CASE.58「ジャグジーウォーズ」

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 それは、何事もない放課後の出来事。

 西都平和と高千穂心名がいつも通り二人で下校。先日、心名が平和の部屋に忘れ物をしていたことを思い出し、それを取りに行く途中での話だった。


「なんでこんなことに!?」

「くっ……!」

 二人は平和の家までひたすら走る。


「なんで……“雨”が降ってきたの!?」

「知らん!!」

 そう、梅雨時の今の季節。いきなり雨が降ってくるのは何も不思議な事ではない。


 しかし、この二人はあまりにも今日の天気を理不尽に思えていた。

 それは当然だ。何せ今日の天気は“快晴”だったはずなのである。朝のバラエティ番組にネットの天気予報。全て晴れマークがいっぱいだったというのにこの始末。


 突然のゲリラ豪雨。空には”雲一つない”というのに。

 天災クラスの災厄に見舞われた平和と心名はマッハのスピードで、平和の自宅へと飛び込んだ。


「うげぇ……ビショビショだよぉ……」

 心名はびしょ濡れになったおかげで制服のYシャツやスカートがぴっとりと肌に染みついている。制服が透けて中まで見えているこの状況。この何とも言えないナメクジのような感覚を気持ち悪がっていた。


「へっくしゅ!」

 突然の雨。何の対策もしていなかった平和もこれには思わずクシャミをかます。明日も登校日だというのに一つ制服を駄目にしたことに深く唸っていた。何より、ダッシュをしたせいで例の怪我が痛くて仕方なかった。


「母さん……友希もいないか」

 母親は既に仕事でバーに。友希は雨のため陸上部はお休みかと思ったが、どうやら室内での柔軟運動などのトレーニングで捕まっているようだ。


「タオル持ってくる」

 二人きり。平和はそっと立ち上がり、濡れてしまった靴下を脱ぎ捨て脱衣所まで向かおうとした。


「……ん?」

 途端。チャイムが鳴る。

 このタイミングで客人とは一体誰だろうか。外はゲリラ豪雨、こんなタイミングで回覧板とは思えない。


 宅配便だろうか。それとも郵便か怪しい商品のセールスか……誰か分からないが、こんな格好で玄関のドアを開けるわけには行かない。平和は居留守を使おうとする。


「カズー、ヘルプミー」

「!」

 ドアの向こうから聞こえてきた声。平和はすかさず扉を開ける。


「……お前もか。“五鞠」

「聞いてないぜ……ゲリラ豪雨なんて」

 二人の邪魔をしないよう遠くから平和達を監視していた“五鞠”がびしょ濡れの状態で玄関前に立っていた。ぴっとりと制服が肌に染みついているせいで、心名以上のわがままボディのラインがくっきりと見えてしまっている。


 ひとまず、外に置いたままでは風邪を引く。一度中に入れることに。


「……二人ともひとまず上がって。靴下は脱いでよね」

 床を汚さない様に頼むと二人に指示。制服についている水もある程度は絞るように頼んだところで、二人は靴下を脱いで平和の家にあがる。脱衣所、平和は二人を風呂場へと案内する。


