CASE.35「ブラック・ビターなキャット・ファイト」


 数 日 後 。


「さぁ、始まりました! 我らが生徒会長VS学園のプリンセス高千穂心名の一対一の真剣勝負! 実況はワタクシ、真名井航平がお送りいたします!」


 突如、学園に響き渡る校内放送。

 そして各教室にセットされたテレビには現在中継の映像として放送室の空き部屋が映っている。真名井航平がマイク片手に熱狂している。


「さぁ、突如始まったバトル! 今回は審査員として例の彼をお呼びしています!」

 映像が反転する。


「それでは、審査員の“西都平和”君! 一言どうぞ!」

「帰っていいですか?」


 生放送だろうと空気読めてない感全開のコメントをしてやった。


 帰りたい。折角の昼休み時間、屋上で弁当を食べたい。いつもは興味ない三句郎のアニメ談義でも何でも付き合うから、そっちへ逃げたい。お願いだから。


「さぁ、今回の勝負は……一足先のバレンタインデー!」

 聞けよ、筋肉バカ。


「チキチキ! めっちゃ美味しいチョコレート対決だーーーッ!」

「ねぇ、バレンタインデー半年先なんだけど」


 一足先どころか数キロはあるわ。あと対決名もうちょっとどうにかならなかったのか、ストレートすぎてバラエティ番組のミニコーナーみたいになってるぞ。

 というか何故に料理対決なのか。訳が分からない。B級ライトノベルではお約束だと聞くがそんなものなのか。


「ルールは簡単! チョ、」

「チョコレート作って美味かった方が勝ち。はい、以上」

「西都ッ! 審査員がルール解説するんじゃぁない!!」


 ……ひとまずたった今、勝負方法を知らされた俺。

 あの二人が勝負をすることになったことは前より告げられていた。今日の昼休みにそれをするから付き合ってほしいと前もってアポも取ってある。断ったけど、無理やり連れて来られた。もうこの際どうでもいい。


 ___だが、肝心の勝負内容はたった今、知らされた。


「昨日の晩に二人は既にチョコレートを作り終えております! それでは早速お二方、意気込みをどうぞ!」

「今日こそ潰すよ、高千穂心名」 


 初っ端から殺害予告ですか生徒会長。

 扇片手に心名を挑発する来栖。悪役姿まで似合うのが不思議なところ。いや、完全に俺のフィルターが原因なのだが。


「こっちだって! 今日こそ年金の納め時だよ!」


 年貢だろうが。保険の折り込みチラシか。

 校内生放送にて相変わらずの馬鹿を心名は晒してしまっていた。


「ぐぐぐ……!!」

「このぉ~……!!」


 何はともあれ飛び散る火花。

 心名はヤケに来栖に対して対抗意識を燃やしている。単に俺にちょっかいをかけるのをイジメと思っているのか、それで怒ってくれているのかもしれない。


 嬉しい。その気持ちは素直に嬉しい。


「少しは品格というものを知ったらどうだい? お父様が泣いてるぞ?」

「品格って何! パパは『そのままの君でいて』って言ってくれるもん!!」


 そして来栖も心名のことを気に入っていないようだ。邪魔を入れられることが不愉快で仕方ないらしい。あの悪役令嬢ならば間違いなくそう思っているだろう。


「はぁ……はてさて、どうなるか」

 緊迫とした空気の中。俺は冷や汗をかきながら震えている。


「おお、この勝負。何はともあれ気になるか」

「当たり前だろ」

「無理もない。美女二人からの手作りスイーツ。意識しないはずが、」




「ああ、ごめん。俺の命の問題」


 ……アイツ(心名)が何を作ったのか不安で仕方がないのだ。


 しかも今回のお代はチョコレート! 何か余計な”隠し味”を仕込んでるに決まってる!今日は 本当の意味で年貢を納める事になりそうだ!


