CASE.36「激震! 迫真! ストレート!」


 本来は野球部が使うはずのマウンド。観客席は満席。

 生中継のために用意された専用のカメラが、ピッチャーとバッターの二人へ交互に向けられる。


「さぁ!これより私の仇討ちが始まるわよ!」

 マイクを片手にカメラのレンズを掴む来栖生徒会長。

 さっきの八百長試合のショックから復活はしたようだ。ものすごく納得できない旨を強く語り続けていたらしいけど気にしない。


「対戦相手は我らが真名井航平と学園の変な意味でのアイドル・西都平和君よ! というわけで、西都君、一言どうぞ!」

「帰っていい?」


 ヘルメットをかぶった俺はインタビューに答えた。

 

 何と言う事か。先程の八百長試合が気に入らなかった件と、俺の一本背負いで保健室送りにされた件の両方によるお怒りで……生徒会の体育会系・真名井航平から別の決闘を挑まれてしまったようである。


 色んな生徒から悪人扱いされてタダでさえ面倒な空気。こんな湿っぽい時期のマウンドに立たされるなんて最悪極まってきた。


「西都平和!貴様の悪行もここまでだ!」

 真名井はボール片手に昭和アニメさながらのポーズを取る。


 見ての通り、勝負内容はバッティング対決だ。それぞれピッチャーとバッターを交互に行い、先にヒットを許してしまった方の負け。


(ったくマジで面倒な)

 本当だったら今日は真っ直ぐ帰って、応援しているロックバンドのアルバムを聴きながら読書でもしようと思ったのに本当にいい迷惑である。


「貴様が負けたら、この場を借りてしっかり謝罪をしてもらうぞ!」

「はいはい、わかったわかった」

 この男、悪い奴ではないのは分かっている。現にこうやって謝罪を求める理由も学園の笑顔のため。全ては学園の風紀のためである。




(ぶっ潰してやる)


 ……だが、ハッキリいってウザい以外の何物でもない。

 事情を知らないとはいえ、この男に色々と正義を語られるのは何だが無条件でムカつく。向こうが正しいのだけど。


(けど、どうしよ。俺、野球とかほとんどしないし)


 しかし、困ったものだ。

 俺はバットを握りながら、ボールを投げる準備に入る真名井に目を向ける。


(しかもアイツ……体育だけなら、この学園一だ)


 そうだ。執拗以上に言うが、あいつはこの学園でもトップクラスのスポーツ能力を持っている。

 不意打ちで一本背負い食らって保健室送りにされたり、殺人アイスチョコレートを口にして気を失ったりと、間抜けな映像が目立つコイツであるが……そのスポーツの実力だけはガチで認める。


「行くぞっ!」

 まずは練習の一球。デモンストレーションの一発が飛んでくる。


 ミットにとてつもない音が響く。時速もかなりのものだ。

 そう、この男はその実力からか部活に助っ人として参戦することが多い。暑苦しいと女子には嫌われているが男子には引っ張りだこである。陸上はプロも顔負けだし、水泳だって爆速。ありとあらゆるスポーツをマスターしているのだ。彼は。


 正面からぶつかって勝てる相手ではない。普段から家に籠って音楽を聴くか、勉強をするか、本を読んでるかの三択しかないインドアの俺が勝てる相手じゃない。


 ……だが、負けられん。

 真名井に負ける。そしてこの試合は“生徒会のバックアップ”があってこそ実現しているのだ。


 つまり負けたら、“生徒会の勝ち”とか言い出しかねない。

 それを理由に来栖生徒会長がまた調子にのる可能性がある。それを阻止するためには意地でも勝つしかないのだ。


「おー、盛り上がっているでござるなぁ」

「ファイトだよ! カズくん!」

 観客席から身内の声。なんと呑気な。

「楽しそうだなー! 俺も混ぜてくれよ!」

 ああ、そうだよ。混ざると言わずに変わってくれよ。いますぐに。

 牧夫の発言にイラっと頭が熱くなる。


「いいか、平和! 左手は添えるだけだぜ~!!」

 バスケットボールだ! それは!!


