CASE.21「純情サッドデイズ その4」


 あれから数日が経過した。


 サッカーだなんて一人で遊んだことしかなかった。我が家に帰っては庭の塀に向かってサッカーボールの代わりに青色のゴムボールを蹴って一人でラリーする程度。


 ギクシャクした空気。混ぜてもらえているのか怪しい空気の中、平和は戸惑いながらも見様見真似のサッカーに参加している。やはりまだ彼のことを警戒しているのがほとんどなのか、彼へパスを回そうとするものがほとんどいない状況だった。


「あっ……」

 回ってきたら回って来たで対応の仕方が分からない。そんな状況でついに彼の元へサッカーボールが転がってきてしまう。

「えっと、えっと!?」

 あたふたと焦り始める平和。何処へ回せばいいのかも分からずにサッカーボールを片足で止めたまま棒立ちであった。


「こっちだ! こっち!!」

 声が聞こえる。

「とりゃ!!」

 平和は慌てて、そちらの方向へとボールを蹴り飛ばした。


「ナイスだっ!」

 サッカーボールを受け止めた男子はそのままゴール代わりに金網に向かってシュート。綺麗な弧を描いてゴールイン。


 見事な連携……なのだろうか。

 シュートが決まったというのに平和は今も固まったまま動かなかった。


「ありがとよっ! やるじゃないの!」

 棒立ちしたままの平和の背中をその男子が力強く叩いてきた。

「う、うん……」

 叩いてきた男子は凄く変わった頭をしていた。まるでホットドッグのように尖った髪の毛がコツンと何度も平和の頭に当たってくる。自分と同じ髪の毛だとは思えない。頑丈なリーゼントを前にそう思うのが今の平和の心境である。


「つぎもたのむぜっ」

 少年は愉快に話しかけてから、また遠くへ行ってしまった。


(……はじめて、はなしかけられたな)


 自分の体質が原因で誰も話しかけてこなかった。

 それが当たり前だと思っていた平和にとって、新鮮なその空気は今も尚、戸惑いを覚えている。


 だけど、悪い空気ではなかった。

 フワっと平和の表情に笑顔がこみ上げる。平和はこの空気を与えてくれた心名の方へと視線を向ける。



「……」

 視線の先。

(……あれ?)

 高千穂心名の表情はとても寂し気に思えた。


(……どうしたんだろう)


 どうして、そんな顔をしているのだろう。


(どうして、そんなに、かなしいかおをしているの?)


 心名はサッカーボールを何度もパスしてもらえているし、いろんな人に声をかけてもらっている。仲間外れにされているわけでもないし、サッカーで活躍できていないわけでもない。どうして、そんな表情を浮かべているのだろうか。


 また固まってしまう。

 平和は全員が動き回る中、彼女の瞳をじっと眺め続けていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 もうすぐ子供は帰る時間。夕暮れ時に男子達は心名に別れを告げて、その公園を去っていく。


「はぁ……」


 相変わらず、心名は沈んだ表情を浮かべている。

 今日はいつもと比べて元気がない。どうして、そんな顔をしているのか。


「なぁ、おまえ」

 気になって仕方がなかった平和はついに彼女に声をかける。

 初めてかもしれない。彼が自分から他人へ声をかけるのは。


「今日、げんきないけど、どうしたんだよ」

「あっ、かずくん……」

 平和の声に心名が耳を傾ける。


「……みんなとあそべるのが“さいご”かもしれないってかんがえると、とてもさみしいなって」

「え?」

「わたしね……おとうさんといっしょにあめりかにいかないといけないの」


 突然すぎる別れの言葉だった。


(……いなく、なる?)


