第4部<鈍感じゃないのよ MY FRIEND>

CASE.42「絶不調のロックス」


 喫茶店フランソワ。

 俺のバンド、バッドプラントレクリエイトのライブは今日もひっそりと老人相手に行われている。鉄板のナンバー、今日も思いの丈を曲に乗せて歌い続けた。


「Thank you…」

 4曲連続。息継ぎはペットボトルの水を多少飲む程度。今日もライブを終えた俺はマイクの電源を切ると、老人達からの拍手喝采に耳を傾ける。


「あら、珍しいわね」

 メンバー不足を補ってくれている大淀さんが珍し気に俺へ聞いて来る。

「今日も三句郎ちゃんがミスってたのに注意しないなんて」

「ちょ! 黙っててくださいよ!?」

 どうやら、今日も三句郎がミスしていたらしい。しかも今回はある程度何回か曲をこなしてこそいるが些細なミスには気付かない大淀さんですら気づく大ミスだったようである。


「そう……何処を?」

「サビ前よ。思い切りズレてたわ」

「気づかなかった」

 後でライブの録画にチェックを入れることにする。


 俺はステージ上にポツリと置いてあったペットボトルを拾い上げると、中に入っていた水を一気に飲み干した。ステージの熱狂のせいか多少温い。妙な心地悪い。


「しかし珍しいな。お前がミスに気付かないなんて……今日はお前が気合いの入ってる日なのによ」

「気を付ける」

 今日は急遽決めたライブ。本来予定されていないゲリラライブだった。

 何故そんなタイミングでライブを始めたのか。単に気持ちをぶちまけたい気分だったからなのか、それとも新しく作った曲を早速ステージで試してみたかったからか。


 違う。どちらも違う。

 ライブを始めた理由は……実はただ一つ。



(頭から離れない……心名の“あれ”がっ)


 数日前の一件。


 “心名が下着姿の写真を送ってきた”あの一件を忘れたいがためにヤケクソになって行われたライブであった。歌ってる途中も煩悩を消し去るために頭を真っ白にしていた。だから、ミスに気付かなかったのだろう。


 SNSの会話は適当な写真を送り付けて、例の写真をかなり過去の履歴にするように調整しておいた。これで深追いでもしない限りは目に入らない。


「あら、電話」

 ライブが終わり、お客さんである町内会の老人の皆さんが帰っていく中、大淀さんは突如鳴り響いた携帯電話を手に取る。


「えっ!? 風邪を引いたって……いやいや、無理しちゃダメよ! 今日は病院に行って休みなさいな……シフト? こっちは大丈夫よ! だから、暖かくして寝るのよ、いいわね!?」

 大淀さんは何やら声を荒げて一方的に電話を切った。


 どうやら、心名達以外のバイトの人が風邪をひいてしまったらしい。

 お店に風邪を持ってこられても困るし、バイトの体調の事をしっかり考えている大淀さんは欠席を許可したのだ。


「……困ったわね」

 しかし、大淀さんは頭を抱える。

「今日は日曜。もうすぐお昼時」

 そうだ。今日は日曜日。お昼の喫茶店となれば満席確定の大忙し。このお店は料理の評判がいいだけにしっかりと常連とリピーターを掴んでいる。とてもじゃないが、一人ではこなせない数のお客さんがお店にやってくるはずである。


「うむむ……」

 一人で捌き切れるかどうか。大淀さんは困ったような表情を浮かべている。


「……君達」

「「「(ギクッ)」」」

 その時、俺を含めた三人は一斉に背筋を凍らせた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いらっしゃっせー。何名様ですかー」

