CASE.32「パニック・ホラー」
「カズくん! こっちこっち!」
それは、とある休日の事である。
俺は今日も自宅に籠って新曲の一つでも書こうと思っていたのだが……。
「ちょっと待て。はしゃぐな」
休みの日の昨晩。突然、スマートフォンのSNSアプリから、『行きたい場所があるから付き合ってほしい』と心名からのラブメール。
宿題に付き合うつもりはないぞと釘を刺してみたが、そんなつもりは更々ないと一秒もかからずに返答がきた。こちらの返信パターンを読んでいたというのだろうか。
どうやら、宿題云々関係なしに遊びに行きたいようであった。
(全く……無理矢理連れてこられたけど……何に付き合わされるんだ?)
こちらもこちらで都合があるので明日は行けませんと速攻で返事をした。
するとどうだろうか。今度は心名から電話がかかってきて、本当に用事があるのかどうかをしつこく聞いてきた挙句、どうしても明日付き合ってほしいと泣きついてきたではないか。
夜中にこんな終わりそうにない電話がかかってきて……面倒になったので渋々OKを出す事にした。すると電話の向こうで今までの泣き声が嘘のように明るくなるものだから、電話を切った後にスマホをベッドに叩きつけたものである。
というわけで俺は心名と一緒にショッピングモールに来ています。
(んふふ~、カズくんとの距離を一気に詰めてしまおうデート大作戦! 早速、スタートしてしまうのだよ!)
うん、あの顔は何か企んでいる顔だ。ひとまず、俺と二人きりになれていることに関することだとは思うが、あえて触れないことにする。
「んで、どうして俺をここに?」
「ちょっと付き合ってほしい場所があるのだよ」
「すきにしろ……んでどこ? 何処でだって付き合ってやる」
新しい洋服を買いに来たのだろうか。それともこのショッピングモールでは有名なケーキバイキングに行きたかったのだろうか。それとも大穴でファンシーショップ巡り?
まさか、こんなに早い時期に水着を決めに来ただとか、胸が大きくなったから新しい下着を探したいので選んでほしいだとか言い出すわけはなかろうか。
そうなった場合は、即ノーと返事を突き返す準備は出来ている。さっき言った事と違うじゃんと言われようと。
(……よし、こい)
準備は万端。俺はドンと胸を構えた。
「これに付き合ってほしいのだよ!」
「どれどれ……って!?」
俺は体全体が氷に包まれたかのように固まってしまう。
心名が指をさしたその先にあるものは……
ちょっと早めの“お化け屋敷イベント”であった。
この全国チェーンのショッピングモール限定で展開されている本格派のお化け屋敷。看板を見る限りでは結構有名どころのお化け屋敷関係者が演出や仕掛けなどを担当しているとのこと。
お化け屋敷。
そう、お化け屋敷だ。
「こういったイベントには興味があるのだよ! でも一人じゃ怖いから付き合って……って、カズくんどうしたの?」
「……お腹痛くなってきたから帰っていい?」
「さっきまでピンピンしてたじゃん!?」
「いや、急に痛くなった。ヤバい病気かもしれない。だから帰らせて、じゃないと死ぬかもしれない」
「むー……!!」
心名はチケットをチラつかせ、俺の片手を握る。
「さぁ、レッツゴーなのだよ!」
「ま、待て。マジで待て……! なぁ、頼む。なぁ~……!!」
俺の言う事など待ったなし。
心名は勝手にエントリーを済ませ、お化け屋敷の中へと俺を連れ込んでしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~一方その頃。喫茶店フランソワでは。~
「というわけで、ここでスキルを発動できれば楽になるでござるよ」
「ほほう、なるほどなるほど」
休日という事で特にやることもなかった牧夫と三句郎は二人フランソワへとやってきていた。注文を待っている間、最近ハマっているというスマホアプリのゲームの攻略法を三句郎が延々と語っている最中である。
「やぁ、二人とも。今日もお暇みたいだね」
今日の当番を任されている五鞠はメイド服姿で二人にお冷を持ってくる。
人前では礼儀正しく振舞っている五鞠であるが、この二人とはそれなりに付き合いも長いせいか素の話し方で接していた。
「ああ、本当だったら、平和の奴を誘って何処か行こうか考えてたんだけどよぉ。先客がいたみたいでな」
「まぁ、その相手が心名姫だと分かった以上、無理に踏み込めないでござるからな」
いつも通り三人でブラブラするか考えていたようだが、心名に先を越されたのなら仕方ない。今日は二人仲睦まじく楽しんでもらおうと男性陣は退くことにした。
「それは助かるわ。なにせ、今日は大きなラブラブ計画を実行するらしいからね」
「ほう! やはりそうでござったか!」
邪魔しなくて正解だったと三句郎は手を叩く。
「んで、そのラブラブ計画とやらで心名はアイツを何処へ連れて行ったんだ?」
「ショッピングモールのお化け屋敷だって」
「「……ッ!!」」
五鞠の返答を聞いた直後。
男性陣二人は汗まみれの表情で五鞠を見上げている。
「え、何? どうしたの?」
「……五鞠殿、実はでござるが」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~ショッピングモール。お化け屋敷にて~
「さあ、行くよ。行~く~よ~?」
心名は俺にしがみつき、一歩ずつ俺を前に出していく。