 平和はその言葉を前に戸惑いを覚える。


「おじょうさまは、いつかはごかぞくの会社ではたらかないといけないんだ。そのべんきょうのために、ほんしゃのあるあめりかに」


 五鞠の解説。

 高千穂心名はテレビのコマーシャルでも何度か顔を出す有名企業・高千穂グループの社長の娘なのである。一人娘である心名は何れ、その会社で働くことが決まっているため、英語の勉強を含めて外国へと一度帰らないといけないのだ。


 もしかしたら、こっちへ帰ってくることもあるかもしれない。しかし、それはいつの事なのか分からないし、もしかしたら一生日本へ帰ってこないかもしれない。


 声をかけてくれた皆と別れるのが寂しい。

 それが心名の気持ちなのだろう。話によれば、一週間後には日本を離れるらしい。


「そうか」

 心名がいなくなる。

 何故だろうか。平和はいつも他人の事など何も思わなかったはずなのに、今日の一件に関してはこれほどにないくらいに寂しい表情を浮かべている。


「……さみしがってくれるの?」

「え」

 平和は心名の言葉に戸惑う。


「……そう、だとおもう」

 その感情は当然だったのかもしれない。

 ずっと気になっていた。理由は分からないが、いつも明るく活発な彼女のことがずっと気になって仕方がなかった。彼女に話しかけてみたい……その願いは思わぬところで叶ってしまったのだ。


 これからもっと仲良くなれるかもしれない。その矢先に引っ越ししてしまうという宣告。


 ガッカリが止まらなかった。平和は口惜しい表情をずっと浮かべている。


「おれ、ずっと、ここなちゃんのこと、きになってたから」

「それって……」


 心名の表情がフワッと緩み始める。


「ぷろぽーずかな?」

「え? ああ、いや、ちがっ!」

「ここな、こくはくされたのはじめてだよっ!」


 当然、平和は告白のつもりで言ったわけじゃない。

 目をキラキラさせながら舞い上がっている心名。それを前に訂正をしようと慌て始める平和。


「ふっふー。そのとしで、けっこんはまだ早いと思うな~?」

 五鞠はニヤついた表情で心名のガードをする。意外にも可愛らしい彼の一面を見れたのが嬉しかったのか。


 混沌とした空気で、さっきまで沈んでいた空気があっという間に吹き飛んでしまった。


「……ねぇ、かずくん」

 心名は慌てる平和の顔を覗き込む。

「もし、わたしがこっちにもどってきてくれたら、また、まもってくれる?」

 彼女はこっちに戻ってきてくれるか分からない。二度と戻ってきてくれないかもしれない。


 ___だったら。

 だったら……と、平和は若さに身を任せて、言葉を吐き出す。


 彼女に対するこの感情。この寂しい感情。

 その感情の正体に……平和はなんとなく気が付いていた。






「わかった」





 平和は心名の腕を握りしめる。





「おれ! もっとおおきくなってつよくなって、ここなのことをまもってやる!」






 先程の曖昧な言葉とは全く違う。

 これは……本当の意味での告白。






「おれがここなの“おうじさま”になってやる!」





 そうだ、あの感情は___

 いつもいろんな人にもてはやされることへの憧れでも、常に幸せと共にある彼女への嫉妬でもない。彼女の事が気になって仕方がないこの感情の正体は。



 ……“好意”だ。

 一目惚れだった。他の男子と一緒で、平和も彼女に好意を抱いていたのだ。



 だから、その感情に正直になる。

 叶わないと分かっていても、言葉に出来ずにいられなかった。


「ほんとう、かずくん?」

「あたりまえだ!」


 嘘偽りもない、純粋で正直な気持ちを彼女へとぶつけた。


「おれは、ここなのことがだいすきだから!」


 告白。

 それを正面から受け止める心名。



「……ううっ」

「うう?」

 突然聞こえてくるすすり泣き。


「うわああああん」

 心名は泣き出してしまった。


「え、ええ!?」

 平和は軽くショックを受けてしまった。

 まさか嫌だったのか。やっぱり、こんな疫病神に告白されるのは嫌だったのか。そうやって嫌悪感丸出しにするくらい嫌だったのか。


 どうやって取り繕うか。どうやって泣き止ませようかと慌て始めた。


「いやだよぉ~! こんなにわたしをたいせつにしてくれるひととわかれたくないよぉ~!」

 いや、違う。彼女は平和に対して嫌悪感を抱いていない。


「もっと、かずくんとあそびたいよぉ~!!」


 ワガママ。

 あまりにも嬉しいワガママ。


「え、えっと……」

「おじょうさま……」


 平和と五鞠。そしてボディガード達。

 

「うわあああああああああん!!」


 なかなか泣き止んでくれない心名を落ち着かせるのにかなりの時間がかかってしまった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ____一週間後。



 高千穂心名は……親と一緒に、アメリカへと帰国した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る