CASE.39「ポーカーフェイスが似合わない」


 ……生徒会室に俺達は足を踏み入れた。

 奴らの狙いは一つ。報復一点のみだ。


 気にしなければいいだけの話。だが、彼女たちは俺の逆鱗に触れた。

 ”俺の音楽を貶しやがった”。ぜってぇゆるせねぇ!!


 そこまで望むのなら、決着をつけてやる!俺は、生徒会室へと足を踏み入れた。


「いらっしゃい、よく来てくれたね」

「……要件はなんだ」

「いやいや、君の方から来たのに、その一言はおかしいだろう?」

「”よく来てくれた”なんて口にしておいてさ」


 来栖生徒会長は会長席で扇を振っている。


「今度こそ”文句なしの勝負”をしてやるよ……納得のいく決着をつけようじゃん」

「そうこなくっちゃ」


 そっと、テーブルの上に”勝負方法”となるアイテムが置かれる。


「仕掛けも何もない。勝負を神に委ねるとしよう……”ポーカー”だ」


 ポーカー。運が絡む勝負ともなれば俺の勝利は絶望的になる。


「……いいよ」

「おい! いいのか!?」


 それを理解している牧夫も当然止めに入るが俺は逃げない。

 そうだ。絶望的な勝負だからこそ、こちらが勝てば向こうも納得がいく。完全な勝利を見せつけるべく、俺はポーカーでの勝負を引き受けた。


「ふふっ、いつもよい聞き分けがいいじゃないか」

「ほざいてろ」


 俺達は客用のソファーに同時に腰掛けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ルールは分かりやすくするとのことでコインなどのベット制はなし。五回勝負をして勝った回数が多い方が勝ちというシンプルなルールだ。


 ___バトルが始まってから現在二試合目。


「どうだっ!」


 3のカードが二枚と4のカードが二枚のツーペア。手札をテーブルに叩きつける。


「おっと、今回は運が悪かったか。ワンペアだ」

「よし……!」

 何とか一勝を掴んだ。

 俺は運よく二戦目で勝利。一戦目はノーペアの敗北で幸先悪すぎたのでここで流れを掴みたい。


「じゃあ、次の勝負だ」

 真名井の手によってシャッフルされる新しいトランプ。

 一試合ごとに新品のトランプを使うようだ。イカサマ防止のため、開封後互いに中身を確認。枚数確認なども終えたところで、試合には関係のない牧夫と真名井にそれぞれ手渡しシャッフル。


 イカサマもないことを確認し、新しい手札がそれぞれ配られる。


(おっ)

 手札には8のカードが二枚並んでいる。スリーカードのチャンス。

 となると交換するのは残りの三枚のカードだ。ジョーカーでも引ければ更に強い役を狙える。


(よし、来い!)

 配られる手札。

 8が一枚とハズレが2枚。結果はスリーカードだ。


「スリーカード」

 俺は手札を再び、雑にテーブルへ叩きつける。


「おっとすまないな。“フルハウス”だ」

 スリーカードよりも強い役を見せつけられた。


 Kが三枚に8が二枚。紛れもないフルハウスである。


「ちっ……!」

 これで俺の二敗。リーチがかかってしまった。


「さて、すぐにでも生徒会にはいれるようにサイン用のペンを用意しておいた方がいいかもね」

 来栖は勝利宣言をしながらコチラを見つめている。可憐な表情なのに悪役ヅラが似合うのはやはり日ごろの行いだからだろうか。黒い衣装が余計に悪役感を滲み出す。


 綾橋がそそくさとカードを回収し、次のトランプの開封を始めた。


「……ん?」

「どうした? 三句郎?」

「いや……」

 三句郎の様子が一瞬おかしかった。目にゴミでも入ったのだろうか。


 綾橋が新品のトランプを開封。俺と来栖は互いに細工のないトランプかどうかを確認する。そして今度は三句郎と真名井がそれぞれカードをシャッフル。真名井の手によって、俺と来栖の手にカードが配られる。


 これを最後の勝負にするわけには行かない。

 互いに手札を確認。カードを視認する。


(げっ……!)

 やはり今日は運が悪いらしい。

 ノーペアだ。見事なまでに何の希望もない最悪の手札。


 こういう勝負は敵にどのような手札が悟られない為にポーカーフェイスというものが重要らしいがそんなの見せられるほど俺には余裕がない。手札がノーペアであることを相手に悟られてしまった。


