CASE.44「パワー・スポッツ」
俺の不運は収まる事を知らない。
占い関係は常にブッチギリの最下層、おみくじに至っても小吉以上のものを見たことがない。少なくとも今年に入ってから碌な目に合っていないと言い切れる。
「……蒸し暑ッ」
「我慢しろ。お前のためだ」
そんな俺は今、オカルトクラブの部長である“五ヶ瀬雛音”と共に、とある大自然の山奥の森林へやってきています。
常春町の商店街のバス停に乗ってから三十分。現地のタクシーに乗って山奥まで移動。その後は現地スタッフに許可をもらった後、緊急用の無線を貰った状態で森林の奥へと向かって行く。
まるで都市伝説や地域の謎に迫るドキュメンタリー番組のスタッフになった気分である。
「なぁ、本当に俺の為になるいいものが待ってるのか……?」
この森林。ネットでは天狗が現れるだとか、女の子の吸血鬼がいるだとか変な噂が広がっている。どれもデマだとは思うが、物騒な山であることは間違いない。
「まあ、待っていろ……今度は良いかもしれないぞ」
この山奥へ向かう理由。それは俺に関する事。
___パワースポット。
口コミ、ネットの噂で転がっている開運の噂。俺の不運を少しでも退散することが出来るのではないかと試みた五ヶ瀬雛音が“実験”がてらに俺を連れて行くのである。
(本当にそうだといいが……)
本当に不運を取り払えるかどうか。俺はまるで“モルモット”の気分であった。
とはいえ、パワースポットに軽い期待を持っているのも事実。
この不幸体質とおさらばできる方法があるのかもしれないと思えば行きたくもなる。多少の疲労は承知のうえであった。
「……しかし、お前達までついてくるとはな」
雛音は呆れ気味に俺の後ろへ視線を向ける。
「まあ、暇なもので。それに拙者だって、願い事の一つは二つはあるでござるよ」
「俺も俺も! 上げたい運気があるんだよ!」
牧夫と三句郎もこの旅に同行しているのである。
今日は祝日の月曜日。それといったイベントも特にない暇人のこの二人は、俺の開運ツアーを完全に観光の気分でついてきているのである。
「ほーう、ちなみにその目的は」
「恋愛運! 今年こそ彼女の一人に恵まれたい! 金髪巨乳のクールビューティーとの出会いを期待しているでござるよ!」
そうやって敷居が高いから彼女出来ないんだよ。まだギリギリ現実味を帯びたラインだと本人は言うが……果たして。
「俺は勉強運の一つを上げたいところだな! 成績トップになって、皆をギャフンと言わせたいぜ!」
占いを頼るな! 勉強しろ!!
今すぐ家に帰って、机と向き合って勉強しろッ! 運なんかで成績が上がるほど、世の中の義務教育は甘くねぇんだよッ!!
……とまあ、彼らが叶えようとしている願いはちょっとした理想。
修学旅行先で立ち寄ったお寺で軽くやる願い事感覚の夢を持てるこの二人が何処か呑気で羨ましくなるのは内緒である。
「ちなみに、そのパワースポットはどれだけの効果があるでござるか?」
「聞いて驚くな! 見事なものだぞ!」
雛音は胸を張りながら、リサーチした情報を次々と提示する。
「ある人はココにやってきた後、事業が成功して一企業の社長に! ある人は今までモテなかった自分が嘘のように酒池肉林の毎日を送れるように……と夢のような願いをかなえる者たちが次々と現れたそうだぞ!」
……何だろう。途端に帰りたくなってきた。
成年誌の最後あたりにあるボッタクリの電話通販記事の内容をそのまま聞いているような感覚がして一気に胡散くさくなってきた。
「ついたぞ!」
目の前は行き止まり。
そこから先は足を滑らせるものならどうなるか分からない、底の深い崖であった。
「おい、何もねぇじゃねえか」
「よく見ろ。この崖の下に何が見える」
崖の下は森林。
出来る限りは覗き込みたくないブラックホールのような崖。ところが、そんな崖に一つだけ視線を奪われるものが目に見える。
しめ縄で飾られた箱。
崖から離れた“かなり大きな一枚岩”の上に、何か意味ありげな箱があった。
「あの岩はかつて神様の椅子と言われていたらしい。そこにご利運があると言われていてな……」
雛音は手荷物から数枚の“皿”を取り出した。皿は粘土のような軽い素材で作られている。
「この皿をここから投げ、あの箱に入れられれば願いが叶うと言われているのだ。チャンスは三回」
「三回か。よっしゃ!」
三句郎は皿を受け取ると、その三枚の皿に願いを込める。
金髪の美人と出会えますようにと言霊のように連続で呟く。その姿を他の女子生徒が見ようものなら嫌な意味で鳥肌が立つのは免れない。
「行け!」
一枚投げつける。
___だが、外す。
また一枚。もう一枚。
