CASE.46「負のスパイラル」
土曜日。
俺は……心名の家の前に来ている。
何故彼女に家にやって来たのか。その答えはこのSNSにある。
『申し訳ありません。お嬢様の代わりに使用人である私めから伝言を……本日の一件、キャンセルでお願いいたします』
土曜日の今日。俺は心名に“無理矢理”デートに誘われていた。また何かしらの脅迫を受けてしまったために許可。ショッピングモールだとか、隣町のデートスポットだとか、目的地も知らされずに不安を覚えていた今日。
「馬鹿は風邪をひかないって聞くけど……ものの見事に迷信か」
なんと心名が風邪を引いたのである。
……まあ、原因はもしかしなくても。“俺”だろう。
今週の火曜から風邪を引いていた俺は母親に心名達の看病もあって、三日と早い期間で完治した。
___その後日の事だ。
『や、やぁ……カズくん、次の休み、暇……かなぁ……?』
学園に足を運んだ際、妙に心名の顔色が悪かったのは覚えている。その状態でデートに誘ってきたのも覚えている。
大丈夫かと聞いては見たが、本人は特に問題はないと言い切っていた。
しかしそれはやはり本人の強がり。もしかしなくても風邪の前兆だったのである。
約束の時間の数時間前。五鞠からメールが届いた。
心名の奴、どうやらギリギリまで親と使用人たちの反対を押し切ってデートに行こうとしたようだ。現にこのメッセージが届く前のラインでは『少し遅れるかもだけど待ってて!』・『絶対に行くから待ってて!』・『大丈夫だから、私を信じて!』だなんて、次々と迫真のメッセージが。
ついに取り押さえられたのか以降メッセージは来なかった……今、心名は部屋の中に監禁されている。
「だから見舞いに来なくていいって言ったのに、自業自得……はぁ」
どうせやることもないし、風邪を引いた原因は俺にある。
見舞いがてらにショッピングモールで買ってきた林檎と蜜柑を手に、心名の家へとやってきたのだ。
彼女の家に来るのはいつ以来だろうか。
中学校時代、心名が案内してくれたのは覚えている。テレビドラマやアニメに出てくるようなあんな馬鹿でかいスケールとまではいかないが、彼女の家は十分な豪邸であり、大きな鉄格子の門が俺を出迎える。
滅多に遊びに来ることもないこの場所。緊張をしつつも俺はチャイムを鳴らす。
『どちら様でしょうか』
「西都です。心名のお見舞いに」
『……西都様ですね。しばらくお待ちください』
チャイム。そして、玄関前に仕掛けられた監視カメラが俺に向けられている。
向こうでドタバタと音が聞こえる。何か準備をしている様に見えるが。
『お待たせしました。そちらからお入りください』
「はい」
巨大な鉄格子の門の横には使用人専用の入り口がある。俺を招き入れる準備が出来たのかロックが外れた音が聞こえた。指示通り、俺はその入り口から心名邸の庭へ足を踏み入れる。
「失礼いたします!」
庭に入った直後の事だった。
「押さえて」「「「「はい」」」」
五人近くのメイドが俺を取り囲み、次々とチェックをし始める。
瞳、指紋、そして肌の確認に身長や体重、バストウエストヒップの確認など……入念に確認してはメイド長のおばさんがチェックシートにチェックを入れていく。
「指紋、西都様のもので間違いありません。本人です」
「よし、業務に戻りなさい」
西都平和と名乗った客人が本人であることを確認すると、メイド達は敬礼をした後にお屋敷へと戻っていく。
「……他人事で申し訳ないですけど、大変ですね」
「不審者をお屋敷に入れるわけには行きませんから」
冗談に聞こえるかもしれないが、お屋敷に“俺の名前を名乗って”入ろうとする不審者が何人かいるとのこと。
心名の家は見ての通りお金持ちのお屋敷。金目の物は沢山ある。
大概バレるはずだというのに、そんな馬鹿な手法を使う者がいるのが事実。呆れて声も出ない。
「西都様。本日の件。申し訳ありませんでした」
メイド長が頭を下げて謝罪をする。
心名との約束、彼女の体調を優先したために当日キャンセルをさせるなどして振り回したのだ。主人である心名と、その友人である俺に謝罪の一つは入れてくれる。
「気にしないでいいですよ。むしろ、風邪なのに外に出ようとした馬鹿はちゃんと叱っておいてください」
「ほほほっ、相変わらずお嬢様にお厳しいですな」
メイド長のおばさまは愉快に笑う。
「それじゃあ、見舞いだけ」
「あ、お待ちください」
屋敷へ向かおうとする手前。メイド長が再びチェックシートをめくる。
「今朝は何を食べました?」
「カップ麺」
「今朝、ちゃんと歯を磨き、顔を洗いましたか?」
「洗った」
「昨晩、お風呂には?」
「風呂ではないけどシャワーを浴びました」
「よし、大丈夫です」
工場業などの衛生チェックか何か?
