PAGE.30「純情サッドデイズ その13」


 校内放送のスピーカー全開。全校生徒が体育館へと集う中、例の不良生徒達の悪行が録音された何かが体育館にまで響き渡る。


 あまりの騒音に音割れしているが、誰の声なのかは察知できる。

 その声は例の不良生徒達かと思われる。少なくとも喋り方のテンションからして西都平和と小林牧夫ではないということが明かされる。


「なんだ、これは……」

 校長先生も突如聞こえてきたボイスレコーダーの声に困惑する。彼だけじゃない、聞いた事情とは明らかに違う内容の音声に教師達も困惑し始める。


「おい、なんだこれ! ふざけんなっ!」

「こんな合成音声使ってまで謝りたくないだなんて、随分と落ちやがったな、お前も!」


 不良生徒達が一斉にヤジを飛ばす。

 聞こえてくる音声のことを全否定だ。こんなことをしてまで謝罪から免れようとしているんだなんて言い逃れで足掻いて来る。


「合成なんかじゃないよ!」

 生徒達を掻き分けて、一人の少女が飛び出した。


 高千穂心名だ。

 心名は全校集会では持ち込みが禁止されているスマートフォンを片手に教師たちの元へとやってくる。


「先生! これを見るのです!」

 彼女が見せたのはギャラリーに保存されている数十秒程度の動画。


 ……本来は残されるはずのない、バッティングセンター店内の映像である。


「これは!?」

 教師達もその映像に驚きを隠せないでいる。

 そこに映っているのは例の噂を広めた不良生徒達。ゲームによるトラブルで絡み始め、挙句の果てにはそのストレスの矛先を店主のお爺さんにまでぶつけた徹底的瞬間まで映っている。


 その後、様子を見兼ねてやってきた平和と牧夫が生徒達を追い出した瞬間。平和が倒れたお爺さんの介護をしている所までしっかりと保存されていた。


「それと、これは今朝録音したものです」

 心名に続いて、五鞠まで。

 彼女もまた、スマートフォンのボイスレコーダーを教師たちの元へ再生する。すぐ近くに用意されていたマイクに近づけて。


『今日だな! アイツの公開処刑!』

『滑稽なもんだよなぁ! アイツに罪を擦り付けるのは簡単だったしな……』

『丁度いいタイミングで野次を飛ばしてやろうぜ!』


 それは、中学校の隅っこ。人集りも特にない場所にて録音された決定的瞬間。


「バッティングセンターのお爺さんもハッキリ公言していたじゃないですか。西都平和君と小林牧夫君がトラブルを止めてくれたと」


 ここまで証拠が揃っている。言い逃れなんて出来やしない。

 不良生徒達の顔が一斉に青ざめていった。


「おお……これはこれは」


 校長先生も目を丸くして、この状況を目の当たりに固まっていた。



 変わっていく空気。驚く教師達。

 何よりこの状況を前に驚いていたのは。



「……」

 原稿用紙を持ったまま、目を見開いた西都平和であった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ___数分後。体育館裏。


「やったな平和! これで無罪放免だぜ!」

 力強く牧夫は平和の背中を叩く。


 あの一件後、平和による謝罪文の読み上げは当然中止となった。あそこまで証拠が出そろった以上、誤解をしていたと言わざるを得ない。


 全校集会終了後、平和は校長室に呼び出され、校長先生自ら頭を下げての謝罪を受けた。それ以外にも職員室にて担当教師からも謝罪。今回の一件で噂に振り回され、一方的に決めつけた事を本当に申し訳なかったと何度も頭を下げた。


 例の不良生徒達は自宅謹慎を言い渡され、後日、親を呼び出しての三者面談も確定していた。


 まさかの大逆転。

 変わるはずもないと言い切ったはずの世界が変貌したことに平和は今も固まったままだ。


「いい気味でしたねぇ。ひっひっひ」

 牧夫の隣にいるのは、その日虐められていた眼鏡の生徒・海老野三句郎。


「あいつらの顔、見た? この世の終わりみたいな顔をしてたでござるよ! うひゃひゃひゃひゃ!!」


 そう、この男。凄く大人しい奴だと思いきや想像以上の陰湿だったのだ。やったことは正義の味方っぽい事ではあるが、口にしている事は三下にも程がある小悪党のセリフである。

 

 そう、校内放送で流れたのは、本来であれば後に警察に引き渡すはずだった録音だったのだ。少しばかり状況が変化し、これは良い処刑方法を思いついたと、三句郎は小林牧夫と接触。そのまま、例のプロジェクトへと進展したのだ。


 ……そして、合成音声だと言い切られるのも面倒なので、誰か協力者がいないかどうかの話し合いも牧夫とやっていた。



 そこへかけつけたのが___。


「良かったねカズくん!」

 高千穂心名だったのだ。

 三句郎が牧夫に協力を申請した直後、その場へ彼女も現れたらしい。


「全く、まさかお嬢様以外を尾行する日が来るとは思わなかった。アクション映画のスパイになった気分でしたよ」

 証拠映像は既に撮っていた心名。その映像は教師に直接見せるべきだと公言したのは五鞠であったのだ。職員室に持っていくつもりだったのだが、例の三句郎の計画を聞いて予定が変更された。


 ついで、もっと確定的な証拠を得るために心名が五鞠に協力を煽ぐ。あの不良生徒達に張り付いて、”最後の会話”を録音したのである。



 随分とドラマのように出来上がったシナリオである。

 だが、そのシナリオはビックリするくらいに上手くいき、有罪確定であった平和を無罪にすることが出来た。



 ……皆の見る目が微かだが変わっていた。

 見た事もない皆の視線に、平和はずっと驚いたまま顔が固まっていた。



「やっぱり愛は勝つのだよ!」

「……なんで」


 浮かれる心名に平和が口を開く。


「なんで、ここまで……酷い事を言ったのに」

 “お前の事なんて覚えていない”。


 久々の再会にぶつけた言葉がそんな一言だった。それなのに諦めず声をかけ続け、何度も拒絶したのに心名は平和にアタックを仕掛けた。



「……私が君の事を“カズくん”って呼んだ時、一瞬だけど反応したよね?」


 心名は当時の事を話しだす。


「カズくんの事をカズくんって呼んでるのは私だけだし、呼んだ回数も少ないはずだから印象は薄いかなって思ったけど……君は、その呼び方に反応してくれたんだよ。だから、思ったんだ。君は私の事を忘れていないって」

 

 カズくん。その言葉に平和は確かに反応した。

 あれが彼女の意思を曲げなくさせた理由だったのだ。


「まぁ、忘れられたとしても! 何度もアタックしたのだけどね!」


 両手でガッツポーズをしながら、平和の顔を覗き込む。


「あの日の告白、私は忘れないのだよ! あの告白で私のハートはすっかり鷲掴みにされちゃったのだからね!」

「「告白!?」」

 牧夫と三句郎。あのドライな印象が強すぎる平和だからこそ、その発言には目が飛び出るほどの驚愕を露にする。


「お、お前……!!」

 平和の顔が赤くなる。


「お前! いつの間に告白なんてしてたのか!?」

「ほほう……見た目によらず、随分とチェリーボーイ……」


 二人は興味津々だ。高嶺の花と呼ばれていた心名に告白した勇気ある男子を。


「いや、ちがっ。あれは」

「“大きくなって強くなって、お前の事を守ってやる! 俺は心名ちゃんの事が好きだから!”」

 五鞠は面白げに当時の言葉を口にする。

「これが告白以外の何だっていうんだい? ”カ~ズ”くん?」

 ニヤつきながら平和を眺めるその姿は確信犯以外の何物でもない。


「さぁ、カズくん! 感動の再会に感動のドラマも極まったところで! 今こそ熱い抱擁とベーゼを……」

「誤解だって……言ってるだろぉおおおーーーッ!!」


 その日の平和の叫び声は、今まで皆が聞いたことないくらいに慌てふためく可愛らしい叫び声であったという。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 それから数年。例の一件以降に平和の印象はプラスの方向……




 

 に、変わるなんてことは特になかった。




 あの日の一件は誤解で済んだが、まあ疫病神という印象はそう簡単に外れるわけではない。その上、例の喧嘩番長と絡んでいるという事も相まって、より印象はデンジャラスなものへと変わってしまった。


 それと、不良生徒達を追い込んだ海老野三句郎もその一件以降は平和と牧夫と絡んでいた。戦友なんて口にしているが、実は後ろ盾が欲しいだけじゃないかなんて噂もある。


 そのこともあって三句郎は調子に乗り始めたのか、数多くの小さな悪行に手を染め始め、気が付いた時には平和達に並ぶ悪名を手に取っていた。下手すれば、平和と牧夫以上に嫌な存在かもしれない。



 心名はシンデレラという印象と同時、“物好き”と呼ばれるようになった。

 何せ、学校一の嫌われ者である西都平和に一途なのだから。今も尚、悪行が広まるこの状態であっても、彼女はめげずに平和にアタックし続けている。


 五鞠ともそれ以降は交流を深めるようになった。五鞠自身も心名の友達という事で平和を気に入っているのか悪ふざけで“カズ”だなんて呼ぶようになった。『ツンデレめ』と、平和の事をからかうようにもなった。



 ……世界こそ変わらないが、彼の生活を明るく照らしてくれる存在が増えた。


 友達。

 その存在が、彼の生活を少しずつだが変化させていった。


 ___中学校生活が終わって高校受験。

 ___五人は同じ高校を受けて全員合格。


 入学後。何人か、前の中学校の生徒も混じっていたこともあって、一同の噂は高校でもあっという間に広まってしまい、平和達は例の四天王へと一瞬でランクイン。


 一方、心名も学園のシンデレラなんかと呼ばれるようになった。ちなみに付き添いである五鞠も人気者であるがその見た目と性格からか“女性”の方に人気があるのは内緒である。



「それでねそれでね……って、カズくん、聞いてる?」

「聞いてない」


 今日もまた、平和は心名のアタックにディフェンスを続けている。

 彼女からの恋の猛攻撃は止まる気配を見せない。


「なんで聞いてくれないのだよ! そろそろ私、怒っちゃうよ!」

「怒ればいいんじゃないの」

「何だと、このーっ!」


 両手を振り回しながら突っ込んでくる心名の頭を片手で受け止める平和。




 ……楽しい。

 このやり取り、実に面白い。


 胸の奥底に隠してある感情が一瞬だけ表に出たのか、可愛らしい心名の姿を前に一瞬だけ笑みを見せた。









(……でも、駄目だ)


 平和の顔から笑みが消える。




(……ああ、まだ。ダメ、だから)


 彼は心の中で、

 昔から変わることのない決意を改めて思い返す。





 “俺は絶対に。”


 “彼女の想いに、応えるわけにはいかない。”

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