉から手が伸びる程欲しい代物である。何故、彼女がそれを持っているのか。


 俺は思わず目を丸くする。ファンであるからこそ、その神々しいレアチケットを前に固唾をのみ込みかけた。

 

「父親のコネを使ってね。特別に取り寄せたんだ」

「……っ!」

「遠慮はいらないよ。このチケットを君にあげる」


 いつもと変わらぬ態度。褒美をとらせんと女王の態度。





「いらない」

 俺は……断る。


「えっ、いらないって」

「いらないって言ってるんだ……!」

 

 来栖の言葉に俺は少し苛立った。

 そのプレゼントは嬉しいモノではある。だが、そのあとの言葉に”このうえない嫌悪”があった。


「どうしてだい?」

 来栖からすれば疑問に思うのも当然だろう。抽選でしか手に入らないレアチケット。彼にとっては喉から手が出る程欲しい代物のはず。何故、そう易々と突き返してくるのだろうかと。


「要はそれ、ファンでもない人間が金とかズルを使って手に入れたチケットなんだろ……そんな横領のような真似で手に入れたチケットを貰えても、ファンとして嬉しくない」


 ネットの転売とまではいかないが、それに近い真似に俺は憤りを覚えた。正式な方法で手に入れてないチケットでライブに行くなど、それは他のファンへの冒涜だ。


「第一、モノで償おうなんて考えが気に入らないだッ!!」


 ファンの一人としては同志も楽しんでほしいイベントだ。それを金や私情目当てで横から奪い取って横領するという真似……俺が一番嫌いな行為だ。


 こんな人物のせいでライブの席が一つ奪われるのだから。


「チケットくらい自分で買う。じゃあ」

「待ってくれ!」


 立ち去ろうとする俺を会長はやはり必死に呼び止める。だが、もうだめだ。この会長は逆鱗に触れた……もう許してやれる気にもなれない。


「頼む、受け取ってくれ! じゃないと、私が困る……違う! 嫌なんだ!」

「嫌?」


 偉く必死な声。いつもの余裕そうな態度が目に見えてなくなっている。

 会長席から離れた来栖は俺の肩を掴み、教室から立ち去らないでほしいと必死に訴える。


「これは、そのっ……お礼、じゃない」

 萎らしい。

「違う、からっ……これはっ」

 いつもの会長らしくない。喋らなければ美人な生徒会長の姿がそこにある。


「……お詫び、なんだ」

 本当の事を告げる。

 いつもの軽いノリではない。深刻そうに彼女は震えながら告げてくる。


「君の腕、私のせいで怪我をして……私がやんちゃすぎたから」

 

 俺は途端に目を丸くした。


 “謝られている”?

 あの自分勝手横暴でフリーダム。周りの心配などこれっぽっちも見せない、後先見ずのまっしぐら生徒会長が俺に“謝っている”?


「……ギター握れないの。気にしてたから」

「!」

「私が……君の大切な時間。壊してしまったから」


 ギターが握られない。作曲が出来ない。

 俺が普段、喫茶店フランソワで音楽活動に明け暮れているのはこの会長も知っている。故に、病院で俺が医者にギターの事を聞いた理由も分かっている。


 しばらく曲を作れない。彼の時間を壊した。

 その事実が来栖の胸に深い傷をつけた。

 

「私のせいでライブが出来なくなってしまったのだろう? どうしてもそのことを謝りたくて。償いをしたくて……でも中々良い方法を思いつかなくて。そこで君の買っていた音楽誌を読んで知ったんだ。そのバンドのライブの事。だから、それだけのものを用意しないと……私の気が済まなくて」


 こんなになるまで気にしていたのか。

 そこにいるのはいつもの生徒会長ではない。一人の女の子として、一人の人間として俺に謝罪をする令嬢の姿だった。


「だから受け取って欲しいんだ。じゃないと私は……」

「馬鹿」

 俺はふと呟く。


「お前、ホンット馬鹿!」

「なっ! 馬鹿!?」

 突然の雑言に来栖はさらに顔色を悪くする。


「……“気にしすぎ”」

 俺はギプスのついた腕を見せる。


「俺のライブの担当は“ボーカル”。医者の言う通り派手なパフォーマンスは出来ないけれど……歌うことは出来る。“ライブが出来ない”わけじゃない。作曲が出来ないのは確かだけど」

