CASE.22「純情サッドデイズ その5」


 ……それから数年の時が立った。


 サッカーボールで遊んでいた子供達は成長し、中学校に進学した頃の季節である。漢字や数式の読み書きも安定して出来るようになり、言葉遣いもちょっと大人に近づいた頃合いのことである。


 ___桜並木の道。

 学ランとセーラー服を身に纏う学生達。花びらの小雨が、生徒達の進学を祝うように降っている。


「いよぉっ!」


 桃色のカーペットのように敷き詰められる花びらの道。

 その真ん中で、セーラー服姿の少女が腰に手を当て、高らかに叫ぶ。


「Come back JAPAN!!」

 発音、そして単語の並び。妙に怪しい英文を高らかに叫ぶ女子中学生の姿が一人。

「私は帰ってきたー!!」

 風にふわりと揺れるツーサイドの髪に短めのスカート。頭にちょこんと花のように飾られているリボン。


 ___女子中学二年生。テンション高めの中学生は両手を上げて堂々宣言。


「待ちかねたのだよ! この日をーーーッ!」


 ……高千穂心名、帰国。

 久々の日本の空気が非常に美味しい。数年ぶりに日本に帰ってきたというのにアメリカらしさゼロの彼女であった。


「お嬢様」

 その後ろで、令嬢らしからぬ彼女を止める従者の声が一つ。

「はしたないですよ。まったく」

 清武五鞠。彼女もまた、ボディガードとしての勉強を終えて心名と共に日本へ帰国した。


 小学生の頃と比べて女性っぽさは見え始めたが、それでもやはりボーイッシュな一面は変わらず、折角のスカートも丸見えのスパッツのおかげで台無しといったところ。イメチェンに伸ばした髪の毛もポニーテールで縛っている。


 こうは言ってるが、五鞠ははしゃぐ心名を前に静かな笑みを浮かべる。


「またまた~、そんなこと言ってさぁ~、五鞠ちゃんも久しぶりの日本が嬉しいくせに~!」

「そりゃー、うれしいですけどー」

「素直じゃないねぇ! この、このぉ~!!」


 テンションはやはり小学生の頃のままなのか。アメリカで受けたマナーの勉強も全く染みついていない心名は五鞠の後ろから抱き着いては頬を抓って引っ張りまわしている。


「お嬢様―、痛いですよー」

 軽くリアクションを見せながらも二人は前進する。抱き着いたまま引きずられ運搬される心名の姿があまりにもシュールだったのは言うまでもない。


「久々の日本! 楽しみがいっぱいあるのだよ! まずは牛丼を食べて、日本のゲームをした後に牛丼を食べて、とにかく遊んだ後に牛丼を!」

「肉ばかり食べてないで野菜食べてください」

「玉ねぎを食べているじゃないかっ!」

「サラダも食えって言ってるんですよ、デブりますよ」


 二人の付き合いも昔のギクシャクした感じと比べてだいぶ緩んでいるように見えた。ここ数年の生活がアメリカで勉強したというのに、昔と代り映えしない心名が原因だと思われるが。


「楽しみだよー、本当に楽しみなのだよー!」


 中学校の門を潜る。


「ここに、あの子はいるんだ」


 ……日本に帰る際、何処の中学校に行きたいか話を聞かれたとき、ボディガードなどの協力を得て情報をしっかりと集めた後にこの中学校を選んだのだ。


 今後の将来の勉強のため? いや、違う。

 ここに行けばエスカレーター式に高校に行けるから楽をしたいため? 違う。


「……元気にしてるかなぁ」

 ここを選んだ理由はただ一つ。

 

 “会いたい”。 

 “あの男の子に会いたい”。


「カズくん」


 今日は入学式。そして、在学生は上の学年に上がるための進学式である。

 そのためか今日はスーツ姿の大人達が沢山学園を出歩いている。在学生達は入学式の準備のため早めに学園に到着している人がほとんどのようだ。


 見渡す限り、中学校の生徒達。

 

