CASE.31「気になる彼はミュージシャン」
俺、西都平和には、おこがましくも夢がある。
どれだけ貶され嫌われようとも、その夢だけは諦めようとは思わない。
俺は、絶対になってみせるのだ。
いつか、その夢で飯が食えるようにもなってみせる。
俺の心を突き動かした最高の夢。高まるテンションに弾けるドーパミン。止まることのないモチベーションに燃え上がるエンジン。
その夢は___。
「次の曲……ついてこれる?」
“ミュージシャン”である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真似事なんかじゃない。本格派のロックを目指したミュージシャンだ。
”ココ”は、人ひとりいない空き地なんかでも、夢オチのためだけに用意された満席の武道館スタジアムなんかでもない。
「足りない……もっと、叫べ……ッ!」
そう、ここは喫茶店“フランソワのライブステージ”だ。
エルメス大淀さんが取り仕切るこの喫茶店、どうやら元々はライブハウスだったらしい。それを改装した結果、あの筋肉ハゲには似合わない可愛らしいお店に変貌したというわけだ。
ライブハウスの名残として、喫茶店の奥の部屋に、そのライブステージが残っていたのである。いつかは処理するか迷っていたようだが、何かのイベントに使えそうだし残しておこうと思ったようだ。
「もっとこい……ついてくるんだッ……!」
そういうこともあって、ここでは地道に活動しているストリートミュージシャンだとかが不定期でライブをしにやってくる。
そして俺、西都平和もメンバーを引き連れ、定期的にライブを行っているのである。相棒ともいえるスタンドマイクを片手に、客を見下ろす。
流れる汗と噴きあがる情熱。その全てが俺を駆り立てる。
その全てを、ライブステージにやってきてくれた観客達にぶつけるのだ。
「おぉおお……やっぱ、若い者の曲は激しいのぉ……」
「やだやだ。おじいさんも若い頃はあれくらいブギウギしてましたとも」
「良いぞ~。てんしょんあがってくるわいぃい……」
___観客達。商店街のおじさんおばちゃん達くらいだけど。
入れ歯をつけたヨボヨボの爺さんとかいるけど。杖片手に満面の笑みのお婆ちゃんとかいるけど……ああ、ちなみに入れ歯の爺さんは例のバッティングセンターの店主だ。今日はお店を休んで応援に来てくれたらしい。ありがとう。
ライブステージに用意された観客用のパイプ椅子は60個だが、そのうち埋まってるのは15席程度。本来だったら冷めるライブかもしれない。
「それじゃ三曲目……【籠庭 =KAGONIWA= 】
だが、俺は止まらない。
どのような状況であろうと客は客。ありったけの想いを、目の前の客にプレゼントしてやるのだ。。
俺達のバンド。
【BAD PLANT RECREATE】は止まらない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「Thank you…」
数分後。ライブは終了。
やってきたのは拍手。ライブに満足したのか、高齢のレディース&ジェントルマンは鳴りやまぬ拍手をプレゼントしてくれた。
商店街では嫌な噂立ちまくりの俺であるが、ミュージシャンとしての腕は認めてもらえているようで、こうして定期的に応援に来てくれる人達がいる。
こんな俺の唯一の趣味。それは音楽だ。
自前のギターで作曲を限りなく続け、声も枯れない様に幾度となくボイストレーニングをしている。本格派ロックを目指していると自称する身として、文句を言われない様に、どの曲も妥協のない最高の作品に仕上げたつもりである。
「ふぅー、今日も完璧だな。イケてるんじゃねぇの、俺達?」
「そうでござるねぇ~!」
俺のバンドのメンバーは、まあ御察しのとおりであると思うがいつものメンバーである。ドラムの小林牧夫。キーボードの海老野三句郎だ。
二人は満足げにハイタッチをかましている。
「……何が、」
二人の言葉。
「何が完璧だッ!?」
それにムカついた俺はマイク片手に絶叫した。
ノイズ。スイッチも切り忘れたが気にしない。
「牧夫! お前また叩くスピードが速くなってる! 三句郎に至ってはミスが多すぎだ! それで完璧だなんてほざくな素人がァッ!!」
「うわぁ!? 平和氏、やっぱり聞き逃してなかった!?」
完璧を求めるが故に……こうやって今日も苛立ちをぶつけてしまった。
実際俺の言う通り、牧夫と三句郎はまだミスが多い。今日のライブ、気にする客はいなかったが、歌ってる途中にどうしてもそのミスが気になって仕方なかった。下手をすれば、怒りのあまりにマイクを投げ捨てるところである。
「もぉー、坊やったら……本当、音楽の事になると熱くなっちゃうんだから」
ちなみにベースを担当しているのは、俺を落ち着かせに入った店主のエルメス大淀さんだ。
ベースは担当してくれる人が中々見つからずメンバーを募集。やはりこのメンツに混じりたいと思う人はそう簡単に見つからず、こうしてライブの度に補充要因として大淀さんが入るのだ。
