CASE.33「弾けるアドレナリン」
「あはは……大量の血眼がこっちを見てるよぉ……、お医者さんが首を持ってこっちに向かって走ってくるよぉ……」
後日、もうすぐ梅雨時に入り、湿っぽい季節になる今日この頃。
高千穂心名は……魂ここにあらず的な感じで言霊を呟き続けていた。
「お嬢様―、戻ってきてくださいー」
「うぎゃぁっ!? 肉塊のナースがこっちに来たぁ!?」
「駄目だ、幻覚見る程に衰弱してやがる」
怖さのランクで言うなら文句なしの三ツ星マックス。下手をすれば星が十個くらい必要だと言われるレベルのやりすぎお化け屋敷だと聞いていた五鞠。現に昨日そのお化け屋敷に訪れた心名は今も尚、その恐怖を思い出してか震えていた。
「……全く、お嬢様はこれだし、カズはいないし……まさか、本当に死んだんじゃないでしょうね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~授業開始前の屋上。~
「あはは……大量の血眼がこっちを見てるぞぉ……、お医者さんが首を持ってこっちに向かって走ってくるぞぉ……」
なんでだろうか。ここは屋上で室内じゃないはずなのに、血だらけの病棟の景色とこっちに迫り寄ってくる怪物たちの姿の幻覚が見える。
昨日は最悪の日であった。
お化け屋敷を何とか脱出できた俺と心名は腰を抜かして動けない上にショックのあまり泣き叫び続けていた。まさか、この歳になってショッピングセンターの迷子センターに保護されることになるとは思わなかった。
それくらい恐ろしかったのだ。この間のお化け屋敷は。
この心臓がもってはくれたものの、間違いなく心はバッキバキに折られた。
おかげで昨日家に帰り着いた直後に“お化け屋敷に対する批評と愚痴”をぶちまけた一曲が出来上がってしまった。ここ最高の出来であると自負するが、当然ライブで歌う気は更々ない。
「おーい、平和氏生きてるでござるかー」
「うぎゃぁ!? ゾンビがこっちに!?」
「誰が、ゾンビだ!」
呆れた男の声が聞こえてくる。
たぶん三句郎だとは思う。思うんだけど、昨日のお化け屋敷の映像によるショックのせいで今も尚、幻影が見えてしまう。
「普通に話しかけるのは駄目だろ。まずは落ち着かせないとな。ほら、こうやって背中を撫でてやりながら……大丈夫か、平和?」
「うわぁああっ! 頭からミミズの飛び出した化け物が!?」
「テメェの顔面をミミズの顔面のようにしてやろうか?」
リーゼント頭のことで切れた。ということは多分牧夫だ。
友人が気遣っているのは言葉で察知できるのだが、今、目の前の光景は怪物がおしゃべりしているようにしか見えない。雑誌で紹介されるレベルのお化け屋敷に、ただでさえホラー苦手な俺が放り込まれたのだ。嫌でもこうなる。
「うーむ、これは重傷でござるな……拙者の秘蔵のコレクションでも見せてあげようか」
萌え画像で目の保養になるかどうか。三句郎はスマートフォンのギャラリーを探り始めていた。
「見つけたぞ!!」
突如聞こえる第三者の声。
「?」
俺にはその人物は当然、昨日見たゾンビにしか見えない。
「「ゲッ!? お前は!?」」
ミミズの化け物(牧夫)と顔の潰れたゾンビ(三句郎)がその人物を前に恐ろしく嫌な顔を向けているようなリアクションをしている。
……現に俺も、映像だけでは化け物にしか見えないが、その声に嫌な予感がする。
梅雨が近づいて湿っぽい空気になったこの季節。中途半端に温い空気が体に妙な気持ち悪さを覚えさせる時期には、聞きたくもない暑苦しい声。
近寄ってくる。
その人物が近寄ると、ミミズの化け物と顔の潰れたゾンビが二人同時に叫んだ。
「「
「ああそうだ! “生徒会役員風紀担当! 真名井航平だ!”」
この暑苦しい声。その人物はこの学園ではあまりにも有名人。
「真名井……だとっ……!」
その名は
この学園での“悪評四天王”の最後の四人目である。
「ああ、そうだ! 真名井航平だとも! それ以上でもそれ以下でもない!」
