CASE.45「季節外れの流行病」
もうすぐ六月。梅雨時に入る前とだけあって暖かくなり始める今日この頃。今日も元気に学園へ___
「げほっ……ごほっ……!」
"向かう事は出来ず。"
俺、西都平和は五月という中途半端な時期に風邪をひいてしまったのである。
異変に気付いたのは昨日の夕方。最初はいつもと比べて頭がダルく、喉も変に食べ物の通りが悪かったりと調子が悪いと思っていた。最初は疲労か何かと流していた。
しかし家に帰り着いた時。仕事に行く前の母親が俺の異変に気付いた。
慌ててリビングに連れてこられた俺は体温計を口に突っ込まされ体調確認。結果、俺は38.3度の高熱であることが判明してしまった。
しかも、風邪はまだひき始めの段階。夜になるにつれて俺の体はさらに悪化し、後日の昼間となる今日に至る。
(二時……か)
本来ならば、この時間は家に帰ってきている母親。だが、今回は町内会の集まりがあるらしく、仕事場からそのまま向かうことになったらしい。
「……水」
頃合いをみて水分補給へと向かう。。冷え込んだこの体をそっと起き上がらせる。
「大丈夫だよー、カズくん。ゆっくりと体を上げて」
心名が俺の体をそっと支えて起こしてくれる。
「ああ、ありがとう。心名」
俺はその救いに甘えて、そっと体を起こした。
「……待とうか」
起きた直後に俺はすぐ横にいた心名にチョップを入れた。
「あいたっ!? 何をするんだよ、カズくん!」
「なんで、お前がここにいる?」
風邪のせいで一瞬判断が遅れ、ようやく違和感に気付く。
何故だ。何故、高千穂心名がここにいる。
もしかしなくても今日は登校日のはずだ。制服姿の彼女は何食わぬ顔をして、病気でやつれている俺に首をかしげる。
「学校は?」
「カズくんが病気って聞いたんだよ!? 授業何て受けていられなくって、抜けてきたに決まってるじゃん!」
何という暴挙。もしや、無許可で飛び出して来たのではあるまいかと不安になる。
「……家の鍵は全部しまってた。どうやって中に入った」
「それは……恥ずかしくって、言えないよ~」
言え。今すぐに言え。
スペアキーを奪ったのか、それとも家の鍵を複製したのか。何でもいいから教えてくれ。じゃないと、不法侵入が怖くて夜も眠れない。
……五鞠は何処だ。
心名が学園を抜け出しているのだ。となれば当然、五鞠が近くにいるはずだ。察しのいい彼女なら、心名が俺のところに来ている事も推測済みのはず。
しかし見つからない。外に彼女の姿は見当たらない。まだ、こちらに向かっている途中なのだろうか。
「どうして、こんな時期に風邪をひいたの? 何か変なものでも食べた?」
……そうだな、変なものを食べた記憶はある。
数日前にお前が作った“弁当”とか“手作り菓子”とかな!
しかし原因は恐らくそことは違うと思われる。なので、首を静かに横に振る程度で終わらせる。
「よし! カズくんは寝てて! 今日は私が看病してあげるのだよ!」
「学校に帰れ」
俺の事はいいから早く授業に出ろ。ほぼズル休みに片足突っ込んでるこの状況を父親が知ったら娘の将来の不安に涙を流すぞ。
「嫌だ! カズくんが死んじゃったら嫌だ!」
「人間は風邪程度で死なない」
「分からないよ! もしかしたら、何かの拍子でポックリ死ぬ可能性だってあるんだよ!? 人間の体と医療事情を舐めたら駄目っ!」
人間の体と医療事情を考えるなら、お前は自分の料理の味見を覚えろ。いつか人を殺める前に、普通の料理を作れるようになってくれ。
「カズくんはそこで眠ってるのだよ! 私がカズくんのために腕によりをかけて料理を作ってあげるから!!」
お願いだからやめてくれ。 やめてください!
この病に蝕まれた体にトドメをさすのだけは勘弁してください!
決死の想いで俺は立ち上がり、今すぐに料理を辞めさせるように心名の元へ。
「……あれ、卵と白菜と味噌しかないんだよ?」
家の冷蔵庫を勝手に開けた心名は首をかしげている。
「ああ、そういえば、今日買い出しに行ってくるとか言ってたっけ……」
基本、我が家は冷蔵庫の食材を使い切ってから買い出しに行くのがルールとなっている。処理できなくなった食材をポイするのは勿体ないというエコロジー思考の母親による考慮なのだ。
冷蔵庫に食材がない今、まともな料理を作る事は出来ない。これで助かるか。
「……よし任せて! カズくんのために腕によりをかけて、カルボナーラを」
「無茶言うな」
無理。絶対無理。まず、チーズとパスタないし。
「よし! だったら、卵粥を作るのだよ!」
「だから材料が足りないって言ってるだろ。米は炊かれてな、」
「大丈夫! ほら、この棚に非常用で用意されたパックのご飯が用意されてるから! 今は非常事態だから問題なしだよ!」
えーい、神は無情か。 材料がそろってしまった。
というか、コイツは若妻気取りで他人の家の棚を次々と勝手にあけるのはやめてはくれまいか! 人の非常食を勝手に使うのもやめてはくれまいか!