……全て外した。
「ワンモアチャンス!」
「駄目だ、一人三回までだ」
かなりの難易度。そう易々と上手くいくものではない。
何せかなりの距離だ。結構な力とコントロール。崖の隙間風も強くて、多少の運まで含まれる。
「じゃあ、俺の番だな」
次は牧夫が三枚投げつける。
軽く呟く程度。勉強がはかどりますようにと軽く願いを込めて投げる。
……が、三枚とも綺麗に外してしまった。
「くはぁー、駄目かぁ」
牧夫は頭を掻きながら、笑顔で残念がっていた。
「さて、次は平和だ。願い事を、」
「日本で一番のロックミュージシャンになれますように。いつか世界にも羽ばたけるロックミュージシャンになれますように。世界も認めるロックミュージシャンになれますように。世界で有名なロックミュージシャンになれますように。生涯それだけで食っていける程のロックミュージシャンになりますように。あと」
「目的が変わってない!?」
これだけの難易度。信憑性が増してきた。
その結果、俺の口から出てきたのは開運どうこうの話よりも、自分の夢である“ロックミュージシャンへの願望”が本音として出てきてしまっていた。
全ての皿に願いを叩きこむ。これでもかと染みこませる。
「いけ……!」
一枚目の皿を投げつける。
……が、駄目。
一枚目は外す。
「もう一発……!」
気合を込めた二発目も投下。
だが、これもダメ。
やはり、そう簡単に願いを叶えさせてはくれないようだ。
「あと一枚……」
外さない。最後の一枚は絶対にクリアする。
俺はお皿に願いを込め続ける。
「行くぞ、三枚目……!」
振りかぶり、三枚目の皿を投げようとした。
「いく……んッ!?」
その時だった。
震える。俺の体が軽く震える。
「……電話?」
携帯だ。俺のスマートフォンの通話だった。
このタイミングで電話がかかってくると思わなかった。こんな場所にまで電波が届いていることがビックリで仕方なかった。
その相手は心名。
俺は溜息を吐きながらも電話に出る。
「もしもし」
『カズくん! 聞いて聞いて! 今日、私と君の名前で恋人占いをやったら相性バッチリだったんだよ! これは事実上のアベック誕生のお祝いとしてデートの一つ、』
ピッ。
「……はぁ」
あまりにもくだらない内容の電話。俺は呆れながら通話を切ると、一度携帯と皿を地面に置いて軽く頭を抱えた。
……こんなことで毎回電話してくるな。
俺は次こそ邪魔が入らないことを祈りつつ、改めて頭に願いを敷き詰め、地面に置いてあった皿を拾う。そして口から願い事を呟いてはお皿に染みこませる。
「今度こそ……!」
最後の一球。外すわけには行かない。
……勝負の時。
文句なしのフォーム、風の気配も感じない……!
「行けッ!!」
俺は片手に持っていた皿を“神の椅子”と呼ばれる一枚岩の箱へと投げつけた。
(頼む……!!)
勢いよく飛んでいく皿。
綺麗なフォームを描き、風に飛ばされることもなく進んでいき……。
シュート。
皿は綺麗に一枚岩の箱の中に入る。
「やった……!」
勝った。成功した。
運に見舞われることのない人生を送り続けた俺に、ついに神は味方した! 無理にも程があるであろう開運チャレンジを俺は成功させたのだ!
俺は久々に、らしくない喜びをした。
「やった! やったぞ……!」
この喜びを分かち合いたいと願ってしまったのか、俺は三人の方を振り返った。
「「「……」」」
「あれ?」
唖然としている。
三人は俺に対して、とんでもない目つきを向けている。
どうかしたのだろうか。それとも、俺と一緒で驚いてくれたのだろうか。
そりゃあそうだろう。何せ、運の一つもない俺がこのチャレンジを成功させたのだから、驚愕を隠せないのも……
「平和」
牧夫はそっと地面を指さしている。
「お前、足元を見ろ」
牧夫に合わせ、三句郎と雛音も顔を青くして頭を下げる。
……もしや、蛇でもいるのか。俺は慌てて下を見る。
「あれ?」
すると、足元に広がった風景は蛇ではなく。
“投げたはずの皿が一枚だけ”ポツンと。
「あれ、ちょっと待て。何で皿が」
となると、あの箱に入ったのは一体何なのか。俺が投げたのは何なのか。
「……あっ」
気付いてしまった俺はポケットに手を突っ込む。
「あぁあああーッ!?」
ここは山奥。俺の悲鳴は響くよ、何処までも。
……箱に入った“皿”と思われるもの。それは紛れもなく……俺の携帯であった。
「「「ドンマイ」」」
その日の夜。俺は両親から怒髪天を食らったのは言うまでもない。
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