CASE.27「純情サッドデイズ その10」
目が合ってしまった二人。
「あ、あぁ……えっとぉ……?」
ついに見つかってしまったと言わんばかりの表情を心名は浮かべている。
「あーあ。やっちゃいましたね、お嬢様」
しかもその後ろには、彼女のボディガードである五鞠の姿まであるじゃないか。彼女は“やれやれ”と言わんばかりに頭に手を置いた。
「……っ」
今の状況で目なんて合わせたくないと何より思ったのは……平和の方である。
あのお爺さんの言葉が本当に嬉しかった。滅多に受けることのない賞賛とお礼を前に、表情を崩してしまった平和の顔は誰にも見せたくないくらいに恥ずかしい表情を浮かべている。
見られた。よりにもよって、気になる“あの子”にまで見られてしまった。
「……くっ!」
耐えきれない。
平和の顔は赤い風船のように膨れ上がると、その場から逃げ去りたい欲求に耐え切れずに荷物両手に全力疾走をしてしまう。
「ま、待つのだよ! カズくん!!」
心名も全力疾走で平和を追いかけ始める。
そう、平和が感じていた謎の視線。あれは気のせいなんかじゃなかったのだ。
喧嘩番長に連れられ学園を出たあの瞬間も、ハンバーガーショップにて牧夫の奢りを受けていたあの時も、バッティングセンターのゲームセンターで突如感じた嫌な悪寒も……その全て、気のせいではない。
高千穂心名。すべては彼女の尾行による視線であったのだ。
「お待ちください! お嬢様!」
五鞠も必死に心名を追いかける。
「おい、平和。待て!」
牧夫も走り出した平和を追いかける。
「……っ!」
どれだけ呼び止めようとも平和は足を止めない。それどころか、恥じらいのせいで体にエンジンがかかったのかスピードは加速していく一方。何処に向かっているのかも分からないままに平和は路地裏の迷宮を経由して、その場から逃げ去ろうと考えていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
路地裏の迷宮。この商店街は結構入り組んでいる。
心名と牧夫の両方をまくことに成功した平和は荒げる息を必死に抑えながら隠れている。
「何処に行ったのかなぁ……?」
心名の気配。今も彼女はどこかに隠れた平和を探している。
「……よし、あとはアイツが諦めて帰るのを待とう」
うまく、まいたようだ。平和はホッと息を吐き、安堵する。あとは彼女が立ち去るまでひっそりと、外から様子を確認する。
「って、あっ、しまった」
ふと我に返り、平和は自分が何処に逃げ込んでしまったのかに気付いてしまった。
夕暮れ時の路地裏。さすがにこんな薄暗い場所に残して帰るわけにはいかない。だが、いきなり姿を現して外に誘導することもしたくない。
面倒な事に牧夫は心名達とはぐれてしまったようである。タイミングの悪い。
「まあいいか……見とけばいいだけだし。それで」
心名と五鞠が諦めて、外に出るのを待つ。それを尾行しながら監視する。
___平和がその作戦を決め込もうとしていたその時だった。
「お嬢様、一旦外に出て」
「あれ、何かメッチャ可愛い子いるじゃーん」
学生服姿ではない、フード付きパーカー姿の怪しい男達が心名を取り囲む。
「本当だ、滅茶苦茶可愛いねぇ」
「しかもこの制服……JCかよっ! くっは、たまんねぇ!」
面倒な連中数人に絡まれている。
しかも、不良学生なんかとは比べ物にならないくらい面倒な匂いがプンプンする。
「すみません。真っ白いエクステに赤いコンタクトをつけた男の人を見かけなかったのですか?」
そんな相手に堂々と声をかけて人を探していると告げる心名。
(どんだけ、ノーテンキなんだ、あいつっ……!?)
あまりにも度が過ぎてて驚いてしまう。空気からして普通の人ではないというのに……いろんな人に対して壁を作らないその性格が仇となってしまったか。平和は馬鹿丸出しだと頭を抱えてしまう。
「知らないねぇ……そんなことより俺達を遊ばない?」
「本当にJCかよぉ、結構、成長してるじゃん?」
男が一人。心名に胸に人差し指を突き入れる。
怪しい手つき。次第に荒くなっていく息。顔色も欲と色にまみれ、その不気味な顔つきにより物騒な印象を植え付ける。
「ひっ……!」
そこでようやく、心名の顔が青ざめた。
この連中が……言葉の通じる相手ではないと察した。心のどこかで。
「お前……!」
五鞠も力強く男達を睨みつける。
「大丈夫、お兄さん達優しいから。気にしないでさ」
腕が伸ばされていく。
少女二人。色欲にまみれた腕が近づいてくる。
「……触れるなッ!!」
___飛び出した。
ガラの悪い男達のその行動は平和の逆鱗に触れてしまった。
「ぐへぇっ!?」
心名と五鞠の二人に触れようとした男相手に飛び蹴りをかます。
思い切り頭に入った。軽い脳震盪で気を失うくらいに。
「なんだ、このガキ!?」
「ふざけやがって!」
反撃が来る。
「!?」
すかさず飛んでくるパンチに反応できず、平和は顔面にそれを受け止めてしまう。
まるで鼻が潰れるよう。視界がぐらりと歪み、平和の体は近くの室外機へと吹っ飛んでいく。角に背中をぶつけた彼は電流に撃たれたように体が仰け反る。
「カズくん!?」
「早く逃げろ、バカッ!!」
痛みに耐えながらも平和は声を荒げて叫ぶ。この場から即刻立ち去るように声の限り叫び散らす。
「おい、そっちのガキ達は、」
「行かせるかッ!!」