「シャワー二人で浴びてきて。二人が終わるまで待っておくから……心名の家には迎えを呼んで」

「ちょっと待つのだよ!」

 携帯電話片手に風呂場から離れようとした平和を心名が呼び止める。


「……カズ君も一緒に入って」

「ダメに決まってるだろ」

 冷め切った表情で平和は即答した。

 今、二人の制服姿は尋常じゃないくらい官能的だ。そんなことお構いなしに向けられる平和の冷たい瞳が心名を捕らえている。


「お前、年齢考えろ。明らかに事案モノ」

 そうだ。今の平和達は花の思春期。そんな男女が同じ浴室にぎゅうぎゅう詰め。こんなこと起きて何にもならないはずもなく……平和は心名に説教をかます。


「恥ずかしがらなくてもいいのだよ! 昔は一緒にお風呂に、」

「入った事ない」

 そんなイベントは経験した覚えは一切ないと断言する。本当の事である。


「そして、これからもずっとお風呂に入る約束を、」

「してない!」

 勝手に記憶を改竄するなと平和は即答で答えた。


 なんてことになるかは分からないが、何かしら面倒な事になる可能性はあることはなくもないかもしれない。平和も男だ、それくらいの心配はする。


「別に何分でも待てるから問題は……へっくしゅ!」

「問題ありじゃん!」

 心名はアリジゴクのように平和を脱衣所へと引っ張っていく。

「さぁ、一緒に入るよ!」

「離せ! 一緒に入るくらいなら自害する!!」

「なんという前代未聞のワガママを!?」

 何度も否定こそするが心名は聞く耳持たずだ。一度本気で腕を振りほどこうかと全力を試みる。


「おい、五鞠。お前も何とか」

「まぁまぁ、風邪ひくといけないしねぇ~……それにその怪我じゃ、不自由な事が多いでしょ~?」

 五鞠に助けを求めたが失敗。力の差がありすぎる五鞠の援護射撃によって完全に風呂場へ引きずり込まれていった。


 楽しんでいる。平和の反応を五鞠は完全に楽しんでいる。五鞠の表情は小悪魔のそれというよりは、ドラマによく出てくる悪女のような笑みを浮かべていた。


 救いはいない。助けはいない。平和は飲み込まれていく。


「お前等、いい加減に……!」

「じゃあ、じゃんけんをしよう! カズ君が勝ったら潔く諦める! 負けたら入る! いいね!」

「言ったな! 二言はない!」

 平和はヤケクソ気味に片手をあげた。


「じゃあーいくぞ! じゃーんけーん……」


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 数分後。風呂場。

 

「お嬢様、動かないでください」

「五鞠ちゃん、擦るの強いんだもん」

「そうでもしないと汚れが落ちませんから」


 声が聞こえる。女の子たちの微笑ましい洗いっこの風景を思わせる声が。


「うぐぐぐ……!」

 それと同時、聞こえてくるのは平和の唸り声。

 負けました。西都平和、ヤケクソで挑んだ大勝負に完敗しました。普段から運に見放されている平和が幸運値レベルマックスの心名に勝てるなんてことはなく。


 あいこもなしで敗北。平和は“両目を隠す”という条件を出したうえで、下半身にタオルを巻き、隅っこで体を洗っている。


「なんでこんな目に……」

「まぁ、仕方ないよねー。カズはじゃんけんの敗北者だし」

「敗北者……?」

 なんか、そう言い返せないといけないような気がした。平和は苛立ちながら泡のついたタオル片手に声を上げた。


 震えながらも平和は体を擦る。片方が怪我ということもあって、その動きは非常にぎこちない。


「……へへっ」

 そんな怯えあがっている平和を見て面白がる五鞠。


「ほいっと」「ひいっ!?」

 五鞠は人差し指でツンと平和の肩をつつく。

 普段、闇墜ちした元ヒーローのようなダークで根暗なトーンでしゃべる平和。そんな彼が普段は出さないような高い声を上げて驚いた。


「あぁ、ごめんごめん~。ちょっと“体”が当たっちゃってさ~」

「からだ……?」

 平和は目が見えない。だから、声を頼りに距離は確認できても、その風景は確認できない。

 だから、二人が今どのような格好をしてるかも分からない。その上で“体が触れた”という言葉を耳にし、平和の顔が真っ赤になる。


 何が当たったか分からない。もしかしたら、体に触れたのはもしかしたら。

 

「お前ッ、お前……お前ぇえ……ッ!」

 平和は気を紛らわせるために力強く体をタオルで擦り始めた。


「ははっ、本当面白いな、コイツ」

「五鞠ちゃーん。早く流して~」

 髪の毛を洗ってる途中だったのか、心名は目をつぶったまま固まっている。

 今、後ろでどのような状況が起きているのか分からないのは心名も一緒。何の声だったのか確認したいがために五鞠を急かしていた。


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 三人は風呂から上がり、リビングにてドライヤーを吹かす。

 妹の着替えではサイズが合わないので、仕方なく平和自身の衣服を二人に貸すことにした。どうやら、迎えが来るまで少し時間がかかるらしい。


「……けっ」

 平和はソファーの上で体育座り。真っ赤になっている顔を隠しながら、爪を噛んでいる。


「悪かったって。カズったら、あまりに面白い反応見せるものだから」

「お前等とは二度と風呂に入らない……!」

 今後、温泉とか混浴に入る機会があったとしたら参加しない。平和はそれを強く願った。二度とこんな目にあいたくないと心に誓っていた。


「さてと、じゃあ迎えが来るまで待つことに」

「待って、五鞠」

 平和はそっと顔を上げる。


「……指だよね? 俺の腕に当たったの指だよね? なぁ、指だよね? 指だと言って。お願いだから、ねぇ」

(コイツ本当に面白っ)

 普段こんな弱気なところなんて見せることはない。かなりレアな平和を見れたことに五鞠は満足した表情を浮かべていた。


「おーい、カズく~ん。冷蔵庫の牛乳飲んでいい~?」

「だから、勝手にあけんなっ!」


 怪我が治るまで、あと数日_____

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