CASE.20「純情サッドデイズ その3」
___数時間後。
「……っ」
平和は、高千穂心名の家系が使用しているリムジンの中へと連れてこられていた。
大型犬に”襲われた彼”の怪我の治療。
明日学校に登校できない程の大怪我と言われるまでではないが酷い怪我ではあった。突き立てられた牙、引っ掻かれた体など入念な応急処置が行われる。
心名達を助けるために威嚇行動を取った平和。
刺激を受けた大型犬は激昂し、平和に襲い掛かったのだ。当時小学生で大した力のない彼に対抗手段などなく、噛まれたり引っ掛かれたりなど酷い目に合いながらも、必死に堪えて叫ばずにいた。
「あぁっ……ああ……」
代わりに叫んでいたのは心名達の方だった。
その声に気が付いたボディガードの黒服達三人。電話や今後のスケジュールの確認等で目を離していた隙の騒乱に気付いた彼等は大型犬の沈黙を開始させる。
一人が大型犬を抑えている間に平和と心名達を保護。野良犬が完全に動きを止めるまでその時間は二十分とかなり長い時間を用いた。
保護された平和はそのままリムジンに運ばれ、応急処置を施される。
野良犬に噛まれたのだ。病原菌などが体に侵入していることも考えて病院に連れていくべきだろうという結論に至った。平和の家族に連絡を入れた後、一度彼を病院へと運ぶことになった。
「あ、あの……だいじょうぶ?」
応急処置が終わり、リムジンの椅子に座ったまま動かない平和に声をかける心名。
「ううっ」
「うう?」
少年からの返事に心名は首をかしげる。
「うわぁあああん!」
すると、間もなく平和は泣き出してしまった。
怖かった。とてつもなく怖かったし、痛かった。
溢れる涙を止めることが出来ない平和はただずっと泣き続けているだけ。周りには強い大人達、そして目の前には優しい心名。もう安心だと思った矢先、ついに泣いてしまう。
「うわあああ、うわあああん!」
「……ふむっ」
泣き出した平和を、そっと心名が抱きしめる。
「だいじょぶだよー、もうだいじょうぶだよー」
そう呟く心名の腕も震えている。
「……こわかったよね。とてもこわかったよね……わたしもこわくて……ううう」
そして、そのまま心名も泣き出してしまった。
当然だろう。もしかしたら、あんな目に合っていたのは自分だったかもしれないと想像するだけでも恐ろしい。心名は平和を抱きしめたまま、彼に負けないくらい大きな声で泣き喚こうとする。
「……わたし、なにもできなかった」
ボディガードの勉強をしていた五鞠。ずっと震えていた彼女の瞳にも涙が溢れ始めていた。
「わたしも、なにもできなくて……こわくて……うわああああ」
「「うわあああん……!!」」
子供達三人。全員泣き出してしまった。
黒服達。全員大慌て。
三人全員が泣き止むまで、大型犬を取り押さえるよりも長い時間をかけてしまったのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数日後。怪我も落ち着いた平和は再びジャングルジムへとやってきた。
あの日、家族に凄く心配されて泣きつかれた。家に帰る前、涙を出し尽くした彼はもう泣く元気すら残っていなかったが故に涙一つ流さなかったが、それが原因で余計に家族を心配させる結果になってしまった。
それといった黴菌も体に入っていないらしい。異常が起きたら、お父さんたちに相談するようにと医者から話を受け、いつも通り公園にやってきた。
___集まる。今日も子供達が集まっている。
そこへ何事もなくやってくるのは心名のリムジンである。
「ちらっ、ちらっ……!」
「いまりちゃん、しんぱいしすぎだよー」
「いえ、また、あの犬っころがいるかもしれませんので……!」
公園へと足を踏み入れる心名と五鞠。そして、二度とあのような事が起きない様にとボディガード達も一切目を離さない様に公園の中まで入ってくる。
子供達水入らずで遊ばせたいという気持ちが強かったが、あの一件が起きてからではそんなこと言っていられない。最強の包囲網で二度とあのようなハプニングが起きない様にと厳選した姿勢で構えていた。
「ここなちゃん、だいじょうぶ!?」
「ごめんね、きのうにげちゃって……」
昨日、真っ先に逃げてしまった子供達は心名の元へ。
やはり負い目を感じていたようだ。男の子だというのに、女の子一人放り出して自分だけ助かろうと逃げ出してしまった事に。
「だいじょうぶ! しかたないよ、あのわんちゃん、こわかったから」
逃げるのは仕方ない事だよとフォローを入れる。
本当によく出来上がった女の子である。良い意味で親の顔が見てみたいと思いたくなるものである。
