CASE.28「純情サッドデイズ その11」


「……」

 後日、西都平和は再び落胆することになる。


 中学校の新聞部が悪ふざけで作ったのかは分からない。悪ふざけであったとしても、やられた本人は何一つ笑えない醜悪の塊。


 靴箱を抜けてすぐに存在する掲示板。そこに大きくデカデカと貼り出された新聞には大きく一面を飾る“西都平和と小林牧夫”の記事。


 当然、それはヒーローインタビューでも、気になるあの人は今的なドキュメンタリーなんかでもなく……コンビニなどで売られている、マイナスイメージぶち込みまくりのゴシップ記事のような一面。




“またもやらかした! 喧嘩番長・小林牧夫と疫病神・西都平和!”

“昨日夕方、バッティングセンターにて喧嘩を吹っかけた小林牧夫。彼が大暴れしたことによって何の関係もないお爺さんが巻き込まれ重傷を負った。”


“そして、バッティングセンターには疫病神の西都平和の姿も。またも、このような事件を呼び起こした西都平和は悪びれもせずにいるらしい。彼の行くところに災厄あり、しかも憂さ晴らしに喧嘩に乱入したという噂も!?”



「……はぁ」

 実にくだらない。実に面倒くさい。周りはさぞ盛り上がっている事だろう。

 この記事に関しては何も言う事はない。この一件で彼を睨みつける視線もあれば、この状況をさらに盛り上げようと燃料を投下する馬鹿までいる始末。


「ホント、暇しないよね」


 何か言ったところで何も変わらない。

 何をしたところで新聞部やら何やらの思うツボになるのなら、せめて事が静かになる選択肢を取る事にしようと平和は諦め気味に教室へと向かう。


「何、これ!?」

 声が聞こえる。


「嘘しか書いていないよ!? こんなの酷すぎるよ!!」


 高千穂心名の声だ。

 振り向かなくてもわかる。掲示板から聞こえるのは心名の必死の弁論に、新聞を引きはがし破る音まで聞こえてくる。


 振り向かない。

 そんな状況を前にしても、平和は絶対に振り向くことなく教室へと向かう。


「……ねぇ、西都君」

 その途中、高千穂心名のボディガードである清武五鞠が待っていた。あの新聞に目を通し、教室へと向かおうとする西都平和をずっとそこで。

「お嬢様、必死になってアンタを庇ってるけど」

 その光景に目を通さない平和。  

 あまりにも健気でとても必死。周りから言いくるめられようとも意見を変えず、彼を庇おうとするその姿は胸に刺さるものがある。


「これだけやっても、アンタは何も感じないの?」

「……あんなことやったって無駄だから、今すぐ辞めさせろ」

 返事はしない。平和は五鞠の横を通り過ぎる。

「言っただろ。互いに迷惑になるくらいなら、俺は関わりたくない」

 それだけ言い残す。

 どんなことをしたって、その意見を変えるつもりはないと捨て台詞を残した。



「噂通り、昔と比べて手がつけられないの、事実みたいね」

 一人、教室へと向かって行く平和の背中に目を向ける。

「……そうなるくらい、痛めつけられたってことか」

 壁を殴る。五鞠はこの上ない何かを感じたのか、深く舌打ちをしていた。


「カズくんはそんなことしない! ほら、ここに証拠が、」

「お嬢様、行きましょう」

 何かを取り出そうとした心名。それを五鞠は止めると、無理やりその場から連れ去っていく。


「離して五鞠ちゃん!」

「……今は、耐えてください」

 何か意味ありげな。

 そんな言葉を呟きながら、騒動が大きくなる前に心名を連れ去った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後、クラスの教師に呼ばれた平和は職員室へ。

 あの一件、あの新聞の一件についてだった。先生の説教から解読するに……どうやら、昨日の不良どもが全ての責任を平和と牧夫の二人に押し付けて、根も葉もないことを言いふらしているらしい。


 お爺さんも元気ではあるが見ての通りフラついていた。記憶が曖昧だろうから、お爺さんの発言は証拠としては不十分であると言い切ってるし、あのバッティングセンターには監視カメラが一台もないために無実を証明できる映像もない。


 何より、その一件の最高の証拠として……喧嘩番長の牧夫と疫病神の西都平和。

 それだけの理由が最大の要因となって、不良生徒達の発言が事実そのものへと変わろうとしていた。


「このことについては、翌日に全校集会がある。君には謝罪文を書いてそれを読み上げることになってるから、しっかりと反省するんだぞ」


 先生から告げられたのは公開処刑であった。この人もすっかり不良の言い分を信じており、少しでも学校の印象をプラスに持って行こうと、職員会議にて一方的に出された提案を平和に押し付けていた。


「……はい」

 原稿用紙を受け取り、平和は職員室を立ち去った。

 どうせ何を言ったところで信用してもらえない。こういった文章も書き慣れているため、平和は何一つ否定しなかった。


 数枚の原稿用紙を片手に教室へと向かう。


「おっ」

 その途中……平和を煙たく思う生徒達とすれ違う。

 たまたまその場で駄弁っていたようだ。原稿用紙片手に廊下を歩く平和に気づいたのかニヤついた表情で眺めている。


「へっ、ざまぁねぇな!」

「ようやく天誅下ったって感じだな!ひっひっひ」

「恨むんなら、そういう体質に産んだ母親を恨んでくれよなぁ~……バーカっ!!」


 聞こえている。その裏口ははっきりと聞こえている。

 あの場に居なかった連中も、平和を陥れようと噂を広めているのだろう。本当に、暇していない連中だと言いたくもなる。


「……ちっ」


 それをスルーした平和は“彼らが見えなくなるところ”まではこらえる。


 自身の教室前。

 平和は、受け取った原稿用紙を力強く握りしめた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 昼休み。今日も一人で焼きそばパンを食べるために体育館裏へと到着。

 ここは涼しいし誰の邪魔も入らない。座り心地の良い重機のタイヤの山もあるしで至れり尽くせりである。その空気に安堵を浮かべ、平和は焼きそばパンを片手に牛乳を飲み干す。


「よっ」

 心地よい場所だと思っていたが、彼はそこで思い出す。

「やれやれ、俺達、こんな短い期間でまたも有名人だな?」

 焼きそばパン片手のリーゼント野郎は腰に手をやり、皮肉気に笑っている。


「隣いいか?」

「言っただろ。関わる気はないって」

「そう言うなって」

「じゃあ俺が消える」

「まあ付き合えって。俺も愚痴の一つや二つあるのさ……じゃないと一発かますぜ?」

「一発だろうと千発だろうと好きにやれば? 何やっても俺はここに残る気はない」


 平和は一緒に飯を食べる気はないとその場を去る。

 焼きそばパンもまだ食いかけで、牛乳瓶も半分中身が残っている。持ち運びが面倒ではあるが、一人で食べる場所を探し始める。


「関わり合いが苦しいって言ってたけどよ、そうやって溜め込む方が苦しくないか。お前?」

 牧夫は去ろうとする平和に告げる。

「窮屈すぎないか、そんな生き方」

「……俺の人生だ。俺が生きやすいと思ってるんだから、こんな生き方でもいい」

 体育館裏から去っていく。

 何を言おうが声は届かない。平和は事を荒げることもなく姿を消した。



「……“こんな”か」

 牧夫は焼きそばパンをかじる。

「本当、意地っ張りというか何というか」

 強情にも程がある彼が何処か口惜しい。そんな感情を浮かべながら食べる飯はとても味気ない。空いた腹だけは満たしておこうと、牧夫は無理に飯をねじ込んだ。


 ……例の新聞の件、そして反省文の事で愚痴ろうと思った牧夫ではあった。

 どうしたものかと考える。国語の成績なども壊滅的な彼は当然反省文や読書感想文も壊滅的な文章になってしまう。頼みの綱であった平和は去り、面倒な事になったものだと深く溜息を吐いていた。



「あ、あの」

 そんな牧夫の元に一人、男子学生がやってくる。

 眼鏡の生徒だ。その姿には見覚えがあった。


「あっ、お前は確か」

 昨日、例の不良生徒に絡まれていた男子生徒だ。何やら慌ただしい態度で彼の元へと駆けつけてきた。

「例の件だろ? 気にする必要はねぇ、こういうのは慣れてるしさ。ちょっとばかり悔しいが何とも思わな、」

「ああ、例の件。本当に申し訳ないと思ってるでござる。その件もあるでござるが……」

 妙な口調。謝罪をしている割には何故か高いテンション。


「あぁ?」

 不気味な空気を前に牧夫は首を傾げ始める。


「……ああいう卑怯な輩は許せないタチでしてねぇ。自分も酷い目に合ってるし、痛い目の一つや二つにあってもらわないとムカっ腹が立つわけですよ」


 笑っている。

 その男子学生は……とても陰湿な笑みを浮かべている。



「小林牧夫氏、一つばかり、拙者に協力してくれはしませんかねぇ?」


 この日、不敵な笑みを見せてきた男子生徒。

 これが……評価は満場一致のクソ野郎。“海老野三句郎”との出会いの瞬間であった。

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