何事に対しても、主人の体調は身の安全を考えての徹底ぶり。メイドというのは大変な仕事なのだなと俺は苦笑いを浮かべてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お屋敷に入ると、大きな階段がエントランスにてお迎えする。
心名はこの上の階にいる。早いところお見舞いに顔を出して叱ってやる。風邪のことを他人の家でしぶとく語っていた女が病原菌をばらまきにやってくるなと。
呆れ溜息を吐きながら、心名の部屋を目指し階段を上る。
「あっ! 本当にカズくんだ!」
上の階から手を振っている女の子。
心名だ。頭には冷えピタ、そして服装はパジャマとまさしく病人の形態。数日前の俺の姿そのものになっていた
「わざわざありがとう! やっぱり、私とカズくんは運命の赤い糸でつながれて……ぶほっ! ぶふぉぉっ!?」
テンションが上がったと同時、大きな咳で心名の体がフラつく。なんだその席は。三十代後半のおっさんサラリーマンか。
同時、廊下に飾りとして置いてある“高級そうなツボ”が置いてある小さなテーブルへと倒れ込んでしまう。
「あっ」
「ああっ!?」
俺とメイド長は慌てて止めに行こうとするが時すでに遅し。
……落ちていく。
高価そうなツボが、廊下の冷たい床へ。
「「「……」」」
粉々。ツボはあっという間に粉々になった。
心名には怪我はない。俺とメイド長は二人でフラついた心名の介護を行う。
「全く、コイツは……」
俺は心名の体をそっと抱き起す。
「……六個目。六個目ですか」
心名の安全を確認した矢先、メイド長は割れたツボを見て深く息を吐いている。
……六個目か。そうか。
また一つ。この世界から名高い作品が消えてしまったのか。
形あるものはいつか壊れる運命にあると言うが、こんなにも呆気ないものとは虚しくも感じてしまう。俺は芸術品の儚さを胸に刻み込んでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後。俺は心名の部屋に案内される。
「見舞いの品。五鞠にでも剥いてもらえ」
「えー、私はカズくんに剥いてもらって、食べさせてほしいなぁ~」
「……忘れた? 俺、先端恐怖症」
包丁を握る事だけでも必死。極力は手に持ちたくはない。つまり、彼女の夢は叶わないのだ。
「ちぇ~」
「んで、肝心の五鞠は?」
「それが……」
心名は何か言いづらそうにしている。
「……まさか」
「その、まさかだよ」
何という事だろうか。
俺のバイオテロの餌食になったのは……”心名だけじゃなかった”という事だ。
どうやら、“五鞠も風邪を引いた”ようである。現在彼女は、自宅にて親の看病を受けながら眠っているようだ。あとでそっちの看病にも行く事にしよう。
「ありがとう、カズくん。お見舞いに来てくれて」
「まぁ、俺のせいだし……これくらいは」
「じゃあ、責任を取って何かしてもらいたいな」
「調子に乗るな」
俺は心名のおでこにデコピンをする。
「それにしても、お前が風邪を引くとはな」
本当に意外だった。俺は心から思った事を口にする。
「どうして?」
「馬鹿は風邪ひかないっていうから」
「病人に対して、さり気なく酷いね。カズくん」
まあ、理由はそれ以外にもある。風邪を引くようには見えないくらい普段からエネルギーが有り余っている女の子だからだ。
その理由もあるのだが、俺は絶対に口にはしない。
……また風邪を引くと行けないので、頃合いをみて帰ることにする。
だがコイツも退屈しているはずだ。数分程度は暇つぶしに付き合ってやることにする。
「……んで、何個か聞きたいことあるけど」
彼女の望む、責任というやつに、俺は乗ってやることにした。
「メイド長があのツボは六個目だと言ってたけど、お前、何個か割ったのか」
「うぅー、それは全部不幸な事故なんだよぉ~」
まあ、さっきの出来事は事故であることに間違いない。しかし、彼女はそれ以外にツボを割ってしまった事件も事故だと言い張っている。
「一体何があったんだ」
「聞いてほしんだよ、カズくん」
心名は胸に手を当て、話を始める。
「それは一年前。私が廊下でスケボーの練習をしていたら」
「おい待て、コラ」
もうこの地点で不幸な事故一切ないような気がしてきた。
「その練習の手前まで遊んでいたサッカーボールをしまい忘れてて、それにつまずいてしまってスケボーと一緒にツボに向かって一直線に……」
「庭でやれっ!」
「あいたぁっ!?」
……盛大なツッコミ。説教がてらに大きなチョップ。
本日のノルマ。メイドさん達の苦悩も込めた一撃を心名に浴びせることが出来た俺は非常に満足げな表情を浮かべていたのだという。
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