「父さん母さん、悠希。先立つ不孝を許して」


 今のうちに念仏でも唱えておこうかと震えている。

 こんな俺に気にする間もなく、第一ラウンドの鐘は鳴らされるわけだが。


「まずは私の番だね」

 それにしてもこの生徒会長ノリノリである。


 学園を盛り上げることに関しては全力を捧げるのがこの会長の良いところである。人当たりは完璧な所もあって、常にこの学園は俺という存在がいようと笑顔で溢れている。


 ……ただ、俺を餌にして盛り上げるのはやめてほしい。



「さぁ、食べるんだ! 西都君!!」

 脅迫じみた声で来栖は俺にチョコレートを差し出した。


「……普通に美味そう」

 普通に美味しそうなトリュフチョコレートである。

「当たり前さ! 納得がいくまで作り直した逸品だ。抜け目などありやしない!」

「いただきます」

 会長の言い分は無視し、俺はそのチョコレートを一口。


(うわっ、美味っ……!)

 この生徒会長。完璧超人とだけあって料理も一流だ。

 当の会長は今も『最高級品のチョコレートが』とか何かとか、スネ●みたいなことを呟き続けている。相当、金と力を入れたに違いない。この会長、マジだ。


「美味い……けど」


 認めるしかない。美味い。三ツ星あげてもいい。悔しいけれど。


「ふっ、当然さ」

 正直、不味いと言える空気じゃない。俺からの返事に生徒会長は満足そうに笑っている。それこそ、悪役令嬢っぽさ全開でね。


「何の! 次は私の番だぁ!」

 心名は手作りのチョコレートを差し出した。



「……ん?」

 目の前に出てきたチョコレートは、サイコロのように真四角。


 ___”真四角”?

 キューブ上のチョコレートがゴロゴロ、ガラスの皿の上で転がっている。


「……いただきます」

 最初から不安全開だが、見た目はチョコレートではある。


 しかし何故だろうか___ヤケに”ヒンヤリ”している。

 暑苦しい真名井がいるこの現場で冷たいものを食べる。それは快適だろうが、この冷たさが余計に嫌な予感を研ぎ澄まさせる。


 覚悟を決め、口に入れる。キューブ状の何かを。


(……ッ!?)

 ___電撃走る。

 口に入れた感想を素直に述べよう。



(かってぇええッ……!?)

 固い! 噛み砕けない!!

(あと、なんだ、この”妙な爽涼感”……!?)

 なんか舐める毎に妙な甘さと、変なのどごしが襲ってくる!


「んっ……ごくっ……!」

 何とか頑張って口で舐めとり続けて、柔らかくなったところを噛み砕く。


 ___この感覚。何処かで味わったことが。


「……心名、これどうやって作った?」

「よくぞ聞いてくれたのだよ!」 

 胸を張って心名が解説を始める。


「まず、取り寄せたチョコレートを用意する」

 話を聞く限りでは、来栖のものと負けないくらいのブランド品を用意したようだ。その一件を聞く限りでは期待は深まってくる。


「そのチョコレートを“お湯の入った鍋”に投下します」


 最高級品チョコレート。開封して4秒でドブに捨てられる___

 何ということだ。このチョコレート、湯煎されていない。お湯に直接投下されている。その地点でもう敗北必至。


「そこへ牛乳とか砕いたピーナッツとか……あとは、健康のためにミントとカレーバウムを」


 なんでもかんでもハーブを入れんな!!

  ハーブに信仰心か何かを抱いてるのか貴様!!


「あとは隠し味を入れて~……何故か冷蔵庫で固まらなかったから、冷凍庫で固めて出来上がりだよ!」


 要はこれ___”溶けたチョコ混じった湯の中に、砕いた豆と雑草を入れて固めただけのダークマター”だな、コレ。妙に固い原因はそれか。


 だって、チョコじゃないもん。異物混じった氷だもん。これ。


「さぁ、どっちが美味しいか白黒つけよう」

 来栖がこちらを見てくる。


 うん、ハッキリ言えば来栖の完全勝利である。

 ……だが、コイツに勝たせると後が面倒になりそうで怖い。それだけはどうしても避けたい。


 だから、俺は言ってやった。

 そうだ。心名の勝ちだと言って、この戦いに終止符を打たせるのだ。


「……どちら、も、甲乙、つけがたいが……心名、の方が美味、かった、よ?」

「瀕死の状態で呟かれても説得力ないよ」


 畜生。やっぱりダメか。

 この絶望的な不味さを馬鹿正直な顔面が隠し切れなかったようだ。


「駄目だな。もう一人食して勝負を決めてもらおうか。というわけで真名井」

「お任せを!」

 真名井は来栖の指示を受けてチョコレートを口にする。まずは来栖のだ。


「美味い!」

 真名井は即答。実際そのチョコレートはマジで美味い。

「次に高千穂の……」

「噛み砕け。すると美味さが分かる」

「そうか、分かった!」

 そう言って真名井は“チョコレートの氷”を一つ、口の中に放り込んだ。


「ふんすっ!!」


 そして噛み砕いた……石のように固いダークマターの氷を。

 ”ガリィイイッ!!”っと、その衝撃的な音がマイクに反響する。







「……ぐふっ」


 ___逝ってしまった。


 静かな空気。マイク片手に倒れてしまった真名井を前に三人は黙り込む。


「……絶頂するくらい美味しかったみたいだな」

「絶頂じゃなくて失禁だよね、これ!?」

 来栖のごもっともな反論である。


「だが、コイツは不味いとは一言も言ってない。よって判別不可。美味いと言ってたかもしれないだろ?」

「クソッ……確かに一理ある!」

 変なところで潔い。言ってみるものである。


「……ところで心名、隠し味って何を入れた?」

「てへっ、内緒だよ?」

 言え。今すぐ言え。この熱血馬鹿の年貢を納めさせた謎の食材の正体を言え。

 可愛らしいポーズを取っても誤魔化せるものか。一回マジでしばいてやろうか。


「なら、他の審査員を」


「うん……美味い、ですね……どちらも、げふっ、良かったですが……お嬢様のが美味しい……ごほっ……です、よ?」


 ”救世主”あらわる。


「君は清武五鞠!? いつの間にここに!?」

「よってこの、勝負。お嬢様……うぐぅ、勝ちっ……ひっく」


 いつの間にか放送室にいた“五鞠”はものすごく青ざめた表情で来栖にそう言った。あまりの不味さに涙まで流しているが気にしてはならない。


「なんで君がいるの!? というか、そうまでして美味いと言い張る君たちの根性は何!?」

 これには流石の来栖も呆れ果てていた。


「決まりだな。3(?)対0でお前の負けだ」

「うぐぐぐ……!」

 うん、わかるよ。悔しがる気持ちわかる。実際満場一致でお前の勝利だよ。今まで食べたことがないくらいに美味しいチョコレートだったよ。罪悪感は芽生えないけど、一応謝っておくよ。ごめんね。


「……今日は負けだが、次は覚えていろっ!」


 素直に負けを認めて、来栖生徒会長はその場を去って行った。こういう潔さも人気の秘密なんだろうなと、口直しに来栖の作ったチョコレートを食べながら思った。

 それにしても本当に美味しいなこのチョコレート。自宅で勉強してる時の間食として是非ともほしいくらいである。ココアとの相性がよさそうだ。


「やったー! 私の勝ちー!!」

「お見事……お嬢様……あ、おばあちゃん。元気? うん、私も元気……」


 ……というわけで心名の勝利に終わった。

 心名は勝利の嬉しさのあまりに従者の五鞠に抱き着いている。五鞠はチョコレートのあまりの不味さに死にかけているけど。なんか幻覚見えてるけど。


「んじゃ、帰るか」


 何はともあれ、やっと解放された。

 俺は立ち上がり、口直しのチョコレートを食べながら放送室を去ろうとした。


「待ていっ!」

 呼び止められる。顔色を悪くしながら立ち上がった真名井に呼び止められる。よかった、生きてたね。


「まだ、“俺との戦い”が始まっていない!」

「……は?」


 俺は更なる嵐の予感のショックと同時、口の中に詰め込んだチョコレートを噛み砕いた。

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