CASE.41「乙女のシークレット」
「カズくん! 今日の放課後、私の“下着”の買い物に付き合ってほしいんだよ!」
「やだ」
休み時間。心名は何の躊躇いもなく大声で誘ってきやがった。
下着。間違いなく男子に付き合わせるものではない買い物へのお誘いだった。
「……ひとまず、話を聞く」
誤魔化そうにも今日は本を持ってきていないし、スマートフォンを駆使してブログやツイッターを見ようにもこれといった更新がない。心名を受け入れる事しか出来ない俺は大人しく用件を聞くことに。
「実はね、ここ最近豊胸マッサージに凝っていて。ほら、カズくん、胸が大きい方が好みだってわかったから」
言ってないから。胸が大きい方が好みだとは一言も言ってないから。三句郎から借りたエロ本とかで勝手にお前が判別してるだけだから。
「その努力が実ったのか、ここ最近成長したのだよ!」
成長した胸を見せつける様に堂々と俺に胸を張る。
そのドヤ顔。顔面に正面からチョップを突き入れてやりたい気分である。
「そしたら下着が合わなくなってしまったので、その買い物に付き合ってほしいのだ」
「理解した。そこで俺から質問」
エクステをいじりながら、俺は心名に問う。
「俺を連れてく必要はないと思う。下着くらい自分で選べるし、それにそういうのは同姓である五鞠で事足りる。俺じゃなくていい。論破」
「必要はある!」
俺の机を力強く叩いて、心名はぐいぐいと顔を近づける。
「カズくんが好きそうな下着をつけることによってポイントをあげる寸法なのだよ!」
それ、本人に言ったら意味ないのでは。
「カズくんには、私の事で妄想に耽ってほしいのだよ。今までと同じように君の頭の中で私が弄ばれて……ぐへへへへ」
(気持ち悪ィ……!!)
お前の中で俺はどういうキャラクターになっているんだ、おい。心名の下着姿を想像するなんてことは微塵も……ない。
「というわけでついてきて」
「無理」
俺は即答で断った。
「なんで!? 買い物に付き合うだけだよ!?」
「……お前さ。少しはイメージしたら!?」
心名の額をつつきながら反撃する。
「女性の下着売り場に俺みたいな高校生や成人男性がいてみろよ! 怪しいだろ? 通報したくなるだろ? 頼むから俺を性犯罪者にするな?」
そもそも、俺の場合はこの商店街や学園での評判もある。それに、生徒会が仕掛けてきた“例のエロ本騒動”から三日も経ってない状態だ。
放課後の時間。帰宅途中の女子生徒やOLなどが“女性下着売り場”にいる俺を見てみろ。間違いなく通報される。高校生だから注意程度で終わる可能性はあるが、少なくとも面倒なことになる。
だから行きたくない。
恥ずかしいという意見もあるが、俺はこの人生で犯罪者のレッテルを貼られたくない。
「じゃあ変装しよう! サングラスとマスクを貸してあげるから、それで一緒に」
「怪しさ増してない、それ?」
そこまでくれば本当の意味でタダの不審者だ。
「俺は絶対に行かないから」
「お願いだよ! 私はカズ君に選んでほしいのだよ! じゃないと、せっかくの計画が台無しなのだよ!」
だから、それは本人にバレてる時点で本末転倒。計画として破綻してる。
第一、それを本人に選ばせるなんてどれだけ馬鹿正直な神経をしているのだ、この少女は。
「自分の下着くらい自分で選べ」
「お願いだよ! 何なら、私の代わりに買いに行くという手段も」
「一緒に行くより地獄!!」
俺を下着売り場に近づけさせない手段はないのか。
「じゃあ、買わなくてもいい! カズ君が好きな下着を撮影して私に送ってくれれば、後日買いに行くからぁッ!!」
もう、逃れられようがない変態になってしまった!
そのくだりを見られたら、次から俺は胸を張って学園の門をくぐれなくなる!