「準備はいいか……何か言い残すことはあるか」

「特にない」

 すまないが、俺は歴戦の戦士とかそういうのではないし、何よりこんなところで年貢を納めるつもりはない。


「アンタを黙らせる。それだけだ」

「威勢の良い!!」

 何故か俺を虐めることばかりを楽しむ生徒会長にでかい顔をさせない為に意地でも勝利してみせる。


 構える。一本足打法とか変なポーズもとってみたりする。

 野球の経験何てほとんどない。時折、例のバッティングセンターに遊びに行って軽く振る程度だ。その圧倒的差は簡単に縮まるものではない。


「食らうがいい! 俺の正義の投球をぉおおおお!!」


 ……ものすごい球速。

 そう易々とヒットを許す相手ではないだろう。


「行くぞぉっ!!」

 ボールは時速100km以上のストレート!

  文字通り、真っ直ぐかつ攻撃的なボールで勝負を挑んできた。


(ストレート! 変化球じゃないな……!)


 バッティングセンターでつじかった腕はある。

 飛んでくるボールを目でとらえる。場所をしっかりと捕捉したところで力強くバットを握り、両足を踏ん張った。


(……よしっ)

 捕えた。見事にボールを捕らえた。

 バットによって弾かれたボールは運が悪くもピッチャーフライ。







 ___だが。



「死ねぇッ! スポーツ馬鹿がッ!!」

 ボール直撃後、俺の腕から離れるバット。

 ボウガンのように飛んでいく金属バットが真名井の腹めがけて飛んでいく。


「ぐはぁあああっ!?」

 クリーンヒット。腹を捕らえた。

 シャレにならない叫び声をあげて、真名井はそのままピッチャーフライを見逃してしまった。


「あー、いつもの不運でバットが離れちまったー。こりゃ、事故だし仕方ないかー」


 これぞ必殺。 殺人平和ミサイル。真名井航平、討ち取ったり。

 ……危険ですので絶対に真似しないでください。バットはしっかりと握りましょう。俺とのお約束だよ?


 今の攻撃は事故であると言いながら一塁ベースへと向かって行く。真名井は腹部を抑えたまま立ち上がることはなかった。


((今、思いっきり“死ね”って言ったような気が))

 身内からの疑いの目つきとか、他の客からブーイングが観客席から飛んでくるが俺は気にしない。そもそも、プロが素人相手にこういう勝負を挑んでくるのが理不尽なのだ。これくらいのキャノンボールはセーフだよセーフ。 ※アウトです。


「事故かぁ~。じゃあ仕方ないかぁ」

「いや、事故じゃないでしょ。アレ」

 五鞠、お願いだから事故だという事にしといてくれ。大丈夫、多少反則をしただけであって犯罪ではないんだから。 ※事例によっては犯罪です。


「生徒会長、申し訳ございません……がくっ」

 真名井航平は気を失った。その雄姿はここにいる観客全員が焼き付けた事だろう。それで例の評判がなくなるかどうかまでは知らないけれど。少なくとも、今日一日はヒーローである。間違いなく。


「ぐぬぬ……西都平和ぅ……!!」

 悔しそうな目つきで俺を睨んでくる生徒会長。扇の代わりに握られたマイクを二つに折ってしまいそうな勢いであった。



(全く……)

 不機嫌ながら、俺は生徒会長から目を背けた。

(なんで、ここまでして俺に付きまとう?)

 こんなお膳立てまでして、俺を恥晒しにしたいのか。そこまで客寄せパンダに仕立て上げたいのか。


 俺が何か、恨まれるようなことをしたのだろうか。

 例の不幸体質のこともあってか思い当たる節はありそうで困る。だが、来栖龍花と過去に交流したことは一度もないと断言は出来る。


 俺が気に入らないのか。はたまた、面白がっているだけか。

 理由はどうであれ、面倒以外他ならない……俺はヘルメットを脱ぎ捨て、マウンドを去って行った。

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