 数分後。そこにはウェイトレスの恰好をした俺の姿があった。


「坊や! 元気もないし不愛想よ! もっと笑顔で!」

「……いらっしゃいませぇ~。お客様ぁ~」

 必死の作り笑顔。そこら辺のB級ホラーよりも恐ろしいゾンビの顔を浮かべているのだろうなと俺は自覚している。目の前のお客さん達の顔が引きつっている。


 突如足りなくなった人手。急遽、俺と三句郎たちの三人で担当することになった。

 だが、三句郎と牧夫は用事があると逃げ出したため帰宅。”出遅れてしまった俺”は逃げようにも困ってる大淀さんを放っておけずに残ることになった。


 ……俺が店に出るのは店のイメージ的にも不味いのではと最初こそ断った。

 だけど今日だけならばと必死の懇願、そして通常よりも高めのボーナス時給を出すということで俺は嫌々ながらも承諾することになった。


 ウェイトレスと厨房どちらがやりたいかと言われたが、このお店の評判の理由は大半が料理の美味さだ。となれば大淀さんには厨房に回ってもらうしかない。


 俺が厨房に立って、万が一何か変な不幸が起きたら大惨事だ。断腸の思いでウェイトレスの仕事を選んだのである。


「ねぇ、あれって」

「例の疫病神の子よね……」

 当然、お客さん達はウェイトレスの俺を見てヒソヒソ話をしている。

 あんな物好きを雇うお店があるものか。本当にここの店主は人柄がよすぎるだなんて彼のプラスイメージが一方的に上がっていく。


 ……変な噂さえ立たなければ問題ない。

 後は俺が変なミスさえしなければいい。こういった他人からの悪口には多少慣れている。あとはこの営業スマイルとそれっぽい挨拶さえマスターすれば。


「はい、いらっしゃしませぇ~!」

 ぎこちないながらも、今までと比べて最高傑作の営業スマイルを見せつけた。


「……おや、西都君?」

 ___神は無情かよ。

「ふふっ、まさかこんなところで会えるなんてね」

 そこへやってきたお客さんはよりにもよって、“生徒会四人組”だった。


「~~~~!!!」

 俺は顔を真っ赤に染め上げる。よりにもよって一番見られたくない奴らに見られてしまった。最悪だ。


「ほら、お客さんがお通りだよ」

 来栖生徒会長の頬が歪み、目も笑い始める。

「こ、こちらの席へどうぞ……」

 俺は言いたいことをこらえながらも、彼女らを空席へと案内した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 日曜日らしく喫茶店フランソワは大繁盛。厨房の方では大淀さんが一人で喫茶店のメニューをテキパキと作っている。

 あとは今日一日ウェイトレスである俺がスムーズに客を流せるように努力をすることから始まるのだが……。


「ご、ご注文は何がよろしいですか……?」

 俺は緊張の一言だった。

 営業スマイルとやらもそう簡単には出来ないし、実をいうと赤の他人に話しかけるのが凄く苦手だったりと悪循環が多すぎる……が、そこの部分はまだ慣れた。そう、まだいいのだ。


 問題は___この客。


「ふふっ、じゃあ君をテイクアウトしたいかな」

「お客様……そういったサービスは当店ではご提供しておりません」

 俺は笑顔でこたえる。自分でも似合わないと自覚しているキラキラの笑顔で。


 笑顔に見えるだろう? その内心、かなりムカついている。

 本当だったら、今すぐにでもこの生徒会長の楽しそうな顔に水でもぶっかけてやりたい気分。湧き上がる怒りを必死にこらえ、俺は震える手でボールペンを握る。


「そうかい、それは残念……笑顔、凄く似合ってるよ」

 俺と同じように笑みを浮かべる来栖。殴りたい。


「しかし、君がバイトとは……いいかい! 絶対に店主様に迷惑をかけるんじゃないぞ! 何かあったら、俺が直々に物申す!」

 真名井が暑苦しい。うざい。あと、声が大きい。

 お前の方が営業妨害だから店主様に謝ってこい。おかげで集めなくてもいい注目の視線が集中し始めて赤っ恥もいいところ。


 帰ってくれ。頼むから帰ってくれ。

 帰らなくてもいいからせめて、何かしら“刺激”を与えるのをやめてくれ。


 これ以上の爆弾を投下されるものなら……俺は自分を抑えられない。


「やーい、制服似合ってないでやんのー」

 トドメ。綾橋からのちょっかいが投げかけられた。






「……ご注文を繰り返します」

 俺は真顔で注文を繰り返した。


「あれ、怒らない」

「音楽の事を馬鹿にされてないから、セーフなんじゃないかな」

 生徒会連中が何か考察をしているがツッコむのも面倒なので指摘しない。ちなみにだが、来栖の考察は百点満点の正解である。


「もうしばらくお待ちください」


 俺は注文書を手に厨房へと向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「お待たせいたしました」

 数分後。メニューが届く。

 平和は慣れない表情を浮かべながらも、次のお客さんの対応へと向かって行った。


「ふふっ、意外な一面が見れて嬉しいよ。私は」

 来栖生徒会長は携帯電話を取り出すと、必死に働いている彼の画像を取り始める。


 ……思いっきり盗撮であるのだが、平和はそれに気づいていない。

 来栖生徒会長はウェイトレス姿の平和の画像を眺める。


「またコレクションが増えた♪」

 笑顔を浮かべる来栖。

「さぁ、今日もお仕事を終えたところでご褒美タイムだ!」

 満足げな表情を浮かべ、ご注文のケーキにフォークを突き入れた。






(来年の生徒会、絶対に私が牛耳ろう)

 平和への悪戯をずっと眺めていた鵜戸は、打破の計画を順調に進めていた。

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