「……あいつのせいだ」
子供達の視線が、ジャングルジムの中へ向けられる。
不穏。険悪としたムードが流れ始める。
「あいつのせいであんなことになったんだ!」
一人が彼を指さして大きな声で叫ぶ。
「そうだそうだ!」
また彼だ。彼がここにいるからあんな不幸な事件が起きた。また彼が不幸を呼び寄せたんだと騒ぎ立て始めたのだ。
「おまえのふこうがわるいんだ! おまえがここにいるからわるいんだっ!」
その声は一人が騒ぎ立てたのが波となって、次第に一斉に掛け声となって変わっていく。
「そうだそうだ! おまえのせいだぞ!」
「なんで、へいぜんとここにいるんだ!」
「こうえんからでていけ! おれたちをふこうにするな!」
出ていけ。
出ていけ。
出ていけ。
子供達は一斉に平和に対してコールを始める。
「……っ!」
___助けたのに。勇気を出して助けたのに。
どうして、褒められるよりも前に怒られないといけないのか。
平和は、その悔しさのあまり、ジャングルジムを力強く握りしめる。
耳に響くコールの連続に歯を食いしばる。誰も褒めてはくれない。かかってくるのは、俺達の領域に二度とやってくるなという罵詈雑言。
まるで……あの野良犬と一緒だ。
敵。自分はこの子供達にとって敵でしかない。平和は強くその言葉を噛みしめる。
出ていけ。出ていけ。
出ていけ。出ていけ。
出ていけ。出ていけ。
止まることのないコール。きっと、平和がこのジャングルジムから出ていかない事には止まることはないだろう。
「でていけっていってるだろ! ばけもの!」
「きえてなくなれ!」
なかなか動かない平和を前に、中には石や泥を投げつける輩まで現れる。
「……おれはっ」
最早、人間としてすら扱われていないその境遇に……昨日、出し尽くしたはずの涙が再び浮かび上がろうとしていた。
「なかまはずれはだめっ!!」
ジャングルジムへと飛び出す心名。
「あいたっ……!」
その結果、投げられた泥が彼女の顔面に降りかかる。
「あっ!」「お前っ……!」
泥を投げた子供達の顔が青ざめる。
「いてて……」
泥が顔にかかろうと、心名はずっと両手を広げたまま、そこを動かない。
「なかまはずれはダメっ! そんなことをする人たちとはあそびたくないっ!」
心名はいつものイメージと反して、かなり怒っていた。
平和に対してのあの仕打ち。人間にするとは思えない酷い仕打ちに対して強い憤りを覚えた彼女はそこから一歩も動こうとしはしなかった。
「このこがなにをしたの! なにもしてないじゃん!」
「ちがうよ! そいつはふこうをもってくるんだ! だから、ここにいちゃいけないんだ! だから、」
「そんなの、ちゃんとしたりゆうになってないよ!」
男子一人の反論に対し、心名は強く返す。
そんなの彼が悪いという証拠には何もならない。強くそう言い返したのだ。
「……そうだよね。それってうわさでしょ。ねもはもないうわさで、だれかをなかまはずれはするなって、おじいちゃんもいってた」
五鞠も彼を庇う。
「わたしも、こういうの、よくないとおもうな」
ただ一人。自分の身がどうなろうと構わず守りに来てくれた彼への恩を返すため。五鞠もジャングルジムの前にたちはだかる。
「ねっ?」
五鞠は平和へと振り返り、年上のお姉ちゃんらしく微笑んだ。
不幸を運ぶ少年。それは一つの噂でしかない。
そんなのを確証とするだなんてあまりにも理不尽すぎる。彼が可哀想だとは思わないかと強く皆に意見を訴えた。
「そ、それは」
証拠にならない。それは噂。
まだ子供でしかない彼等にその理屈は通らないと思っていたが……彼等にとって、憧れの的である心名達にそれを言われると、説得力もあるのか押し黙り始めた。
「きみ、なまえは?」
ジャングルジムの中に入り込んだ心名が平和に話しかける。
「……ひらかず。さいとひらかず」
「じゃあ、かずくんだねっ!」
心名は平和の腕をそっと握る。
「かずくん! いっしょにあそぼっ!」
とても眩しい笑顔。
振りかけられた、純粋で鮮やか。向日葵のように眩しい表情。
「……っ! うんっ!」
当時、純粋であった少年の心を。真っ黒になっていた少年の心を照らした。
その日、初めて、檻から出た。
平和は心名と一緒にジャングルジムを飛び出した。
……大げさな表現かもしれない。
だが、あの日平和は……“初めて、あの牢獄の中から外に出よう”と思えた。
ジャングルジムから飛び出した彼は、心名と共に皆の元へと駆けて行った。
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