なんと、この大淀さん。昔は趣味でバンド活動もやっていたようである。元軍人だといい、楽器もうまいといい、本当に何者なのかこの人は。
「付き合ってくれてるんだから、多少のミスくらいは許してあげなさいな」
「だけど……うぐぐ」
実際、俺も言い過ぎだとは思ってる。
この二人がバンドに混じってみたいと言い出してくれた理由は“もてたいから”だなんて、浮ついた理由だった。最初こそブチギレかけたが付き合ってくれるだけでも当時の俺としては凄く嬉しかった。
現にミスが目立つが、モテたいという欲求が強かったのか上達は早かった。
「……とーにーかーく! 次の練習の時、ミスがないか確認するからな? ちゃんと勉強しておくんだぞ! いいな!? あと、今日もありがとうございましたっ!」
俺は苛立ちながらもマイクの電源を切って、喫茶店の方へと戻っていった。
「ちゃっかり、お礼言ってるわね」
「ふぃ~、音楽の事になると性格が豹変するの本当驚くな、アイツ」
「……それくらい、真剣に目指してるってことでござろうな。平和氏」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
喫茶店に戻ってくると、さっきまでライブを聞いていたおじちゃんおばちゃん達がデザートを楽しんでいた。
ボーカルである俺の登場に軽く声をかける人達もいた。どうやら、このお店の客寄せとしてはそれなりに役に立っているらしい。俺達のバンドは。
……世の中のマイナスイメージへの不満をぶちまけるのが主流となっている俺達のバンド。人間達のエゴに対して“くそくらえ”と吐き捨てるのが俺の歌である。
今日のお客さん達は、そのメッセージ性や曲調ではなく“単なる盛り上がり”で評価してくれているのだと思うが……こうして、褒めてくれるのは理由がどうであれ素直に嬉しい。
ちょっと胸が熱くなった俺はカウンター席に腰掛ける。
「お疲れ様カズくん! ライブ後にドリンクをどうぞ!」
「ああ」
手渡されたドリンクを俺は一気に飲み干した。
「……ぶっふっ!?」
___吐き出した。
あまりにも気持ちの悪い感触とウソみたいな不味さに貴重な喉をやられた。
「大丈夫カズくん!? 一気に飲むから、変な所に入っちゃうんだよ!?」
違う。変な所に入ったから吐いたんじゃない、純粋にまずいのだこの飲み物は。
___声の主。ドリンクを手渡したのはメイド服姿の心名である。
「おい、このドリンクを作ったのはお前か?」
「うん、そうだよ! 今はやりのスムージーなのだ!」
「……何を入れたのか」
ドロドロな感触という地点でスムージーなのは理解した。だが、スムージーというのはもっと喉ごしが良いモノなのでギリギリの納得であることを忘れないでほしい。
ドリンクの製作者。心名にこのドリンクの正体を聞く。
「えっとね。まずは牛乳をミキサーに入れて、そこに桃やリンゴなどのフルーツを入れる」
喫茶店フランソワのフルーツ関係のメニューは評判がいい。なにせ、取り寄せの名産品を使っているために果汁たっぷりで喉ごしも最高のものを使っているからだ。
ほうほう、ここまで聞けば美味しそうなフルーツジュースだ。
「そこにカズくんの健康を考えて、ミントとかオレガノとかレモンバームとか! 健康に良いハーブを片っ端から入れて作った健康ジュースなのだよ!!」
畜生! だいなしにしやがった!
コイツはいつもそうだっ!!!
「要はこれ、思いつく限りに放り込んだ雑草汁だな、これ!?」
「どう!? とてもスッキリしたでしょ!?」
表現方法を用いるには原稿用紙一枚は軽く必要なくらいの絶望的な不味さで、頭痛と吐き気と腹痛がもれなく止まりません。あと、ミントが原因か分からないが、喉に不気味な程の清涼感が張り付いてて仕方ない。
「……ふんっ!」
残ったジュースを心名の口の中に放り込んだ。
「ぶふっ!?」
不味い。そうだろうな。心名の顔色があっという間に悪くなる。
心名は口直しの牛乳を求めてすぐさま厨房へと逃げて行った。想像以上のまずさだったのか、最近のパニックホラーのゾンビばりのスピードだった。
___疑問に思うが、アイツは料理の時に味見をしないのだろうか。
明らかに自分の料理の見た目がおかしいことに疑問を浮かばないのだろうか。
「ぐっふ……」
ハーブのダメージが想像以上にデカイ。眩暈でカウンターに倒れ込む。
「うぐぐ……何という香りの強さ、なのだよ……っ」
口合わせの牛乳も効果がなかったのか、戻ってきた心名はカウンターにて倒れてしまった。
「少しは味見をすることを覚え……がくっ」
俺もミントの鞭に耐え切れず、カウンターに横たわった。
「ねぇ、坊や~。次のライブの予定だけど……って、なんじゃこりゃぁっ!?」
ハーブまみれの匂いに包み込まれた遺体が二つ。どこぞの俳優もビックリのなんじゃこりゃぁが喫茶店に響き渡った。
(ふふふっ、今日も面白いライブを見させてもらったよ)
「……?」
一瞬、視線を感じた。
だが、その正体を探る事も出来ず、俺の意識は途絶えていった。
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