CASE.23「純情サッドデイズ その6」
入学・進学式が終わり後日、心名は念のため五鞠の協力を得て調査をする。
もしかしたら見間違え、人違いだったかもしれないと。もしも間違えていたとしたら赤っ恥もいいところだし、何より間違えられた本人に失礼である。
調べることにした。昔知り合ったあの子にそっくりな、あの男子生徒の事を。
……数人の男子生徒、女子生徒は語る。
『あの男は疫病神だ』と。
あの男の身近には常に不幸な出来事が起こる。その出来事は小さなこともあれば大きなこともあり、時には科学的根拠による証明すら不可能なことまで呼び起こす。
しかもその不幸は場合によっては周りにも伝染するのだ。
強盗が起きたファミリーレストラン。次々と自転車から転倒していくスポーツマンに小学生たち。極めつけは交通事故にあってしまった野良猫。
そんな不幸な事件の出来事が起きる際には必ず彼がすぐ近くにいるのである。
彼に近づけば、何れは自分もあんな目にあうだろうから近づくべきではない。
何より、その本人は何も罪悪感を浮かべておらず、堂々と学園に足を運んでくる。彼は学園を無法地帯にでも変えたいのかと怒りを覚えてしまう者もいた。
振る舞いも限りなく最悪で、周りとコミュニケーションを取ろうとしない。そんな彼こそ、疫病神以外に呼び名があるだろうか。
疫病神。その名は“西都平和”。
この街一の嫌われ者。
「……やっぱり、カズくんだよ」
「ええ、間違いないですね」
一通り情報を集め終えた心名。式を終えた後の休憩時間、中庭で五鞠と共に弁当を食べて互いの情報を整理している。
昨日話しかけた男子生徒はやはり西都平和であった。あの面影はやはり見間違えではなかったし、声変わりも始まっていて少し変化しているがあんな声ではあった。
「疫病神。相変わらず、そう呼ばれてるみたいですね」
五鞠も紙パックのリンゴジュースを口にしながら、集めた情報をまとめる。
彼女達も一度は平和の不幸を体験している。その噂らしき出来事に直面したこともある。
懐かしい呼び名。紛れもなく彼である。
ただ、話を聞く限りでは以前よりも付き合いが悪くなっているようだが。
「何だろう」
弁当を手にしながら、心名は呟く。
「私、なんだか、凄くイライラする……っ!」
その怒りは、決して”平和本人”へ向けられたものではない。
今まで彼の事を話してくれた生徒達。しかし、その生徒達は決まって西都平和の事を“歩く天災”のように話しかけていた。
誰もが西都平和に対して、人間としての印象すら与えていないような……存在すら許さないような言い方がほとんどだった。
数日だけだったとはいえ友達だった。
彼の事をあそこまで酷く罵るこの環境に、心名は深い嫌悪感を浮かべていた。
「まっ、良くは思いませんね。私も。ネチっけぇというか」
五鞠は弁当のおかずである卵焼きを食べながら呟いた。
「……うぐっ!?」
途端、五鞠は顔面を真っ青に。死ぬ五秒手前レベルの酷い形相になる。
「お、お嬢様。この卵焼き……」
「あっ! 私が作ったんだよー! 昔は料理下手だったけど、今はこうして勉強してるからね! どう、味は!?」
「……硫黄の香りが、とてつもなく不愉快です」
「うーん、味付け失敗したかな~?」
それ以前に卵焼きに何を入れたんだ。そっちの真相を確かめるべきかと五鞠は止まりそうになる心臓を必死に叩き続ける。
「あっ」
三途の川が見えかけた瞬間。五鞠はふと、廊下へと目を向ける。
「いた」
西都平和だ。
焼きそばパンを片手に何処かへ向かおうとしている。周りからのヒソヒソ話にも聞く耳持たずの彼は何事もなく、外の通路を堂々と歩いている。
「カズくん!」
弁当をベンチの上に置いた心名が再び彼に話しかける。
「……ん?」
目の前に突如現れた心名。それに平和はピタりと足を止める。
「私だよ! 心名だよ! お久しぶりなんだよ!」
胸に手を当て、心名は何度も再会をアピールする。
実に四年近く立った。突然の出会いと別れから四年近く経過しても、心名はただ一人、あの状況で体を張って助けに来てくれた平和の事をずっと忘れなかった。
『また、日本に帰ってくることがあったら大きくなって守ってやる。』
そう口にしてくれた友人の事を忘れるはずもなかった。
「……大きくなったね。前よりもカッコよくなったよ!」
それはお世辞ではなく本当だ。
西都平和は性格に難こそあるが、顔立ちはとても整っている。その不愛想な表情と野良犬のように尖った瞳がその印象を台無しにするため気付きづらいかもしれない。
本当に大きくなった。カッコよくなった。
久々の再会を喜びながら、一方的に心名は話しかけ続ける。
「あの日の約束覚えてる? 私は」
「誰だよ、お前」
冷たい返事。
平和はただ、一言でその先の言葉を遮った。
「お前みたいな奴、知らないけど」
「え……」
この人物は間違いなく西都平和で間違いない。
