CASE.24「純情サッドデイズ その7」


 目の前に現れたのは何ともまあ、ゴツイ兄ちゃんだった。

 学ランの下に着用した赤い文字入りTシャツ。それ越しであっても分かるくらいに筋肉質な体。肉の張りつめた剛腕。入学式でする服装か、それが。

 

 平和の睨みなど屁でもないレベルのガン飛ばし。手に握られている牛乳瓶なんか、その場で握りつぶしてしまいそうな巨漢の男。本当に中学生なのだろうかと異論したくなる。


 そんなとんでもない図体の男に平和は声をかけられてしまう。

 しかもガン飛ばしまでセット。明らかにヤバい奴に絡まれてしまったのだ。


(なんということ)

 焼きそばパン片手に平和は震えている。

(今日も早速、か……!)

 誰一人目も入らなさそうな場所で静かに焼きそばパンを食べようとした矢先にとんでもない奴に声をかけられたと平和は内心怯えている。そんな恐怖にまみれた表情も態度もしっかり隠してはいるが、震えまでは隠しきれない。


 そう、何故ならば、喧嘩を吹っ掛けてきた相手はこの辺ではあまりにも有名人。

 



 その名は“喧嘩番長・小林牧夫”!

 その名の通り喧嘩は負け知らず、数多くの伝説を残してしまっている。



 百人近くの相手を一人でぶっ倒して病院送り。バイクなどによる突貫攻撃だろうと対抗してみせる。バッドや鉄棒で殴られようとケロっとしている。

 まさしく喧嘩の天才。戦いの神。その男に喧嘩を挑まれたら、戦いが始まる前から勝敗が決してしまっていると言われるほどの男である。


 ___ちなみにこれ、小学生高学年時代の話。

 誰と喧嘩してたんだと言いたくもなる。



(あぁ……だるッ……!)


 その数多くの暴虐からか、この中学校では勿論の事、商店街の方でもブラックリストに数えられており、彼を見る也、声をかけてくる警察も多数。外を歩くだけで一騒動起きてしまう有名人なのだ。それくらいに悪名が高い。


 何度も何度も、問題を起こしては転校を繰り返したと悪い噂がたんまり。

 そんな人物に声をかけられた。なんて不幸か。


 ___これは死んだな。

 平和はこの上ない最悪の未来を想像しながら焼きそばパンを頬張る。


「おい、お前何、堂々と飯を食べて」

「うるさい」


 平和はギラリと目つきを変える。小林牧夫を睨みつける。


「ここは俺の場所。悪いか」

 黙ってこの場を去るのは嫌だった。

 負けると分かっていて反抗して何が悪い。“周りの言葉に大人しく従う姿勢を見せたくない”平和は命知らずな発言を小林牧夫に向けてぶちまけてしまった。


「なんだ、やるのか?」

 牧夫は軽く首を鳴らす。


「いいよ、かかってこいよ」

 焼きそばパンと牛乳瓶をその場に残し、平和は喧嘩番長に立ちはだかる。

 喧嘩番長もその姿勢を目の当たりにすると、昼飯である焼きそばパンを近くのタイヤの上に置いて首を鳴らす。既に戦闘態勢だ。


「お前からかかってきな!」

「あぁ、そうかよ!」

 平和のパンチが喧嘩番長の胸にぶち当たった。


 あれから不慮の事態に巻き込まれやすい平和は当然、こういった喧嘩のハプニングにも巻き込まれやすくなった。そのまま何もせずにやられるのも癪だし後が面倒くさいので、こういった事態には自分で身を守れるようにある程度の喧嘩の知識は入れてある。


「効くかぁあっ!」

 ただし、”勝てるとは言ってない”。

「ぐふぅううッ!?」

 たった一撃。平和は喧嘩番長のパンチを食らってノックダウンしてしまった。


 喧嘩には多少慣れた。だからといって勝てるとは言っていない。

 複数人相手とか、かなり喧嘩慣れしている奴を相手にすれば流石に負ける。喧嘩の神とまで言われているこの男相手に負けるのは当たり前。


「かっ……くふぅ……」


 もう立ち上がる元気すらなくなった平和。

 正直、勝とうが負けようがどうでもいい。大人しく、いそいそと立ち去るのが嫌なだけだったので、ある程度反抗できただけ何とも思わない。


「んー……終わりか?」

 覗き込んでくる喧嘩番長。

「そう、見えるかよ……?」

 それを相手に平和はまだ睨みを辞めない。トドメを刺したければお好きにどうぞと平和はただただ目を尖らせる。


「じゃあ、終わりにしてやるよ!」


 牧夫は拳をグッと握る。

 トドメの一撃にと、その拳を平和の顔面へと浴びせようとした。






「……?」


 ピタリと、止まる。

 平和の顔面の眼前で拳は止められる。


「ハッハッハ! 相変わらず目つき悪いな、お前! 昔と変わらねぇ!」

 笑っている。喧嘩番長は大笑いしながら拳を引っ込めた。


「え?」

 いきなりの展開に平和は戸惑いながら体を起き上げる。

 立ち上がることは出来ない。ただ上半身を起こしただけだ。あまりの驚愕に体から緊張感が外れて一気に軽くなったような感覚だった。



「俺だよ俺!ほら! 覚えてねぇか!?」

「え、ええっと……」


 何処かでお会いしただろうか。

 平和はひたすら思い出そうと必死である。


「俺だよ! ほら、一緒にサッカーやっただろ! お前に話しかけた、」

「……ああっ!!」


 平和はようやく思い出したのか、ビシッと指をさす。


「“趣味悪い変な頭”のサッカー少年!」

「もう一ラウンドいきたいか、テメェ!?」


 再び突き上げられようとした拳。

 思いがけない再会に、平和は慌てふためいていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数分後。平和は保健室に連れていかれ治療を受ける。

