CASE.25「純情サッドデイズ その8」


 西都平和は今日ほど運が悪い日はないなと感じていた。


 そこは、田舎臭さが残る個人営業のバッティングセンター。店内は最新のゲームが少しと、昔ながらのレトロゲーム。景品獲得のルーレットゲームやUFOキャッチャーなどが寂しく並んでいる。


 このお店を経営しているのは入れ歯が必要なヨボヨボとした爺さんであり、その爺さんは常春町の都市伝説とやらにも全く関心がないために、平和や牧夫といった有名人を出入り禁止にすることもなかった。


 長い期間営業し続けたという老舗のバッティングセンター。

 握られた金属バットのように鋭いリーゼントを靡かせ、学ランを腕まくりした小林牧夫は130kmのステージへと立つ。


「いやぁ、嬉しいぜ! ようやく俺にも友達ってもんが出来たよ!」

「だから俺はOKを出していな」

「せっかくできた友達だしな! ここ、結構な穴場なんだぜ? ホームランを獲得したら、一か月分の駄菓子詰め合わせが貰えるぜ?」


 聞いちゃいない。

 随分と面倒な人物に絡まれてしまったものだと平和は項垂れる。


(俺、スポーツ無理なんだけど……)


 スポーツにはこれといって興味がない平和は今すぐにでも帰りたい気分だった。本来だったら、この時間は家に帰り着いて勉強の一つでもやってる時間帯である。


 溜息を吐きながら、投球マシンに100円を投入するリーゼントを眺めている。


「……俺ってさ、元々は喧嘩番長って言われるほど強くなかったし、喧嘩もあまり好きじゃなかったんだよ」

 バットを構えたまま、不意に牧夫が話しかけてくる。


「最初の頃は、数に物を言わせて、喧嘩慣れしていない奴を虐めている奴を助けたのが最初だった。そいつらはハッキリ言って強くなかったから一人でどうにか出来たんだけどよ……そこからだったよ、俺が喧嘩番長って言われるようになったのは」

 バットを振ると、頭のリーゼントも軽く揺れている。


「俺にやられた奴らがありもしないホラを吹きまくったんだ。それ以降、学校のあらゆる不良に目をつけられてな。んで俺は仕方なく相手をしてやって、今のままじゃ流石に不利があると思って自分を鍛えて……気が付いたら、あっという間に天下の喧嘩番長様ってわけさ」


 飛んでくる130kmのボール。

 勢いに任せ、そのボールを打ち返す。


「俺よ、あまり喧嘩好きじゃないんだよ。本当はな……でも、俺って結構キレやすいってのもあるし、困ってる奴を放っておけないしで、流れに任せてこうなった」

(……うん、わかる)


 キレやすいという一面に関しては平和は強く頷いた。

 実際そうだ。リーゼントの事について触れた瞬間に最初とは比べ物にならないくらい怒りを剥き出しにしていたのだから。


「まあ、喧嘩番長になっちまったのは俺の自業自得だし問題ないさ……でもよっ」


 牧夫はボールを打ち返す。

 しかし、ホームランには中々届かない。絶妙に狭いあのコースを捕らえるのは難しいようだ。


「言いたいことは山ほどあるわけさ! だけど相談してくれる奴も居ねぇ! だから、ここで愚痴を吐いたり、ストレスを発散してるわけさっ!」


 今のところ、全てのボールを打ち返している。

 130kmというボールは想像以上に速い。目で終えても体が追いつくか分からないスピード。飛んでくるボールはまるで鉄球のような凶器と化しているスピードだ。


「まぁ、吐きたい愚痴が無くなっちまって今はこうして打ってるだけだがな、案外すっきりするモンだぜ、こういうの」

 

 牧夫の声といっしょに、ボールが打たれる音がエコーとなって響く。


「……お前もさ、言いたいこと。実は山ほどあるんじゃねぇの」

 ふと、牧夫は平和の方を振り向いた。

 ボールはまだ大量に残っている。ストライクゾーン真っ直ぐに飛んでくるボールを無視して、バット片手に平和を眺めている。


「言いたいこと……?」

「お前ってさ……昔の時も若干感じていたが、結構“負けず嫌い”というか、意地っ張りなところがあるだろ?」


 ジャングルジムの中からずっと公園の風景を眺めていたあの頃。

 牧夫はその時代の平和のことを思い出す。


「あんだけ酷い言われようだっていうのに、お前は公園からどこうとしなかったし、今もこうして学校に堂々とやってきている。そうやって、胸を張り続けているところ、俺、結構気に入ってるんだぜ? 色んな意味で肝が据わっててな」