起き上がった平和は必死に男達を抑える。
「五鞠! 早く心名を連れて逃げろ! 早くッ!!」
行かせない。絶対に彼女達の元には行かせない。流れる鼻血を拭う事もせずに心名達を救おうと必死に抗い続ける。
「カズくん、やっぱり……!」
「ほらっ、早くこっちにこい!」
男の一人が心名に向かって手を伸ばす。
「触るな!」
蹴り。もう一発、別の男に蹴りが顔面を抉る。
「ぐふっ!?」
あまりにも綺麗な直線。90度以上高くあげられた足は男の顎を捕らえ蹴り上げる。男の体はフワリと浮き上がってしまう。
「……悪いけど、タイプじゃないんだよね。アンタら」
男に反撃したのは、ボディガードの五鞠だった。
スカートが思い切りめくれ上がるが、その中はスパッツであるために色気も何も感じない。こういった事態に備えての戦闘装束っぽさが滲み始めている。
かなり強くなっている。
アメリカでどういったトレーニングをしたのか分からないが、以前ただスポーツに自身があるだけのボーイッシュな少女ではなく、れっきとしたボディガードへと五鞠はランクアップしていたのだ。
現に、その蹴りのパワーは見事なもので、蹴り上げられた男は意識を失っていた。
「こいつら! 舐めやがって……」
「ゴルアアア! テメェラァアアアッ!!」
想定外の展開を与え続ける学生達。そこへ更に援護射撃へやってくるのは、この場にいる連中ではどうしようもない事態。
「俺のダチに何しやがるんだァアアッ!!」
喧嘩番長・小林牧夫。
最早、男達にとっては死神でしかない学生の登場に、救いの余地など与えられる暇もなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後、五鞠と牧夫の活躍により、怪しい男達は成敗された。
処理を終えた五鞠はふっと息を吐き、牧夫も複数人相手に疲れたのか拳を軽く振った後に首を鳴らしている。
そして、ただ一人。
鼻血を拭わず、近くの室外機に腰掛ける平和。
「はい」
ハンカチ。質の良さそうな綺麗なハンカチを、心名が平和へと渡す。
「……やっぱり、カズ君は昔のままだったね。また、私を助けてくれて」
「ああ、そうだ、昔のままだ」
ハンカチを受け取らず、平和は立ち上がる。
「俺は昔と変わらず疫病神……周りに不幸をまき散らす嫌な奴」
今回の一件。またも平和は自分を含めて周りを不幸に巻き込んだ。
「今日の事で分かっただろ……俺に関わったら酷い目に合う。だから二度と俺に関わるな。俺の事、覚えててくれたのは嬉しかったけど……もう、迷惑をかけたくない。だから」
「やっぱり!!」
心名は血にまみれた平和の両手を掴む。
「やっぱり私の事覚えていたんだね!」
そこで平和は気付く。
何故だろう。何故、こんなミスをしたのだろう。平和は分からなかった。
さっき殴られた衝撃のせいで脳に障害が起きたのか。頭の中で何かしらの制御装置が外れたのか知らないが、ふわっと本音を漏らしてしまった事に気が付いてしまう。
明らかに必要のなかった最後の言葉。
彼女のことを覚えていたという言葉に、彼は最大の失態を覚えてしまう。
「約束通り、またカズ君は私を守ってくれたんだよ!」
「……守って当然だ」
平和は表情を暗く歪める。
「俺のせいでこうなってるんだ。何もしないのは無責任だと思っただけ」
そっと立ち上がり、心名の手を振り払う。
「もう関わるなよ。それがお前のためだし……俺だって疲れる。迷惑かけて、それで恨みを買われるのは真っ平御免……」
「何でもかんでも自分のせいにするのはよくないよ!」
だが、心名は再び平和の手を握って、立ち去る彼を止める。
絶対に……今のこの状態で、帰すわけにはいかないと意思を見せる。
「カズくんは確かに他の人と比べて運が悪いかもしれないし、私も君の全部を知らないから強くは言い切れないよ……でも、何もかもがカズくんのせいで起きたとは限らないでしょ!」
平和の瞳を強く見つめている。
「それにカズくんだって言ってたじゃん! 何でもかんでも自分のせいにするなって! それってカズくん自身も、」
「聞いてたのか、それ……!!」
バッティングセンターでの恨みつらみ。
誰にも話すことのない本音を聞かれてしまった。
またも失態だ。
平和は言葉を吐き出す事すらも恥を覚えるくらいに顔を真っ赤にする。
「……とにかく! 俺は嫌だって言ってるんだよ! 誰かと関わるなんてっ!! どうせ分からないんだ!! なにをしたって苦しい思いをするくらいなら……俺は一人でいいっ!! 一緒にいるな、ウンザリだっ!!」
再び心名の手を振り払い、その場を去っていく。
もう止まらない。絶対に止まらない。
本当の想いだけを告げて、二度と近寄るなと言い切る。
「二度と関わるな! 俺は……誰とも喋りたくない」
平和は顔を血で濡らしたまま。
どれだけ優しい言葉をかけられようと、それを払拭し抹消する冷たい言葉を吐き出すだけ吐き出して、路地裏から姿を消した。
「……違うよ」
心名はハンカチを握りしめたまま、平和の背中を思い出す。
「それは違うよカズくん。カズくんは本当は……」
その寂しそうな背中を。
かつて、ジャングルジムの中から、憧れにも近い目で公園の皆を眺めていた、あの少年の姿を……思い出していた。
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