《◎七夕[2019]特別企画SS◎ ~戦慄のペットボトルチャレンジ~》


 これは、とある日の昼休みの出来事。

 流行とやらに敏感な高校生たちによる悪ふざけの一部始終の物語である。


「ふーー……」


 屋上に集まるはいつものメンツ。

 三句郎に心名と五鞠。そして、一人深呼吸で準備に入る牧夫。呼吸をするごとに頭のリーゼントが携帯電話のように震える。


「どりゃー!!」


 そして、勢いよく足を振り上げ、目の前の標的へロックオン。


 牧夫の目の前。そこにあるのは使われなくなった廃棄品の机。その上に乗っているのは蓋の閉まった水入りのペットボトル。

 牧夫の足はペットボトルの蓋ギリギリを通過する。ペットボトルはその風圧に多少の揺れを引き起こすものの、倒れる様子もなく佇んでいた。



「……クソッ! ダメだったか!」

「うーん、喧嘩番長と名高い牧夫でもダメなものはダメかー、やっぱ」


 悔しく唸る牧夫を横に、五鞠は”当然”のようにやれやれと両手を振り、酷く落ち込んでいる牧夫の背中を何度も摩っていた。



 何やらチャレンジをしているご様子。

 牧夫はそのチャレンジに失敗し、悔しがっているようだった。


「んじゃ、今度は拙者が」

 気合十分。三句郎がエントリーする。


「いやいや、三句郎君じゃ無理じゃないかな」

「たぶんだけど、アンタじゃ無理だと思うよ」


 女性陣二人の速攻の失敗宣言。これには三句郎も「失礼でござるな」と一言咥えざるを得ない。時間が惜しい三句郎は手早くツッコミの一つを終わらせると、牧夫同様に深呼吸をし、ペットボトルに向けて足を構える。


「はぁ~……行くぞっ!」


 精神統一終わり。足を勢いよく振り上げる。



「おい、急に呼び出して一体何の用が、」

「ちぇすとーーー!!!」


 同じタイミング。屋上の扉を開いて平和がやってくる。

 それとほぼ同じ、三句郎の蹴り払いはペットボトルの真ん中に命中し、べこんと凹んだ音を立てながら吹っ飛んでいく。



「ぐぶっ!!」


 クリーンヒット。 

 ミサイルのように飛んで行ったペットボトルは平和の鼻柱を見事につぶした。


「あっ」「あー……」「あ~あ」

 心名に五鞠、牧夫の三人はその映像を見て、気の毒そうに息を吐く。



「……」

 ペットボトルが静かに地面に転がる。

 鼻柱は無事ではあるが、鼻血が出る程には重傷であった。突然の痛みにリアクションの一つはしていたものの、それを終えた平和の顔は不気味なほどに静かで無表情である。


 何の変化もないまま、その表情のまま、三句郎の元へと近づく。


「ま、待って、平和どの。違うんですの。別に恨みがあってやったわけじゃ。ねぇ、お願い、何も言わずにこっちに来るのやめて。ねぇ、ちょ……アーーーーッ!!」


 三句郎の悲鳴が屋上に響いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ペットボトルチャレンジ?」

 数分後。落ち着いた平和はベンチに腰掛け事情を聴いている。


 隅っこではサンドバッグの制作会社もドン引きな程にボコボコに顔面をぶん殴られた三句郎が地に足をつけ唸っている。蜂に刺されるよりも不幸な傷跡にご愁傷さまと言いたくはなるものの、まずは事情の説明が先だった。


「うん! 最近、ネットで流行っててね。こう、ドンと蹴り払いをして、それだけでペットボトルの蓋を開けるのが流行ってるんだ!」

 その場で足を振り上げる心名。思い切りスカートがめくりあがってはいたが、そこはちゃんと一瞬目を逸らす平和。紳士である。


「んで、それを実際に成功させたら、プレゼントの一つを買ってあげようって話になってね」

「なるほど。くだらない」


 至極当然の反論であった。

 出来るはずもないツイッター映えパフォーマンスを豪華プレゼントで釣って男子をムキにさせるなんて一部始終。愚か以外に何がいえようか。


「別にいいじゃねぇかよ~。新しいポマードが欲しかったんだよ~」

「気合の割には夢が小せぇな、お前」


 牧夫の現実的な目的を前にちょっと親近感の湧いた平和であった。


「ったく、んで俺を呼んだのって、もしかして」

「そう! カズ君にもやってほしいのだよ!」

「……はぁ」


 平和は立ち上がり、机の上にあるペットボトルを見つめる。


「一回だけだぞ」

 断ったところでしつこくせがむだけのオチは見えている。ここは素直に従うことがベストであろうかと平和は足を軽く振り始める。


「……クリア出来たら、何でもくれるんだな?」

「ノリノリじゃねーか」


 だが、実は豪華プレゼントの餌に思いきり食いついているのではないかと五鞠は気づいていた。その証拠にうっすらだが平和の目が輝いている。


「その通りだよ! 愛も世界も、私の全部も上げるのだよ!」

「お前の愛はいらない」


 思い切りな罵倒を残し、平和は片足を上げる。

 返ってくるのも目に見えていた解答に心名は足を崩れショックを受けている。しかし、そこを気にしていたら一方に話が進まない。



 速攻で終わらせる。

 成功する気配はないと思うが、なんかの拍子で成功する可能性もある。欲望くらいには正直になって置こうと、片足を上げた。


「ふぅ……はぁあああ……」


 片足を構える。

 







 気合十分。精神統一。

 見えるは水の一滴。


「んっ!!」


 見えた。その刹那の一瞬。

 平和は勢いよく片足を引き上げた!


「チェストーーー!!」





 ”ビリリリリリリリィイイイイ!!”


 


 足がペットボトルに触れる寸前。

 平和のズボンから、何やら不穏な効果音が聞こえてくる。


「……っ」

 すっと手早く、足を引っ込めて股を閉じる。









「誰か……裁縫道具持ってる……?」


 万が一の天運なんて彼に訪れる事もなく。

 彼の夢は刹那の一瞬でズボンの股と同じように避けていった。

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