CASE.47「梅雨時のキャットファイト」
頻繁に雨が降るようになって鬱陶しいこの季節。喫茶店フランソワ以外に入店が認められている全国チェーンのハンバーガーショップにて俺は軽食をとっていた。
「……また会いましたね」
「ここで会ったが百年目なんだよ!」
そんな何気ない日の事である。
エンカウント。まさかの二人とエンカウント。
ウサギとペンギン。一人、カウンター席で黙々と飯を食べていた俺の元へ、ハンバーガーセットを手に声を駆けてきたのは二人の美少女。
(あーあ、会っちゃった)
”また出会ってしまった”。
高千穂心名とミシェーラが。
ライバル企業の娘同士、火花を散らす二人は互いにファイティングポーズを取っている。全国チェーン店の店内という公共の場でよくもまあ、周りの視線を気にせずにいられるものだ。出会う度に戦いの火ぶたは切って落とされる。
「今日こそ決着をつけてあげるよ!」
「望むところです」
ウサギの睨み。ペンギンの睨み。
駄目だ。そこから感じるのは威圧ではなく、癒しである。
「場所を考えなって何度言えば気が済むんだか」
俺は呆れ気味に息を吐く。少し離れた席へ移動してから。
「なんかごめんね。カズ」
「お嬢様はああ見えてプライドはありますから」
カウンター席の両サイドにはそれぞれのお嬢様の付き添い。五鞠と明佳さんが座っている。互いに100円の紙コップコーヒーを口にしていた。
……落ち着いて食事も出来ん。
曲の一つでも書きたい気分だったのに、せっかくの雰囲気がぶち壊しである。
(妙な事、しなければいいけれど)
あれを放っておくのも嫌な予感がする。
どのような勝負をするのか。俺はアクビをしながら流し目で見つめていた。
「今日の勝負は……これだよっ!」
人差し指を突き立て、心名は叫ぶ。
「“賢そうな事”を言った方が勝ちというのはどう!?」
うん、意味わからない。なんか既に頭悪い事言ってる気がする。
「……ふっ、墓穴を掘りましたね。高千穂の娘」
片手を額に当て、ポーズを取ってミシェーラは笑う。
「忘れましたか? あなた達が中学生の間、私は大学までのセミナーを終えた天才なのですよ? しかもその大学は知らない人はいない有名校……知識と知能で勝てるとでも?」
そうだ、コイツは15歳になる前には大学を卒業している。飛び級卒業生なんてアニメやドラマだけの世界だと思ったのに本当に存在するものなんだ、これが。
文字通り、あの少女は天才。
そう易々と頭脳戦で勝てる相手ではないが、果たして。
「行くよ……」
心名は息をため、最初の発砲。
「“最小公倍数”」
(小学生かッ!!)
そういう意味かよ! 何かしら難しそうな雰囲気の単語を言うだけ!?
しかもそれ賢いのか! 口にしてる内容は小学生算数じゃねぇか!!
「……“フェルマーの最終定理”」
「ぐはぁっ!?」
腹にストレートでも食らったように心名は腹を抑えて座り込む。
「な、なんなのかなソレ……聞いたことないし、物凄くラスボス感があるんだよ……」
確か、数学界の超難問とかそんなだった気がする。ドキュメント番組とかで見かけたから知ってる……内容からしてラスボスであることには間違いないな。
「まだだよ!」
心名は諦めずに第二発を用意する。
「“徳川吉宗”」
家康と家光を避けたらそれっぽいと思ったか! それでも有名な偉人だからな!?
「……“徳川慶喜”」
「誰っ!?」
心名は再び腹を抱えて座り込んだ。
ちなみに慶喜は最後の将軍。そいつも割と有名だから頭に叩き込んでおけ。
……なんだろう。凄く帰りたい。
見ているだけで恥ずかしいというよりは、“滑稽”と思えるようになってきた。
「!」
心名は店員から貰ったレシートを手に取ると、真っ白な裏面に何かを書き込んだ。
「……これでどう?」
その文字をミシェーラに見せつける。
【半ば】
……“なかば”だよな。
物凄く自信満々に見えているが恐ろしく簡単だぞ。何故、その文字を書いて心名は胸を張っているのか分からない。何かトラップでも仕掛けているのか?
「なかば」
「何で読めるの……? 私はおとといまで読めなかったのに……!!」
よく高校受験合格できたな、コイツ。
心名は三ラウンド連続で取られてしまったのが原因か大ダメージ。あと一発加えてしまえば、地面についた片膝さえも崩れてしまいそうな勢いだ。
「だから言ったでしょう。これ以上続けても、あなたに益はありませんよ」
「くっ……これほどとは」
いや、それ以前にお前の戦闘力がゴミ過ぎる。そんな小学生レベルの手札でどうして、有名大学卒業経験のあるコイツに挑んだのか理解不能だ。
やはり、考える間もなくミシェーラが圧勝だろうか。
というかこれ以上続けても本当に益はないから辞めておいた方がいいと思う。俺の横で心名の従者があまりの恥ずかしさに頭を抱えているから。こんな恥を晒されて明日からどうやって生きて行こうと本気で考えているから。下手すれば、窓ガラスぶち破る勢いだから本気でやめてあげて。
「何か……何か手は……」
周りを確認する。この強敵に勝てる切り札はないか。それを必死に探していた。
「……ッ!」
そして思いつく。
彼女の目に入ったのは“100円コーヒー”。
見つかる手札。最強の切り札。
この少女に勝てるかもしれない……最強の切り札。
「……“ベンティノンティーマンゴーパッションティーフラペチーノアドホワイトモカシロップアドホイップクリーム”」
「!?!?」
ひきつるミシェーラの顔。
「な、なんですか、その呪文は!? 一体何を表しているのですか!?」
「さぁ、これより凄そうな言葉を言うんだよ!」
「……このラウンドは譲ります」
一回目の逆転。心名はガッツポーズ。
確か、某全国チェーンのコーヒー店の注文の仕方だっただろうか。俺は行ったことないから全然わからないけど。どうやら、ミシェーラはそういったコーヒー店には足を運んだことがないようだ。
「じゃあ次だよ! “ニンニクチョモランマヤサイマシマシアブラカラメオオメ”!!」
「ぐぐっ!? 私のきいたことのない言葉が次々と!?」
心名とは違って庶民派ではないミシェーラは次々と出てくる未知の言葉を前に困惑を隠せない。初心者殺しにも程があるワードの連続に圧倒されている。
「さぁ、どうかな!」
「……このラウンドも譲ります!」
「よし! あと一発で逆転だよ!」
「くっ、この私が……思ったよりも強敵でしたか」
圧倒されながらも立ち上がるミシェーラ。さっきからコイツらは何で苦しんでいるのか。言葉に波動か何かあるのだろうか。
「さぁ、決戦だよ!」
勝機が見え始め、形勢逆転の意図が見え始めた心名は次のラウンドへ。
ハンバーガーを一口。俺はこの勝負を見て言いたいことがある。
賢そうな言葉を吐くこの勝負。不毛としか言いようがない事。そんでもって一番ダメージを受けているのは俺の両隣の従者であるという事。
まあ、言いたい事は何かといえば一番何より……。
「お前ら二人とも馬鹿だからな?」
他のお客さんに笑われているこの二人が滑稽に思えるの一言に尽きた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます