CASE.34「生徒会長はキラーなクイーン」


 真名井航平を保健室送りにしてから数分後の事である。


 はい、分かっていました。分かっていましたとも。

 あのお化け屋敷の幻影からは目が覚め、保健室から教室に戻ってきて最初にやってきたのは『こいつ、またやりやがった』と犯罪者を見るような目であった。


「……反省も後悔もしてる間はないか」


 俺は教室に着くや否や、真っ白に燃え尽きていた。満身創痍で自分の席に座る。


「あわわわわ……電灯にゾンビが絡まってるよぉ……」

 前の席にいる心名はまだ幻影を見ているようである。分かるよその気持ち、俺も正直死ぬかと思ったもん。あの怖さ。


「あっ。カズ、生きてたわ」

 生きてたって何だよ。

 お化け屋敷の方か、それとも真名井を一本背負いした件か。どのみち同乗の目が痛くて仕方ない。


 ……お化け屋敷一つでとんだ目にあってしまった。

 ホームルームまであと数分近く。何もせずに大人しくしておくのがベストであろう。俺は真っ白なままボーっと席についていた。







「おい、あれ……」


「え!? なんでここに!?」


 何か声が聞こえるけど、今日はノーリアクションを貫きます。







「もうすぐホームルームだぜ……」


「一体何の用事が」


 無視無視無視無視。

 寝ます。俺は寝まーす。おやすみなさーい。


「まさか、会長自ら仇を取りに……!?」


 ___ん、ちょっと待て。何か不穏な言葉が聞こえたぞ。



「やぁ、西都君」

 話しかけられた?

 俺、誰かに話しかけられているぞ?


「……?」

 真っ白な空気を一旦取り除く。

 こんなナイーブな俺に誰が何用だといつもの睨んだ目つきのまま顔を上にあげた。

 


「今、ちょっといいかな?」


 ……そこにいたのは華麗な女生徒。

 真っ黒な髪はウェーブがかかり、片手に持っているのは黒い羽毛が大量に飾られた真っ黒な扇。足元は目に眩しい真っ黒なストッキングで隠されている。


 まるで王女様。漆黒の令嬢が俺を見下ろしている。


「ふふっ、今日もやつれているね」

 笑顔。それはとても可愛らしい笑顔。



「……あぁ。今、余計に気分が悪くなった」


 だが、心名のそれと違って、かなり腹に何か一物を抱えていそうな怖い笑顔。俺は震えながらも声を上げる。


「……来栖くるす龍花りゅうか

「コラコラ、私の事は生徒会長と呼べと何度も言ってるだろう? 西都君?」

 コツンと畳まれた扇で叩かれる。

「やれやれ。御身分の分からない坊やはこれだから困る」

 やつれている俺を見下ろすたびに向けられる面白おかし気な笑顔に、俺はゾワっと鳥肌が立ちまくる。一斉に指をさされる事よりも恐怖だ。


 来栖龍花くるすりゅうか。この女子生徒は……俺達と同学年。





 ___高校二年にして“生徒会長”である。



「おいおい、“女王”が西都の奴に……!」

「あのお方が直接赴くの何回目だよ……! アイツ、どれだけやらかしてるんだっ!?」

「くーーーっ、運は悪い癖に女運だけは高いぜ、本当!」


 男子生徒共の悲鳴と嫉妬が聞こえる。


「……分けてやろうか。お前らにとっての幸せってやつを」


 この不幸。分けてやって誰かが幸せになるのなら喜んで分けたいものである。



 来栖龍花は生徒会長。

 学年成績は常に首席でスポーツ万能、家庭も世界で有名な“来栖グループ”の社長令嬢であり将来も安泰。コミュニケーション能力も外国人相手に通用するなどの絵に描いたような完璧超人だ。


 そのこともあって、学園の人気者。

 心名がプリンセスと呼ばれているのに対して、来栖は“クイーン”と呼ばれている。


「西都君、私がここへ来た理由、分かるかな?」

「……わかってるから返事をした」

 真名井の件であろう。 

 彼は生徒会においてもかなりの戦力である。それを保健室送りにしてしまった罪は当然大きいわけでございまして。


「可愛い風紀委員の真名井君をよくもあんなに痛めつけて……まったく、私の手を煩わせるのはこれで何度目だい? 本当にいけない子だね」

 コツンコツンとおでこに扇をぶつけられる。


 ……他の生徒も言っていたであろう。これで“何度目”だよと。

 そう、俺は例の噂もあってか、この生徒会長及び生徒会から“嫌というほど絡まれる”のである。


(こいつ……ッ!)