お化け屋敷の中でも有名な企業が提携してるだけあって、そこら辺のお化け屋敷よりも内装がこだわっており、何処を見渡しても身の毛のよだつ飾りが目に入る。
そして、想像以上に薄暗い。
一歩ずつ、俺は心名と一歩ずつ前に出る。
……そして。
「きゃー!」
棒読み口調で叫びながら心名は俺に飛びついてきた。
なんと、歩いている最中に上からゾンビが降ってきたのである。
それは死体という設定なのか動きこそしないが、俺達の歩行先を塞いでいる。飛び越えろという事だろうか。
「ビックリしたなー。急に叫び声まで聞こえてきたし。こわいねー、カズくん」
「……そうだ、な」
俺は、心名に返事をする。
「……あれ? カズくんどうしたの。何か顔色が」
「気のせい……気のせい、だと、思う……」
さらに先へ進む。
一歩ずつ……さっき落ちてきたゾンビが気になって仕方ない。そちらの方にチラチラと視線を送りながらも更に先へ進んでいく。
「……ッ!」
その瞬間だった。
後ろの遺体に気を取られていたが故に、戦慄した。
吊り下げられた大量のゾンビが……バカでかい効果音とフラッシュ照明。その演出と共に降ってきたのである。
「きゃー、カズくんこわ、」
「うぎゃあああああッ!?」
抱き着いて来る心名に対し、俺も力強く心名に抱き着き返してしまった。
「うえええっ!?」
心名はあまりにも突然の事態に変な声を出す。
「ひひひひっ……人、ひとっ、ひっとがぶらさがってててて……」
「……もしかして、カズくん!? ホラー苦手ッ!?」
「そそそそそんなわけあるか、へいきへいき、こんなのよゆうのよっちゃんですよ」
いつの時代のお笑い芸人だと言われそうだが、それくらい俺の頭が動転していた。
そうだ、俺はホラーがハッキリいって苦手だ。
特にパニック系に至っては夜中トイレに行けなくなるレベルで大の苦手である。
そして、こういったお化け屋敷全般も無理である。
「おお……意外な一面」
「こわくないって、いってててててるだろ」
俺は必死に耐えるも心名はそんな俺に対しニヤケを見せる。
その笑顔、女の子じゃなかったら思い切りぶん殴っていたであろうとは言うまでもない。
「何とも意外、でもこれは好都合なんだよ……!」
「何を言ってるんだ、お前……」
「カズくん。怖かったら私を頼ってほしいのだよ! 大丈夫、私はこういうの大丈夫だから!」
擦り寄ってくる俺の頭をそっと撫でながら胸を張る心名。
なるほど……お化け屋敷で俺にわざと抱き着いて来る作戦を考えていたが、俺がホラー苦手だということを察して作戦を変えてきたという寸法か。
何という策士。これほど“来ない方が良かった”と思った日があっただろうか。
……悔しいが心名を頼るしかない。
さらに先、まだ半分以下だというが俺は何とかこらえようと心名と共に移動する。
進む。進む。更に一歩進む。
(大丈夫、ここはおととい下見済み、)
さらに先へ進むと……。
「「!!!」」
壁に張り付いた大量の目玉が一斉にこちらを睨みつけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~一方その頃。フランソワ~
「ええ!? カズ、ホラー苦手だったの!?」
「ああ、この間、拙者の家でホラー映画を見たのですが……平和氏、クッション抱きしめながら、ずっと泣き叫んでましたからね。ありゃ、大のホラー嫌いだと思われますぞ」
「うわー、意外な一面」
五鞠は平和の弱点に驚愕する。付き合いは長いが、ホラーが苦手だったことは知らなかったようだ。
「ちなみに心名姫はホラーは?」
「得意ではないけど、その施設は下見してるから大丈夫かと」
「ちなみに、下見をした日は?」
「一昨日って」
「……まずい」
三句郎が焦り出す。顔色がわかりやすい程に歪んでいる。
「何が不味いの?」
「……その施設。確か週毎に仕掛けが変わるでござるよ。んで、昨日がその日であって……確か今日の仕掛けは……“怖さにおいては日本一と言っても過言ではない程のレベル”だと、レビューを見たことが」
三句郎の発言。
当たりの空気が一斉に凍り付く。
「え、まって、それヤバいんじゃ」
「ああ、ヤバい。というか、平和に至っては死ぬんじゃ……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
~お化け屋敷~
「「うぎゃあああああ!?」」
俺と心名は互いに抱き着き合い、泣き喚きながらお化け屋敷を走り抜ける。
想像以上の怖さ。ホラーが大の苦手な俺は勿論、平気だから任せろと胸を張っていたはずの心名もさっきまでの余裕が嘘のように俺に泣きついて来る。
「たったたたすけて!? こわい! こわいよーーーっ!!」
「ぎぶあっぷぎぶあっぷ、ぎぶあっぷッ!! むりむりむりむりむりむりィイイッ!!!」
二人同時にお化け屋敷を駆け抜けていく。
ゴールの見えるその先まで。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……数分後、ショッピングモールの通路にて、俺と心名は二人で座り込んでいた。
俺は恐怖のあまり念仏をブツブツと陰鬱に、心名に至っては涙を拭きながら子供みたいに大泣きしていた。
後日、見てて面白いカップルがいたなんて噂が広まったのは言うまでもない。
……消えてしまえ、お化け屋敷。
何というか、一曲殴り書き出来てしまいそうな気がした。
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