俺が覚えてる限りの真名井航平のことを説明しよう。
真名井航平。
この学園の生徒会役員。
この学園には風紀委員というものが存在せず、生徒会のメンバーに風紀担当が一人存在する。その人物がこの真名井航平という人物だ。
成績はそこそこ優秀でスポーツ万能。普段から体操服を身に着け、頭は野球部みたいに丸刈り。常日頃、スポーツマンシップに則る系男子である。風紀にはとことん厳しく、常にそれを見つけては熱血指導を行っている。
……とここまで話を聞くだけでは、雰囲気の良さそうな男子ではある。
……しかし、何故不人気なのか。それは簡単だ。
「どうしたァ!? 今日も随分と薄暗いじゃないかァ!!」
暑すぎる。
熱血的すぎる。
そこら中の体育会系でもそこまで熱くないぞと言わんばかりの暑苦しさ。
「気合を入れろ! 今日も太陽はあんなにも輝いているぞッ!」
なにより言い方が酷いが……顔もそこまでカッコいいわけではない。太眉に団子鼻にタラコ唇と昭和系アニメ要素のオンパレードである。
その暑苦しさ故に不人気。見事四天王に仲間入りしているのだ。本人はさほど気にしていないようであるが。
「聞いたぞ、西都平和! 貴様! また商店街の皆様に迷惑をかけたようだな! ショッピングモールでの件だ!」
うん、迷惑かけたよ。確かに迷惑かけたよ。
あれだけ大泣きしている高校生を保護するという事態。店員さん凄く複雑そうな表情で俺達を見ていたよ。
「おい、今回ばかりは許してやってくれ。コイツの嫌いなお化け屋敷でこんな目にあったんだ。というかあまり刺激してやらんでくれ」
「お化け屋敷程度で音を上げるとは情けない!」
そうだ、こういうところだ。
苦手分野がなんだ。そんなの気合いと根性で乗り越えられるだろう理論が面倒くさいしウザいと評判なのだ。その上、こんな暑苦しい態度でぐいぐいと踏み込んでくるものだから皆嫌気がさしてしまうのだ。
「第一、無理やり連れて行かれたのだとしても、そこは無理にでも断れば良い話ではないか! 違うか!?」
仰る通りです。今回ばかりは押し負けた俺が原因でした。
心名に対して“お化けが苦手”だなんて口にしたら絶対バカにされると思って意地になってしまったのも原因ではある。結果、この始末である。
今回ばかりは正直、俺が悪い。
……が、コイツに言われるとやっぱり暑苦しくてウザい。
「責任も取らずに帰ったというではないか……反省しているというのなら、その威勢を見せるのだ!」
近寄ってくるゾンビ(真名井)。
「しっかりとショッピングモールへ顔を出して謝るのだ!!」
ビシッとこちらにさされる指。真っ直ぐに尖る人差し指。
(……!!)
その指が、
俺の壊れかけていた”世界”を元に戻してしまった。
「俺に……」
意識を取り戻した俺は真名井の腕を掴む。
「指を向けるなァアアッ!!」
腕ごと掴むと、俺はそのまま真名井の体を背中へ。
「へ?」
浮き上がる真名井の体。
……その後、綺麗なフォームで一本背負い!
突然の不意打ち、真名井は当然受け身を取る余裕すらもなかったようで。
「ぐはっ……!?」
真名井航平。一撃でダウン。
そうだ、俺は指をさされるのが嫌いなのだ。何せ本当に軽度の“先端恐怖症”なのだから。
「はっ、俺は一体何を!」
「「あーあ」」
ミミズとゾンビ……じゃなくて、牧夫と三句郎はこちらを哀れむような眼で見つめていた。
「馬鹿な……俺が、一本、取られるとは……ぶくくっ……」
説教にやってきた生徒会。それを問答無用で成敗。真名井はその技を食らった事によって泡を吹いて気を失っている。
もっと面倒な事が起きかねないぞと、嵐を予感させる二人のリアクション。
「あぁ~……!!」
俺はただただ、頭を抱えて座り込むことしか出来なかった。
「ふふふっ」
そして、そのショックのあまり俺は気が付かなかったのだ。
この風景の一部始終を……面白そうに眺めている人影の存在に。
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