 俺と同じくらい問題を起こしているはずの小林牧夫と海老野三句郎には目もくれず俺にだけだ。こうして、事あるごとに俺の元に赴いてちょっかいをかけてくる。


(なんで”俺ばっかり”……ねちっこい……ッ!!」


 何が女運がいいだ。いい迷惑だ。

 おかげでこの学園には安息の地もありやしない。明らかな”イジメ”を食らっているために、せっかく落ち着いてきた腹が煮えくりそうだ。





 ……だが、こらえる。今回は俺が何もかも悪い。

 だから、そのちょっかいには堪えるのだ。



「責任、とってくれるよね?」

「……出来る事ならやる」

「ふふっ、素直で良い子だ。私はそういう礼儀の良い人が大好きだよ」

 同年代である来栖は笑顔で俺の頭を撫でてくる。


(耐えろ耐えろ……生徒会長を殴ったら、退学以上に面倒なことになる……ッ!!」


 堪えろ。こんな子ども扱い、屈辱ではあるが何があっても堪えろ。

 相手は女性でしかも生徒会長だ。これ以上下手な真似をすれば大変なことになる。というか、男子生徒達に半殺しにされる。


 俺は歯ぎしりをしながらも、屈辱に耐えきる。

 持っていたシャープペンシルが悔しさのあまり握り潰されているところを見られていないのが幸いか。


「そうだねぇ、じゃあお詫びのしるしと言ってはなんだけどさ」

 俺の机の上に座る来栖。脚を組み、そっと俺の顎に手を添えてくる。


 心名と同じで可愛らしい表情ではあるのだが、この女からは何処となく陰湿かつ物騒な匂いがプンプンしてきて、あまり好きじゃない。むしろ苦手である。


 そんな笑顔で何を押し付けてくるというのか。

 俺はある程度の注文には応えるつもりでいる。どんと来るといい。







「空いてしまった風紀委員の席に座ってもらおう、」

「やだ」

「即答か」


 ただし、なんでもするとは言ってない。


「君、ちゃんと責任とるって」

「”可能な限り”と言った!!」


 生徒会になるだなんて嫌に決まっているだろう!


 俺が風紀委員? 風紀を乱しかねない災厄起こしまくってる俺が正義になると?

 そんなことしてみろ。学園崩壊なんて一週間のうちに起きるだろうし、どこぞの核の冬が訪れた世紀末ばりに大変な事態になりかねない。


 現にその発言に対して『考え直せ』とデモの如く口論している皆を見ろ。俺の言ってることの方が正しいのだ。そうだ、俺が正義だ。



 ……何だろう。自分で思ってて涙が出てきた。



「カズ、どうして泣いて……まさか、まだお化け屋敷の事」

 うん、怖いよ。あのお化け屋敷すっごく怖かったよ。

 でもね、いまそれ以上に現実の方が怖くて涙を流してるんだ。俺。


「困るよ。君のせいで空いてしまった風紀委員の座。今後の仕事に少なからず影響してしまうのだけど。それに対して、申し訳ないという気持ちが、」

「来栖会長!! 真名井航平、ただいま復活しました!!」

 拷問の中、突如響く”救世主”の雄叫び。


 真名井航平、さすがはスポーツ万能とだけあって体は丈夫の様だ。湿布をつけるくらいには重傷だったようだが、モノの数分で復活を遂げてしまった。


「聞こえていましたよ生徒会長! ここまで私の事を思ってくださるなんて……感動のあまり涙が止まりません! あのまま眠ってはいられないと思って戻ってきた次第、」

「……ちっ、大人しく寝とけよ」


 ___そうだ、これだ。この部分だ。


 時折見せるこの黒い部分……たぶん”彼女の本性”であるあの部分が大嫌いなのだ、俺は!


「あれ!? 何故、舌打ちを!?」

「つーん」


 来栖生徒会長は真名井の復活により、拷問を続けられなくなったむず痒さに対して深い嫌悪感を浮かべている。


 ほれ見ろ、さっきまで可憐に笑っていたはずの来栖の顔を。可愛いと言い張っていた真名井航平の事を“役立たずの愚民”としてしか見ていないような恐ろしい顔を!

 

「……はっ! すみません生徒会長! 今はしっかりと体を休めろということですね……くぅーー! 俺はどこまで愛されているんだ! 俺の不甲斐なさを呪いたくなる!」


 コイツはコイツでとんだプラス思考である。

 熱血であると同時にこういう思考が暑苦しくて面倒くさい。


「参ったな……これでは西都君をおちょくることが出来ない……ッ! 真名井め、せめて病院送りレべルの重傷であったなら……!!」


 今、明らかにエコひいき全開言葉が聞こえた! 明らかに俺一人だけをいじめの対象としてロックオンしているような発言が聞こえた!

 来栖は俺の机に座ったまま爪を噛み始めている。不機嫌極まりないその表情を前に、女王がお怒りだと周りの生徒達も一斉に怯え始めていた。


 何故だッ……何故、コイツらは異常なまでに俺に付きまとう……!?


「なんだか、さっきからうるさいなぁ……」

 未だに意識が戻っていない心名がそっと後ろを振り向いた。


「……うわぁっ!? 顔面肉塊のナースがこっちを見てる!?」

「(ブチンッ)」


 あ、あかん。

 心名のやつ、空前絶後の大失言を。


「……君って人は礼儀さえも分からないくらい下品なのかぁ、ええ?」

 そう、この女。自分が可憐であることを自覚している。それでいて自信家であるためにプライドも高い。

 だからこういった発言を受けると……邪魔が入った時とは比べ物にならない以上にキレる。


「む、その声……出たな! 龍花ちゃん!」

 生徒会長の声を聴いてスイッチが入ったのか意識を取り戻した。

 そう、心名の奴もこの来栖龍花って奴が深く気に入らないらしい。こうやって意識を取り戻すレベルには。


「……私がどれだけ偉いかどうかを教えてやる必要があるようだねぇ」

 歯ぎしり。繰り返す舌打ち。そして今すぐにでも折れてしまいそうな黒い扇。

 お怒りだ。せっかくの可憐な表情が台無しになってしまっておりますぞ、女王様。


「本格的に潰す……っ! まずは高千穂心名! 君からだァッ!!」

 扇を心名に向けて処刑宣告を告げてきた。

「おおっ! なんだから知らないけど負けないよぉ!」

 それに受け応える心名。その横では頑張れと叫び続ける真名井。



 ……とんだカオスな状況になってきた。

 さっきから教壇で『ホームルームだから静かにしろ』と声を出し続けている教師が不憫で仕方ないなと思った今日この頃であった。

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