 ___何処にいるのだろう。

 ___あの人は一体何処にいるのだろう。


 ワクワクが止まらない。ドキドキは加速する。

 心名は中学校の校舎内をとにかく見回していた。


「よし! 今から探しに」

「その前に挨拶でーす」

 転入手続きを終わらせないといけない為、人探しは後にしないといけない。

「うわー、助けておくれ~」

「やめてくださいよ。私が悪者になるじゃないですかー」

 五鞠に連行される心名は必死に周りの生徒達に助けを乞いていた。


 とても元気な少女。その姿に何処となく……その場にいた人たちは面影を感じる。

 たまたま、その風景を見かけた数名の男子生徒達は、その少女を見るなり、まさかまさかと胸をときめかしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ___数分後、職員室で挨拶を終えた心名と五鞠は再び外へ出る。


「さぁ、何処だ!」

 約束の時間まで余裕がある。心名は再び人探しを始めた。

「全く、珍獣ハンターの如く、躍起になっちゃって」

「こら! カズくんを珍獣扱いとは何事か!」

「すみませーん。言い過ぎましたーっと」

 頬を膨らませ、叱りつける心名を前に、またも従者らしくない謝罪。


「……まっ、元気にしてるかどうか気にはなりますけどね」

 五鞠もまた、心名と一緒で気にはなっている。

 あの少年は今も元気に過ごしているのだろうか。弟分のように可愛がっていたようでそうでないようだったから。気にもなる。


 一体、彼は何処へ居るのか。

 心名と五鞠は、入学式が始まる時間まで探し続ける。


「……おい、来たぞ」

「ったく……お祝い事の時は来るなって言ってるのに」

「あーもう、アイツの自転車壊しておいたのに意味ねーじゃねーか」


 生徒達の声が聞こえる。


「?」


 外の風景が先程までと様子が違う。

 何やら、どよめきが起きている。生徒たち全員が冷たい目つきで校門の方を眺めている。


「……」


 ___生徒だ。一人の男子生徒。

 真っ白のエクステに赤いカラーコンタクト。堂々とした校則違反がよりその印象を悪く見せる。目つきも鋭く、どこの誰とも目を合わせようとしない。


 とても不愛想。とてもぶっきらぼう。

 敵意なんてものを丸出しにしながら、鞄を片手に靴箱へと向かう男子生徒が一人。


「……あぁ」

 心名は一発で認識した。

「あぁーーーーっ!」

 その男子生徒。かつての“あの子”の面影をそのまま残した少年の姿を。


 間違いない。

 あの男子生徒。彼こそが___


 “かずくん”であると。

 

「カズくん!」

 片手を振りながら心名は平和と思われる男子生徒の元へ迫る。

 


「私だよ私! 心名だよっ! とても元気そうで何より、」





「邪魔」


 ___通り過ぎる。

 感動の再会。それはたった一言の言葉で潰された。


「え?」

「邪魔だって言ってるだろ。聞こえてねぇのか……ちっ」


 心名を邪魔者扱いして去っていく平和。

 久々の再会を前にしても目もくれず靴箱へと向かって行く。


「……えっ」

 最初は何といわれたのか、彼女は全く理解が出来なかった。


「待って、カズくん! 私だよ、心名……」

「やっぱり、心名ちゃんか!」


 擦り寄ってくる男子生徒達。


「俺だよ俺、ほら、サッカー一緒にやったろ!」

「すっごく綺麗になったな!」


 それが壁となって平和の元へ近寄れなくなっていく。


「待って、待ってよ! カズくん!」

 遠のいていく、彼の背中。

 どれだけ彼を呼ぼうとも止まる気配を見せない。


(カズくん……?)


 次第に増えていく人だかりに飲み込まれ、ついに彼の背中は見えなくなった。

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