「それこそ逆でいい! お前が写真を取って、俺に選ばせればいい!」
……その時、俺はハッとなった。
自分が何を言ったのか。
とんでもないことを口走ったような気がして。
「わかったよ! いっぱい画像送るからお願いだよ!」
心名は満足そうに前を向く。
……俺のSNSアプリに下着の写真を送れ。それを俺が選ぶ。
会話の流れからして、俺が口にした内容はそういう結論に至る。
「やっちゃったぁあ……」
不穏な空気。男性陣からは嫉妬の目線。女性陣からは殺意の目線。
負の連鎖巻き起こる悪夢な空気。読書用の本もスマートフォンのツイッターも使えない俺は逃げ場もなく俯くことしか出来なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
放課後。心名の下着の買い物に付き合うことなく家に帰宅。
俺はコーヒーを飲みながら宿題を始めている。特に予定もなかった俺は早いところ終わらせ、何かしら作曲でもやろうかと計画している。
……ただ、その前に。宿題の最中に飛んでくるであろう写真に身構える。
下着の写真。大量に送られるその画像から一枚選べと言うあまりに酷な仕事が待っている。それを考えるだけでドッと溜息を吐きそう。
下着の写真。それを一枚選ぶだけ。
やってることはかなりアレなような気がするが、そこまで時間がかかることもないだろう。俺は携帯をスタンバイしながら、宿題をスムーズに進めていた。
「あっ」
通知が来た。
画像だ。俺のラインに彼女からの写真が送られてくる。
果たして、どんな写真を送ってくるのだろうか。
女性下着などに特に知識もないし、それといった興味もない。適当に一枚選んでさっさと終わらせることに……
「ぶふっ!?」
___瞬間。
携帯を開いた途端にコーヒーを口から吐き出してしまった。
「あわわわわわ……!!!」
汚れる机。濡れてしまうノート。悲惨な状況を目の当たりにするがそれよりも先に、思わず投げ出してしまった携帯へ恐る恐る近づいていく。。
____俺は即座にSNSを通じて、心名に通話を入れる。
『もしもし~?』
理由は簡単だ。
ラインに送られてきた画像は何故なら___
「お前ぇ……!!」
『似合ってるかな?』という文字とセットで送られてきた、“青い下着姿の心名の画像”だった。
「お前お前お前お前お前お前ぇッ!! いい加減にしろッ!!」
『あれっ!? 激怒するほど似合ってなかった!?』
心名は恐らく、その姿のまま試着室で電話に出たのだろう。激怒している俺の声に怯えているようだ。
怒るのは当然だろう。あんな心臓に悪い画像を急に送る馬鹿はいない。しかも異性相手に何の警戒心を見せることなく堂々と。無防備過ぎる。
怒鳴りつける。沸騰寸前の脳裏を必死に抑えながら心名に説教をした。
「お前は安くないんだッ! もっと大事にしろッ! そんなに何の恥じらいもなく肌をさらすような真似を次にしたら、本気で怒るからなッ!?」
『……カズくん、私の心配を?』
あれ、ちょっと待って。
俺、今、心名に対して何て言った?
説教したのは覚えている。とりあえず、頭を整理してさっき言った事を思い出す。
……俺の頭は違う意味で沸騰しそうになる。
取り返しのつかないことを言ってしまったような気がして。
『嬉しいよっ……カズくん、私の事をそんなに大切に』
「待て、何か勘違いを、」
『うん! 自分を映すのはやめる! だから、ちょっと待っててね!』
一方的に切れる通話。
静かな空気。そして机の上にぶちまけられたコーヒーと宿題のノート。地面に転がる自前のコーヒーカップ。
通知音が鳴り響く。それはきっと下着だけを撮った写真だろう。
「仕方ない、か……はぁ」
とっとと選んで終わらせよう。そして、忘れよう。
明日のための言い訳も考えておかなければと携帯に手を伸ばす。
「……って、ちょっと待て」
心名とのSNSの会話を開く前に手が止まる。
グループを開く。すると、あの“例の画像”がこの目に入ることになる。
きっとそれだけじゃない。
下着だけの画像を見た時。俺の頭に広がる風景はきっと……。
「……うぐぐぅ」
携帯の画像を開く。震える手を抑えながら、俺は細目で画面を見る。
この一通りの出来事が終わるまで、三十分近くと随分心臓が悪い経験をする羽目になってしまった。
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