まさか、彼自身が覚えてないというのだろうか。
「……ごめん、急いでるからどいて」
「待って! 人違いなんかじゃ」
「お前、気持ち悪いよ。さっきも、あんなふうにベタベタ話しかけて」
振り返った平和の視線は、あまりにも冷ややかだった。
「はぁ、メンド……」
立ちはだかる心名を避けて、平和はそそくさと焼きそばパンを手に何処か遠くへと消えていく。
立ち止まる心名。思考がフリーズする。
感動の再会かと思いきや、あまりにも素っ気なく呆気ない。
「おいおい、あんな可愛い子に声かけてもらっておいてあの態度かよ……」
「自分を何だと思ってるんだよ。群れる気もないなら学校に来るなって言うんだよ」
「不貞腐れているにしても、他人にあたるのは勘弁願いたいねぇ~」
明らかに大きくなるヒソヒソ話。とっとと、この学校から消えろと言わんばかりのサインを西都平和本人に送っている。
しかし、彼はその言葉に対して耳一つ向けようとしない。歩く速度も変わらず、あっという間にその場から立ち去ってしまった。
「カズくん」
「お嬢様……」
とてもショックだったのか、心名はその場でうずくまってしまう。
あまりにも酷く凍り付いた空気に、五鞠はただ黙って彼女の背中を擦る事しか出来なかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
___体育館裏。
西都平和はたった一人で人集りも何もないこの場所に到着すると、売店で購入した焼きそばパンを二つに牛乳瓶を用意して、そっと息を吐く。
「なんだよ。お昼ご飯体験タイムって……」
入学式が終わると、そこから学園内の案内とか色々あった。
お昼の時間になると、『では、今から新しい仲間との交流を深めるためにお昼ご飯体験タイムを始めまーす!』だなんて、訳の分からないことを教師が喚き始めた。
「家に帰って、適当に済ませるつもりだったのに……」
座り心地の良い大きなタイヤの山。その上に腰掛けた平和は焼きそばパンを黙々と空けると、一口で四分の一近くを放り込み飲み込んだ。
「ふぅ」
深く息を吐く。
ドッと疲れでも舞い降りたのか、平和は項垂れる様に下を向く。
(あれ、心名だよな……ッ!?)
___彼は強く動揺していた。
平和は自分に話しかけてきてくれたあの女の子の事を意識していた。
(え、嘘……!? 覚えてた? 俺の事、覚えててくれたのか……!?)
顔が真っ赤である。その上、冷や汗も大量に流している。
(嘘だろ……おい……ッ)
あの日の事、たった数日の交流での自分を覚えててくれていることにこれほどない喜びを感じているようでもあれば、今思い返せば、当時の自分はあまりにも恥ずかしい発言をしたものだと恥じらいも混じっている。
困惑と動揺が止まらない。
平和はただひたすらに頭を掻きむしっている。
(……とても可愛くなってた)
小学校当時も目を奪われるくらいに可憐だった。
中学生になってより女の子っぽくなったうえに更に可愛くなっている。あの天真爛漫さは相変わらずだし、どのような空気だろうと進んで交流を深めようとしてくる壁のない性格も何一つ変わっていない。
……一つ変わったことがあるとすれば、やっぱり身長とか体とか。
胸に膨らみが見え始めていたし、とてもスタイルが良かった。成長した心名の姿がしっかりと目に焼き付いたのか、思い出すたびに頭がパンクしそうになる。
(カッコよくなった、か)
あの日の事を覚えててくれた。また遊ぼうという約束も。
その何もかもが嬉しかった。
「でも、ダメだ」
平和は焼きそばパンを手に、再び空を見る。
「……関わるものか。ああ、絶対に」
この一年間。中学校に入ってから彼は誰一人として交流していない。
「関わってやるものか」
心名がいなくなってから、あのサッカーの集いはなくなった。
彼女と交流を深められないのなら集まる必要もないという決断に至ったのだろう。割と軽薄である。
その後、交流のなくなった平和は当然再び孤立。
しかも学年が上がるたびに彼の不幸はエスカレートしていく一方であり、その噂も悪名に近いものとなって広がり始め……ついには、彼の存在は救いようのない悪党にまでのし上がった。
無理もない。現に彼は思っている。
“自分の不幸は本物である。皆を不幸にする”と。
「とっとと食べて、教室に戻るか」
今日も今日とでボッチ飯。
平和はまた一口、焼きそばパンを口にしようとした。
「……おい」
声がする。
「ん?」
平和はそっと顔を上げる。
「ここ、俺の場所なんだけどよォ」
立ちはだかる。
平和よりも遥かに高い身長。そしてゴツい体つき。
校則違反ぶっちぎりに魔改造制服。そして巨大な“リーゼント”。
不良だ。
見ての通りの不良が、焼きそばパンと牛乳片手に平和にガンを飛ばしていた。
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