CASE.43「気まぐれハニーのめぐりあわせ」


「つ、疲れた……ッ!!」

 日曜午後三時。喫茶店フランソワのピークの助太刀を無事完了された俺はバイト代の入った封筒を片手にベンチに腰かけている。


 本気で疲れた。ピークという事もあって休憩なしの2時間は実に多忙であった。


 何より疲れたのは……作り笑顔。

 色んなお客さんから『笑顔が怖い』と言われ続けた。元より笑顔が苦手な俺からすれば知った事ではないのだが……今回はその笑顔とやらが、いつもお世話になっている大淀さんのお店に影響する。だがら、何度も試行錯誤を繰り返した。


 おかげで顔の筋肉がつりかけた。

 例の生徒会連中の一件もあって、真っ白に燃え尽きかけていた。


「おや、今日は非常にお疲れのご様子。日曜日はこれからですよ」

 俺に話しかけてくる声。

「やぁ。こんにちはなのです。ご機嫌いかが?」

 今日もビックリするくらい似合っているワンピース。黒を基調としたゴスロリチックのファッション。相も変わらず愛らしい。そよ風に揺れる銀色の髪の少女。ミシェーラである。


「おっと、聞かなくてもわかります。あれですね、ここで太極拳の練習をしていたのですよね? その休憩ですよね? わかりますとも」

「貴方は俺の事をストリートな拳法家と思ってらっしゃるのか」

 変な儀式をやっていると警察かカルト教団を呼ばれそうで怖い。


「では、何故それほどの疲労を?」

「慣れないことをしたから」


 俺は正直に告げる。何故か知らないが、この人物に対しては自然と話しかけやすくて助かる。他の奴らと違って敵意がないのが理由として大きいかもしれない。


 俺は滅多にすることのないバイトをしたことを告げる。慣れない笑顔で顔の筋肉がくたびれた事。あまり得意ではない連中に絡まれた事。その他諸々疲れた理由を全て彼女に告げた。


「それはそれはご苦労様でした」

「全く。本当に……お腹もすいた」

 午後三時。こんな時間だというのに俺は昼食を食べていない。


 実をいうと、仕事が終わって落ち着いた後に大淀さんから“まかない程度の昼食”を食べるかどうか聞かされたのだが……今は一刻も早く、喫茶店から逃げ出したいのが理由で断ったのだ。


 喫茶店が悪いのではない。喫茶店に居座っていた“あの生徒会”から逃げたかったのだ!


 ……バイト代は日曜日の緊急ということもあり日払いでたんまり入っている。久々に何か贅沢にお腹の中に突っ込んでもいいかもしれないと息を吐く。



「そうですか。でしたら、私もご一緒よろしいでしょうか」

「お前もまだなのか」

「勉強が終わってその休憩中なんですよ。もうお腹ペコペコで……ああ、いいですよ。奢ってもらわなくていいですよ。ちゃんと自分のお金で払いますから。本当に気にしなくていいですよ。ああ、本当に」

 チラッと何度も俺を見つめてくる。


「……やらないぞ」

「ちぇ、駄目でしたか」

 奢ってもらおうという寸断だったのだろうかそうはいかないと言い切る。何より、魂胆見え見えの攻撃をした地点で奢る気など微塵も感じない。


「やはり上目遣いで甘える方が効果的だったでしょうか」

 ミシェーラは何かブツブツ言ってるがどのような計画だろうと乗る気はない。魂胆さえ見え隠れしなければ多少は考えたかもしれないが。


「それでは、行きまし、」

「カズくーん! 今日も良い天気だねぇ~!!」


 心名だ。あの馬鹿っぽい女の子の声は心名だ。

 たまたま俺を発見したのか、それとも情報を聞きつけて探りを入れたのか。私服姿の心名は満面の笑みで手を振りながらこちらに寄って来る。



「良かったら一緒にご飯……」

 心名の体がピタリと止まる。



「……ッ!!」「?」

 目があう二人。

 首をかしげるミシェーラ。ガチガチと震え始める心名。



 ”出会ってしまったか”。

 いつかはエンカウントするかと思ったがついに出会ってしまった。俺は二人の少女の出会いをベンチからじっと眺めている。


「だだだだ、誰なのだよ! カズくん、そちらの女の子は!?」

「はじめまして。私はミシェーラ・高城・アルペンギン。平和さんとは仲良くさせてもらっています」

 会って話したことあるのまだ6回くらいだがな。それほど親しいというかは断言できるところではない。



「むっ、高城……?」

 心名はその名前を聞いた途端に首をかしげる。


「……高城グループ」

「おや、ご存知のようですが。貴方様は?」

「……“高千穂心名”って言ったら、分かるかな?」

「!!」

 二人の間に更なる亀裂。更なる火花。


 ファイティングポーズ。心名は日本の空気たっぷりの空手スタイル。ミシェーラは足技が主流のムエタイのポーズを取り始める。


「この展開はなんだ」

「解説いたしましょう。私のお父様が経営する高城グループには生涯のライバルともいえる企業が存在するのです……その企業の名は“高千穂グループ”。そう! 彼女は私にとってもライバルと言える存在なのです!」