 怪我の内容としては、近くで盛大に転んだという事にしておいた。明らかに顔面に殴られた跡があるので保健室の先生からは嘘だと見抜かれてしまったが。


 結果。正直に、喧嘩になったと白状した。

 西都平和に小林牧夫。この辺では悪名の方で評判の高い二人ならばこんな事が起きても仕方ないかと理由は何一つ聞いてこなかった。




 ___なんだかんだあった、その日の放課後。


「というわけで、お前の話を聞いて懐かしくなってな。必死こいて探し回って声をかけたってわけよ!」

 西都平和と小林牧夫は近くのファーストフード店で久々の再会がてらに会話をしていた。


「へぇ……」


 ここのファーストフード店は数少ない“彼等を立ち入り禁止にしないお店”のために二人は入店できている。とはいえ、噂も噂なので店員からは明らかな温度差の違う対応を受けられた上に、隅っこの席へ案内される。


 近くにいた客たちも別の席に移動する。

 あまりにも酷い温度差を感じるが、二人は気にすることなく会話を続けていた。


「しっかし、変わらねぇな? 昔のまんまじゃぁねーか」


 喧嘩番長・牧夫。彼にオススメされたという中学校こそが、西都平和の入学するこの学園だった。何かの陰謀こそ感じるような気がしなくもない。


「俺に会うのはいいとして。なんで俺を殴る必要があった?」

「いや、以前よりも話を聞かない奴になったって聞いてな。ちゃんと話を聞いてもらうには一度殴って大人しくする必要があると思ってな」

「俺は獣か何かか」


 一度殴って鎮静化とか、能筋思考にも程がないだろうか。

 あまりに理不尽な理由で殴られたものだと平和はハンバーガーにかじりつく。ちなみにこのハンバーガーは牧夫の奢りだ。


「んで、俺に話しかけた理由はそれだけ?」

 まさか、本当に“久しぶり”という言葉をかけたいだけに殴ってきたなんて言い出さないだろうか。そうだとしたら、この上ない理不尽に痰をぶちまけたくなる。



「……実はな」

 小林牧夫はそっと声を漏らす。


「俺さ、好きで喧嘩番長やってるわけじゃねぇんだよ。本当だったら、周りの奴らと同じように普通の学生に戻りたいわけだけど」

「無理でしょ」

「即答かよ!」


 牧夫はツッコミがてらにチョップを入れてくる。


「……張り付いた悪名って、そう簡単には剥がれないよ」

 何処か遠くを見ながら呟く平和。

「テープみたいに簡単に剥がれるのなら、苦労はしない」

 その瞳には、諦めの態度がこびりついて、あまりにも冷め切っていた。


「……」

 そんな彼の表情を、牧夫は見逃さなかった。


「ああ、そうだ。悪名ってのは中々剥がれないからな。普通の奴と仲良くするのは難しいだろうよ。だが、やっぱり普通に過ごしたいわけだ。普通に男友達とサッカーするなり、カラオケいくなりしたいわけよ……要は友達が欲しいわけだ」

「無理だと思うよ。評判考えると」

「ああ、そうだ。普通の奴だったら無理だろうな」

「……お前、まさか」


 コーラを飲んでいた平和の顔が青ざめた。

 普通の奴と友達になるのは無理……しかし、それでもなお、友達が欲しいという言葉を前に思い当たる展開が見つかってしまったからだ。



「……平和、俺とダチになってくれないか!」

 やっぱりそう来たか。平和はコーラの入った紙コップを握りつぶした。


 そうだ、悪名の強い者同士仲良くする。しかも、過去に少しだけ交流を深めているのだから理由の一つにでもできるという算段なのだ。


「頼むよ! お前以外にアテがねぇんだ!!」


 真似事を少しでもしたいから犠牲になっていただきたいという喧嘩番長本人からのお願いであった。両手をつけて、大声でお願いしてくる。


「いや、俺は誰ともかかわりたくな」

「もう一ラウンド行くか」

「考える時間ください」


 喧嘩で脅されるのは勘弁願いたい。

 それだから島流しにあうんじゃないのかと平和は呆れ気味に社交辞令を返すことにした。


「よーしっ! じゃあ、さっそく交流の一つにこれからバッティングセンターにでも行くか!」

「ちょっと待て、俺はオーケーっていってな」

「ヒァウィーゴー!」


 そのまま平和は連行される。


「……勘弁してくれ」


 不幸だ。今日は限りなく不幸である。ここまで最悪な日があっただろうかと平和は助け求めて声を上げ続けていた。



「……ん?」


 その一瞬。

 ____誰かの視線を平和は感じた。


「……?」


 だが、今はそれどころじゃない。

 この状況、どうにかできないものかと計画を練るのが先であった。

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