 いい意味でも。悪い意味でも。

 牧夫はそう口にして、ボールを残したまま外に出る。


「悪い、ちょっと変わってくれねぇか? トイレ行きたくなっちまった」

 バットを平和に無理矢理渡す。

「……言いたいことはお前も山ほどあるだろうし、ここで吐き出したらどうだ? スッキリするぜ、意外とな」

 それだけ言い残して、牧夫はその場を後にした。



「本当に自分勝手な奴」

 トイレくらい最初に言っておけと平和は愚痴を漏らす。

 手汗のこびりついたバット。そして、次々飛んでくるボールはまだ8球近く残っている。



「……スッキリ、する。か」


 気が付いたら、平和はマウンドに立っていた。

 130kmのボールのスピードなんて捕らえられるはずもない。だけど、平和は投球マシンを睨み続けている。


「……確かに俺は周りよりも運が悪いとは思う。それを周りにまき散らして、巻き込んで……申し訳ないとは思っている」


 飛んでくる野球ボール。

 それを平和は見逃しストライク。


「……だけど」

 バットを強く握りしめる。


「不安な気持ちもわかるけど、巻き込まれていない奴まで俺に文句を言って……変な同乗振りかざして俺を餌に良い奴アピールをして……ッ!」


 飛んでくる130kmのボール。







「何から何までで被害者ヅラするんじゃねぇーーーーッ!!」






 当たる。

 金属バットに、渾身の一振りが命中する。


 結果はファール。ボールは虚しく転がっていく。





 残り一球。

 あと一発、残っている。


「何より、一番むかつくのは……!」

 最後の一発が、平和へと飛んでくる。


「自分の失敗も! 企業の失敗も! 何から何まで俺のせいにするなっ! 自分の失敗を棚に上げるな! くそったれッ!!!」


 ヒット。最後の一発は見事にヒット。

 飛んでいく。野球ボールは勢いよくホームランボードへと飛んでいき命中。


 祝福のBGMがなる。

 しかもそのステージは130km。寂れたバッティングセンターなだけに祝福してくれる観客はいないので虚しさだけが響いてくる。



「……スッキリしないな、やっぱり」

 バットを力なく投げ捨て、ホームランボードを眺めていた。

 本来ならばホームランを取った瞬間に店主を呼んでくるべきなのだろうがそんな元気はない。むしろ、叫び疲れただけであることに脱力感だけが芽生えてくる。


 叫んだだけで何もスッキリしない。

 この虚しさ、たった一人だけこのステージで叫んだってその声が誰かに届くわけではない。


 __結局、理解される事なんてない。

__自分の叫びなんて、疫病神の自分勝手なワガママと片付けられるだけ。



「おっ! ホームランじゃねぇか! ちょっと待ってろ、店主呼んでくるわ!」


 ……虚しいだけじゃないか。

 平和は爺さんを呼びに行く牧夫を背に、力強く舌打ちをした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後。お爺さんから『おめでとう』の一言と共に大量の駄菓子が入った袋を渡される。


 ホームランを打ったステージがステージなだけにその量はいつも以上に豪華なのだという。大量の駄菓子が入った袋と教材の入った中学校の鞄。ハッキリいって大荷物になってしまうので突き返したいところではある。


「んじゃ、次はゲームでもするか」

(帰らせてくれ)

 今日は一段と気分が悪い。

 平和は駄菓子を抱えたまま、ドっと溜息を吐く。



(……ん?)

 そんな中、再び妙な悪寒を感じる。

(……むむむ)

 視線だ。やはり視線を感じる。

 誰かがこちらを見ているような気配を感じるのだ。


(考えすぎ、か……?」


 ずっと気のせいのはず。

 平和は敏感になりすぎた自分の被害妄想癖に反吐が出そうになった。



「おっ、ちょっと待て」

 そんな中、牧夫の声。

「……なんか、嫌な予感がするぜ」

 最新ゲーム機のエリアで騒ぎ声がする。


 集まる不良生徒達。そして、囲まれているのは一人の男子学生。

 お店では騒がしくするなと必死に口論をする店主のお爺さん。





 嫌な予感を前に、牧夫と平和はすっと息を呑んだ。

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