 割と早口で軽快な解説をどうもありがとうお嬢様。

 しかし驚いた。面識こそないようだがこの二人にはそれなりの関係性があったようだ。世界の有名企業の娘同士……なんとゴージャスな巡りあわせであろうか。


「やい、ペンギンさん! カズ君に何の用なんだよ!」

「何でもありませんよ。私はただ、こちらのお方とこれからお食事を」

「な、なんだってー!?」


 心名の背中に怒りの炎がイメージ映像で見える。


「カズくん! 私というものがありながら浮気だなんて!」


 浮気の前に付き合ってないだろ。涙ながらに訴えて来るな。

 

「ごめんなさいね。私たちはそこまでの関係なのです」


 コイツもコイツでどうして火に油を注ぐような真似をする。

 これが修羅場という空気なのは分かる。しかし何故だろうか。俺はこの少女のどちらとも付き合っていない為に嬉しい感情も焦る感情も芽生えない。


 単に“何をしてるんだ感”全開の空気を感じるだけである。


「認めません! お母さんは認めませんよ!」


 誰が母親だ。勝手に俺の親権を握るな。

 いや、コイツの場合は“嫁”的な意味でお母さんと言っているだけか。


「カズくん! 私と御飯に行くのだよ!」

「横槍は失礼ですね。ちゃんとマナーは守るべきですよ」

「ぐぐぐ……!」


 二人の間にこみ上げ続ける闘気。

 本来ならば、龍と虎。この二対の獣がイメージ映像として二人の背後に現れるのだろう。



 ___しかし何故だろうか。

 俺から見て、この二人の背後に見えるのは“ウサギ”と“ペンギン”の二匹である。子供の絵本と思えるくらいに可愛らしい。


「勝負だよ! 今から、常春商店街を一周してからここに戻ってくる! 買った方がカズ君と御飯に行けるんだよ!」

「いいでしょう。私をただのインドアお嬢様と勘違いしない事ですね」


 二人はその場でクラウチングポーズ。

 よーいどんを告げる審判はそこにいない。二人は同時のタイミングで合図を送る。


「「よーい、ドン!!」」

 二人はそのまま公園から立ち去ってしまった。


 ……ここから商店街までは10分程度。そして一周するのにも大体20分程度。そして戻ってくることも考えてプラス10分……だが、あまり運動が得意ではなさそうな二人のお嬢様の体力を考えるとおそらく40分以上の時間はかかるだろう。




 ____よし。


「飯、買いに行くか」

 俺は公園から出ていくと、飯を買うために買い物へと向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「「はぁ……はぁ……」」

 思ったよりは早い時間に二人は到着する。

 息切れしている。多少の運動はしているのかもしれないが、持久走にも近い距離を全力疾走で駆け抜けて勝負したとなれば当然体力に限界は来る。


 二人は疲れ切った表情で公園の隅っこで座り込んでいた。

 

「私の勝ちだよ」

「いえ、コンマ一秒の差で私が」

「証拠はあるのかな」

「あなたこそ、自分が勝ったという証拠は」


 あの様子だと同時ゴールだったようだ。

 

 ……公園へ戻ってきた俺。

 頭を掻きまわしながら二人の元へ向かう。


「おい」

「あっ! カズくん、何処に行ってて、」

「ほら」


 心名とミシェーラ。二人に“ハンバーガーショップ”で買ってきた昼飯のセットをそれぞれ手渡す。走り終わった後の水分補給として当然ドリンクも。


「とっとと食え」

 俺は一人静かにベンチの横の地面に座り、ハンバーガーを頬張った。


「……ありがとう」

「どうも」

 心名とミシェーラは言いたいことが何かあったようだが、空腹の誘惑に耐え切れず、ドリンクで喉を潤した直後にハンバーガーを二人同時に突っ込んだ。



 ウサギとペンギン。

 二人の少女の交流と対立は、これを境に始まった。

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