 現にそれに気付かれたのか来栖はずっと笑っている。そのニヨニヨとした面があまりにもムカついてしょうがない。


「どうする? 降参する?」

「……運で勝負する、って言ったよな」

 俺は四枚の手札を引く。


「……やってやる。そらっ!」

 四枚のカードの交換を宣言した。


「えっ」

 綾橋が声を上げる。


「おやおや、ゲームを捨てたかい?」

「俺が生徒会に入るなんて百パーセントあり得ない……思わぬ大勝利が待ってるかもな……!」

 真名井から四枚のカードが配られる。

 五枚のカードを裏返しにしたままシャッフル。今までにないくらいお祈りをした後に、配られた手札を全てオープンした。


 ___ハートのK、最初から持っていたダイヤのQ、スペードのJ。


「おっ?」


 ___スペードの10。



「おおっ?」





 スペードのK。




「ちきしょォオオオッ!!」

 俺は手札を握りしめたままテーブルをぶん殴った。

 確定した。もしかしたらストレートが出るんじゃないかと思ったのにこの展開。やっぱり、そんなご都合展開が味方するほど世の中は甘くない。


 負けた。完全に負けた。

 ワンペアで勝利は確率が低すぎる。


「……その様子だと、手札はゴミのようだね」

 来栖はニヤリと笑みを浮かべる。

「もう見る必要もなさそうだ。それじゃ、今からクイーンに相応しい手札で勝負を決めてあげるよ!」

 既に交換を終えた来栖は勢いのままに手札をテーブルに叩きつける。


「女王のファイブカード! 私の勝ちだっ!」

 その手札は何とQのカードが四枚とジョーカーが一枚のファイブカード。

 それは文字通り女王の手札。完全に運を持っている来栖と、不幸にまみれた平和。変えようのない運の差が生み出した最強の手札だった。


 ……勝利は見えなかった。

 ストレートさえ出ればチャンスはあるかと思ったが、あんな手札だったのならどのみち勝利は出来なかった。ここまで運に見放されるものか。


 俺は手札を握りしめたまま唸る。

 よりにもよって、5ゲームに突入される前にファイブカードでとどめを刺されるとは。俺にはやはり神様というものがついていないのか。


 女王のファイブカード。そんなに運よくQ四枚が___


「……んん?」

 ”女王のファイブカード”?俺はそこで違和感に気付く。


「さてと、それじゃあ約束通り生徒会に入ってもらおうかな」

 三勝したというところで来栖の勝利は確定。笑みを浮かべながらテーブルに置いた手札を回収しようとする。


「……待て」

 させない。俺は来栖の手札を取り押さえた。


「おいおい、まさか泣きの一回とでもいうのかい? 駄目だよ、勝負はちゃんと、」

「……うん、クイーンが四枚。ジョーカーが一枚。間違いないな」

「ああ、そうだ。正真正銘本物のファイブカードだよ。それが?」

「なんで」


 俺は握っていた手札をテーブルに叩きつける。




「……なんで、“クイーンが五枚”あるんだ?」


 違和感。その正体。

 それは”イカサマのない新品のトランプ”では絶対にありえない光景。


「あぁっ!?」

 来栖の顔色が途端に悪くなった。


「……真名井! 言われたとおりにシャッフルしたのかい!?」

「すみません。こういうのには不慣れで」

 慌てた来栖は”妙な会話”を真名井としている。間違いない、やっている。この連中は”やってやがる”。


「今すぐにトランプを見せろ。今すぐにだ」

 そのトランプ。

 “細工”されているのは間違いない。


 その決定的証拠を逃がしてなるものか。俺は早く渡せと真名井の手にあるトランプを凝視している。


「おいおい。疑うのはトランプじゃなくて、自分の音楽の感性だけにしとけよ」

「ま゛す゛は゛お゛前゛か゛ら゛消゛し゛て゛や゛るッ!!!」

 テーブルに置いてあった花瓶を持って立ち上がる俺。暴言を吐いた綾橋に制裁の一つでも与えてやる。

「やめるんだ平和!」「暴力に頼ってもいい事なんて何一つねぇぞ!!」

 それを即座に止めに入る男性陣に、綾橋を庇う女性陣。




 ___カードの確認に入るまで数分の時間がかかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後。カードの確認を終えた俺。


「……いつの間にカードをすり替えやがったんだ」

 回収したトランプ。その枚数は明らかにおかしかった。


 普通のトランプの束。”枚数がオーバーしてる部分”から、“10からAだけ”のカードが仕込まれていたのだ。


 三句郎からカードを受け取った真名井は、片手に隠しておいたそのカードの束を上からセット。その部分のみをシャッフル。最後の一番下の五枚を上にセットし、それを俺に配った。


 これで俺の手札はゴミで始まり、アイツの手札は中々強い状況からスタートする。だから、さっきの交換でやたらと強い役が揃いかけたのだ。四枚交換を宣言した時、綾橋が声を上げたのは、イカサマがバレる危険性を恐れての事だろう。


 それに考えてみればおかしいところが三試合目にもあったのだ。

 あの時、思い出してみれば“8のカード”が五枚あった。俺は勝ちに固執してそれに気づかなかった。


「おい、正々堂々運で勝負するって言ったよな。これが女王のやり方ですか?」

 俺はクイーンのファイブカードを見せつけながら、正座の来栖へ視線を向ける。


「卑怯な連中ですね。恥ずかしくないんですか?」

「それ、数日前の君が言える口じゃないと思うんだけど!?」

 実際その通りだと思うが、細かいことは気にしない。


「これはお前達の反則負けでいいですよね?」

「いや、それは」

「おいおい、随分と都合がいい連中だな」


 俺はファイブカード片手に睨みつける。


「……じゃあ、この勝負は反則負けでいい。でも、以前の料理対決や野球対決で君の反則は明らかに露見している! それを含めたとなれば、トータルは二対一で私たちが勝ってることにならないかい?」

「じゃあ、反則が絡んだ勝負は無効。結果勝利者なしの引き分けでいいか」

「私が言うのなんだけど、強引だねぇ!?」


 知った事か。勝負は無効だ無効。

 昼休み終了のチャイムが鳴る。ファイブカードをテーブルに置いて背伸びをした。


「じゃあな、二度と俺にかまうな」

「うっせぇぞ、バーカ。センスのセの文字もない底辺アーティスト」

「●ね」


 綾橋の暴言。逆鱗の俺。

 俺を止める男性陣。綾橋を庇う女性陣。


 こうして、今までの戦い全ては無効となった。

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