CASE.26「純情サッドデイズ その9」
「こら、やめんか……この子は何もしておらんじゃろうが……!」
何処にでもあるゲームセンターの風景。
ゲーム画面を見ると、それは最新型の対戦アーケードゲーム。空っぽの席の画面……対戦相手の体力ゲージの上には“18WIN”という文字が書かれている。
連勝している。二桁の連勝数なんて本当にあるものかと平和は感じる。
しかし、その連勝がこの一件の引き金となったのか。
「お前、チートしてんだろ」
「そんな卑怯な手を使って楽しいか? なんなら、本物のファイトで決着付けるか、あぁ? 調子こくなよ?」
不良生徒達は怯える男子学生に次々と挑発を仕掛けている。
店主のお爺さんの対応を見る限りでは、特にこれといった怪しい行動を男子学生は取っていないようである。つまりこの不良生徒達は実力で負けたというのに、その事実を認めずに、ゲームで負けたイライラをリアルで晴らそうとしているようだ。
文字通り、面倒な連中である。
ゲームで勝ちまくって調子には乗っているのは事実かもしれないが、根も葉もない事実を数の暴力で正当化するのは少しばかり目に余る。
「店で暴れるなと言っておるじゃろ! 警察を呼ぶぞ!」
「うるせぇんだよ、ジジィ!」
不良生徒の手がお爺さんに飛んでくる。
「ふぎゃっ……!」
お爺さんはハッキリ言って足腰が強そうには見えない。そんな人物を相手に平気で手を出した為に、お爺さんは床に思い切り腰を打ち付け悲鳴を上げる。
「「……ッ!!」」
その行動が逆鱗に触れた。
「おらっ、ちょっと表に出ろよ。この陰気メガネが……」
「面白そうなことやってんじゃねーか?」
ここのバッティングセンターのお爺さんにはお世話になっている牧夫。手を出した挙句、お店で一騒動挙げられている事が耐えられなかったのか、自称キレやすい体質の牧夫は堂々とその現場へと足を踏み入れる。
「俺もそういうゲーム大好きなんだよな。混ぜてくれよ」
拳を鳴らし、ガンを飛ばす牧夫。
不良生徒達はそんな牧夫を前に一斉に視線を向ける。
「ああ、なんだ? お前も遊んでくれて……って、ゲッ!?」
言ったはずだ。小林牧夫はこの辺では有名人。
最強の喧嘩番長と言われている彼の名をそこらで知らない者はおらず、特に不良生徒の間では要注意人物でしかない。
そんな有名人が堂々と喧嘩を売ってくる。数人がかりであろうが堂々と勝利してしまう喧嘩の神がお怒りの状態で声を駆けてきたのだ。
「え、ええっと……」
当然震えあがる。不良生徒達は次々とゲーム機から離れていく。
「だ、大丈夫だって、この数なら、いくら喧嘩番長でも」
「おい、アイツの近くにいる奴って……」
倒れてしまったお爺さんを起き上がらせる人物にも視線が行く。
その人物は西都平和。この商店街の疫病神。
「おいおい……喧嘩番長と疫病神が二人セットでこんな店に!?」
「おい行こうぜ!? 嫌な予感しかしねぇよ!」
「クッソ、覚えてやがれ……!」
不良生徒達は一斉にその場から去って行った。
喧嘩番長相手に喧嘩で勝てるとは思えない。それ以外にも、大量の不幸をまき散らすという都市伝説を持つ西都平和までその場にいたのだ。
嫌な予感しかしない。体で危険を察知した不良生徒達は一斉にバッティングセンターから去って行った。
「アイツラ、俺らの中学のところか……次に見つけたらしばいてやる」
牧夫は立ち去って行った連中相手に唾を吐いた。
「おい、大丈夫か?」
「あ、はい……大丈夫……大丈夫でござる」
「ござる?」
怯えあがる“眼鏡の男子学生”。
「……失礼!」
「あ、おい!」
その男子学生は急に起き上がると一心不乱にその場から去っていく。訳の分からない不良たちに理不尽な絡まれ方をされただけでとどまらず、喧嘩番長にまで声をかけられたのが恐怖だったのか、その場から逃げてしまった。
「ったく、お礼の一つくらいはしてほしかったがなぁ」
「大丈夫ですか?」
腰を打ち付けたお爺さんに声をかける平和。
「ああ、大丈夫じゃぁ。打ち所は悪くないようじゃわい……ありがとなぁ、喧嘩になる前に止めてくれてのぉ。何かお礼をさせておくれ」
お爺さんは自分の力で立ち上がると、お店の奥へと向かって行く。
「ほれ、君も持っていけい。いつも遊びに来てくれるお礼じゃ」
持ってきたのはホームラン賞の駄菓子の詰め合わせ。しかも、平和が貰ったのと同じ量のもの。
「マジでか! ありがとな、爺さん!」
牧夫は笑顔でそれを受け取った。
「お前さんもありがとうな。こんな寂しい場所じゃが、いつでも遊びにおいで」
「いえ……たぶん、もう来ないと思いますから」
平和は静かに立ち上がり、お店を出ようとする。
「ま、待ちなさい。どうしてだい?」
「……お爺さんも俺の事は知ってるでしょう。あんな目にあったのはたぶん俺のせい」
疫病神。その不幸がお爺さんに受ける必要もない傷を負わせてしまった。
問題ないと言っているがさっき以上に体が震えている。打ち所は悪くないと言っているが、それも恐らく嘘であろう。強がっているのが目に見えてわかる。
「迷惑、かけたくないので」
「何を言っておるかっ!」
震えながらもお爺さんは平和の元へかけより背中を叩く。
「お前さんは何もしておらんじゃないか! 今日はたまたま、あんな出来事が起きただけじゃっ! お前さんは悪いことはしておらんし、むしろワシとあの子を助けてくれたじゃないか! 何をそう変な事をボヤいておる!」
大笑いしながら何度も叩かれる背中。平和は思わず声をあげそうになる。
「まあ、また来るかどうかはお前さんに任せるわい。このジジイはいつでも待っておるし、次に遊びに来た時にはお茶の一本くらいサービスしてやるぞ!」
思いがけない祝福。
「……っ」
平和は一瞬だが、そのネガティブにまみれた表情が緩む。
「……か、考えときます」
平和はそそくさとバッティングセンターを離れていった。
「おい! 平和待てって!」
お爺さんが手を振って見送る中、牧夫もご褒美の駄菓子詰め合わせを手に、去っていった平和のあとを追いかけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
駄菓子を手にそそくさと平和は商店街を歩く。
一刻も早くバッティングセンターから離れたい。その一心だった。
「おい待てよ!」
牧夫はそんな平和を片手で呼び止めた。
「どうして急にお店を出て」
「……何ともない」
一瞬だけ見えた平和の顔。
「何にも……ない……っ」
その顔には、一粒だけ“涙”が浮かんでいた。顔も真っ赤に染まっている。
悲しいからじゃない。嬉しいからだ。
その表情にはほんの一瞬だけ、笑顔が浮かんでいた。
「……お前、やっぱり」
「うるさい、余計なこと言うな」
力強く牧夫を振り払い、その場を再び走り去ろうとする。
「……ッ!」
その瞬間、目が合ってしまう。
「あっ」
……電柱から隠れて、こちらの様子を眺め続けている人影。
“高千穂心名”。
気まずい空気の二人の視線が“ついに”交わってしまった。
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