 軽くギプスの腕を振りながら、俺は来栖を慰める。

 正直、俺自身意外に思っている。誰よりも嫌悪感しか浮かばない生徒会長相手に、こうやって気遣いをする日が来るだなんて。


「ギターが握られないのは約三週間……一生作曲が出来なくなるわけじゃない。本当だったらギターを弾いて作りたいけど、パソコンのソフトでも代用は出来るから」


 そうだ、俺は夢を奪われたわけじゃない。

 一時的に活動が出来なくなっただけだ。背負い込みすぎだと俺は告げる。

 

「だから気にしすぎ。それに俺はアンタのせいでこうなったと思ってない。お前を助けたのは俺の意思。だから俺のせい。元をたどれば、エレベーターの管理を怠っていた施設が悪い……あっ、今、『お前の不幸のせいだろ』って思ってたら許さない」


 深く考えすぎ。

 これは……俺も、終わらせようと思った一件だ。


 特に引っ張るつもりもない。これは不幸な事故でしたとそれで終わり。俺は気にしていないのだから、彼女も引っ張らないでほしい。そんな気持ちだった。


「……でも、ありがとう」

 だけど、こうして気遣ってくれたこと。別に嫌ではなかった。

「気にしてくれて。お前が心配してくれたの……ちょっと嬉しかった」

 我ながら、らしくない言葉だった。俺は顔を逸らして、彼女にそう告げた。


「~~ッ!!」

 来栖の顔が赤くなる。

 まさか泣きそうなのか。俺の気づかいはただ傷を抉る結果に終わったのか?



「え、ええっと……そのぉ……」

 内心俺は焦り始める。とにかく、何か誤魔化さなければ。


「と、とにかく。そこまで気にしてないから、そのチケットはいらない」

「なら、お詫びは」

「……そのチケット、買った以上は見に行ってほしい」

 俺はギプスのついた腕を来栖に向けて言い放った。


「というか絶対に見に行け! あれは芸術だ! 天才だ! いつか世界に羽ばたく原石だ! あのライブを見に行かないなんて万死に値だ! だから行け! いいな!?」


 リザルトビザリーは、デビュー当時から俺が応援しているバンドだ。

 数多くのロックバンドやメタル、海外のミュージシャン達をインスパイアした若手バンド。その実力はインディーズ時代からも相当なものであり、俺もネットで目にしたときから虜になったバンド。


「返事は!?」

「は、はいいっ!?」


 そんなバンドのチケットをドブに捨てる事だけは絶対に許さないと公言した。


「……わかった。君との約束だ。ライブは絶対に行くよ」

 来栖はチケットを片手に、俺の方に視線を向ける。


「あ、あの西都君。よろしければ、私と一緒に……」

「ちょっと待ったぁっ!!」


 生徒会長室の扉が開く音。

 ……嵐の予感がきた。折角終わりかけていたのに、その”面倒な横槍”。


「抜け駆けなんてそうはさせないよ……」


 間抜けそうな女子生徒の声。そして、聞こえてくる喘息交じりの荒い息。


「カズ君とライブに行くのは……私だよっ!」

 そこにいたのは高千穂心名。

 

 

 ___来栖と同じく、“特等席のチケット”を手に持っている心名であった。



「君、そのチケットをどうやって……!」

「お父さんの力を使って、特別に取り寄せたのだよ! しかも二枚!」


 どや顔。これほどにない決め顔。


「(ブチン)」

 目の前で口論する女子二人に俺の脳天は完全に逝った。

 理性とかそのものが完全に吹っ飛んだ。


「だから、カズ君とのライブは私が行く!」

「いや、お詫びに私と!」

「お前達……」


 怪我をしていない方の右手。筆記用具やサンドイッチを握れる右手を鳴らす。



「今すぐに俺達ファンに謝れええッ!!」

 

 俺の全力のチョップが、心名と来栖の脳天にクリーンヒットした。

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