「いい加減にしろ! お前っ……早く、学校に……」
叫ぼうとした。それが間違いだったか。
「いっ、けって……」
遠のく。体力に限界が来たのか意識が遠のいていく。
「カズくん!?」
床に倒れ込んでしまった俺に、心名が必死に呼びかける。
(やば……頭が……)
何か叫んでいるのは聞こえる。だけど、頭がボーッとしていて聞き取れない。次第に瞼も重くなっていく。
「お嬢様! 勝手に学校を抜け出して……って、カズ!? どうしたの!?」
ようやく心名を見つけ出した五鞠が部屋へ入ってくる。
五鞠が入ってこれたということは心名の奴……部屋の鍵をかけ忘れたな。
“近いうちに空き巣が入ってもおかしくはないな”
俺はどうでもいい不安に駆られながら、瞳を閉じてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
___数時間後。
「うう……」
俺はふと目を覚ます。
ここから見える時計がしめすのは夕方五時前。三時間近く意識を失っていた。
「カズー、大丈夫~?」
俺の耳元で五鞠が意識を確認する。
「……ああ」
「よし、大丈夫。冷えピタとアイスノン取ってきますね」
五鞠は俺の無事を確認すると、冷蔵庫へ替えのアイスノンを取ってくる。
「カズくん、大丈夫?」
心名も心配そうに俺を見つめてくる。
正直に言うと体はまだ重い。むしろ、さっき以上に辛くなった感はある。
しかし、俺は静かに首を縦に振った。
声を出す元気はあまりない。体を起こすだけでも精いっぱいだった。
「よかった~……」
心名は胸をそっと撫でおろした。
何かの拍子で死ぬかもしれないと言った後だ。相当心配していたのだろう。彼女の表情の安堵具合からそれを感じ取る。
「……カズ君、食欲ある? お粥作ったんだけど、食べる?」
「!?」
俺の意識が冴えてしまう。
せっかく意識は取り戻したというのに、また意識が吹っ飛ばされてしまう。
食欲などない。俺は正直に首を横に振ろうとした。
「……ん?」
ところが焦げ臭いにおいはしないし、変な匂いも一切しない。
いい匂い。真横のテーブルにある土鍋を覗き込んでみると、色鮮やかな黄色の卵粥が入っていた。
「五鞠ちゃんと一緒に作ったんだ。だから、味は大丈夫だと思うよ」
「……そう」
五鞠が一緒なら問題ないと思う。アイツはちゃんと料理は出来る方だ。
今日はまだ何も食べていない。何かお腹の中に突っ込んでおく必要もある。俺は心名と五鞠が作った卵粥をいただくことにした。
「ちょっと待っててね」
受け皿に一人分のお粥を入れ、手持ちのレンゲに一口分のお粥をすくう。
「はい、あーん」
「……!?」
突然の行為に俺は背筋がピンと張る
「いや、自分で食べれる……!」
「駄目だよ! カズくん、凄く顔色悪いんだから無理しないで! ほら!」
彼女の言う通り自分で食べられる元気はない。それにこのお腹もある程度は満たしておかないといけない必要がある。
「……分かった」
甘えるしかない。
ここまで恥ずかしいと思ったのはどれくらいだろうか。この歳にもなって、あーんをされることになるとは思いもしなかった。
「あーん……」
俺は心名からお粥を口で受け取った。
……美味しい。塩加減が聞いてて、冷めた体に心地よい。
「えへへっ」
心名も恥ずかしかったのか、照れながら笑みを浮かべている。
____いつもの間抜け面。
「まったく……」
俺は不意に、そんな心名を見て静かに笑ってしまった。
「おやおや~」
途端、俺は気づく。
「……!」
第三者。この風景を眺める第三者の存在に。
___母親だ。
町内会と買い出しから帰ってきた母親が、ニヤケ面で俺を眺めている。
「息子の将来が不安ではあったけど、可愛い嫁さんを連れてきてくれそうで安心したよ~」
カッカと愉快に笑う母親。
「~~~~~っ!」
叫ぶこともできない俺。
ただ、上昇し続ける体温。体を埋めることしか出来なかった。
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