CASE.17「サイクリング・クラック(後編)」


 放課後。まっすぐ家に帰り、荷物を置く。

 動きやすいように外出着。周りからはダサいと言われるダウンジャケットにサングラスを身に着け、俺は“外食してくる”と伝言一つ残して街の方へと向かって行った。


「ここかな……?」

 探す。俺はあるものを探している。


 パチンコ屋、駅前、路地裏。とりあえず全部見回って確認している。携帯電話にとある画像を表示させながら。


 ……自転車だ。心名の自転車を探している。


 聞き飽きる程の自慢は昨日の放課後まで続いていて、その自転車の画像も連絡用のLINEにまで送られてきた。

 その画像を頼りに、街中で自転車の集まりそうなところを確認してみる。無駄な足掻きかもしれないが俺は一時間近くずっと探し続けていた。


「やっぱ無理かな……?」

 一度休憩で駅前のベンチの上に腰掛ける。

 範囲が広すぎる。それ以前に盗まれて既に半日以上が経過してるとなったら、証拠隠滅のため既にこの街の外へと持ち運んでいる可能性の方が高い。


 冷たい缶コーヒー片手に俺は半ば諦めムードに入っていた。


「……もう少し探すか」

 だけど、俺はそのまま帰ろうという気にはなれなかった。

 もう少しだけ足掻いてみることにする。高校生が補導される時間まではまだ十分と時間はある。もうちょっと遠くまで探し回ってみようかなと俺は両手を上げてアクビをかます。



「ちょいちょい」

 その瞬間。俺の首元にキンキンに冷えた何かが押し付けられる。

「ふぎゃ!?」

 俺は思わず変な声を上げてしまった。こういうビックリ系のドッキリにはとにかく弱いために俺は不意打ち相手に恥を見せてしまう。


「急に今日の予定キャンセルしたから何事かと思って様子を見に来てみれば……随分と大変そうだねぇ。旦那さん?」

 ベンチの後ろにいたのは見慣れたメンツ。

「俺達も混ぜろよ」

 ニヤついた表情がむかつくオタク眼鏡。そして、夕日に靡く大きなリーゼント。

 三句郎と牧夫だ。学生服姿の二人がニヤつきながら俺を眺めている。


「……何の用だよ」

「心名姫の自転車探してるんだろ?」

「!!」

 何故それを。俺は思わず表情に出してしまう。


「高千穂の自転車が盗まれたって話が学園で広がっててさ。これを機にお近づきになるチャンスだって、男どもは全員自転車探しに夢中って訳さ……んで、その話を聞いて“お前が動いていないわけがない”って思ったわけよ」

 三句郎はカッカと笑いながら俺の元へ。


「は? どういう意味だよ、それ」

「そう照れ隠しするなって」

 牧夫もドンと肩を叩くと、耳元でそっと呟いて来る。


「……“惚れた女”が泣いていたら、放っておけるわけもないだろ。色男」


 その言葉。図星を突くような言葉を前に。


「____っ!!」

 俺はドカンと、隠していた感情を表情で爆発させてしまう。


「……んなわけあるかっ! 変な事をつらつらと!!」

「まあまあ、男の照れ隠しとか見てて誰も得しないし、どうでもいいから……探すんだろ? 俺達も暇だし手伝ってやるよ」


 グルンとバットのように揺れるリーゼント。そしてリーゼントに負けないくらいにビシっと立てられる親指。その二つに凄く映える真っ白な歯並び。


 清々しい程に汗臭い友情。昭和臭い牧夫ならではのピッタリポーズだ。


「これだけ広い街でござるからなぁ。流石に一人じゃ厳しいから、情報網は欲しいんじゃなくて?」


 街のネット掲示板や、オタク及びゲーセン仲間の捜査網を駆使して探索できる範囲を広げる。これほど便利な手助けは願ってもいないんじゃないかと三句郎は提案してくる。


「……勝手にしろよ」

 暗黙の了解だ。俺は牧夫と三句郎の同行を許すことにした。


 確かに、行動してくれるメンツが増えるのはありがたい。もう時間からして絶望的だと思うが、数パーセントでも可能性が広がってくれるのは、嬉しい限りだ。


「あれ、カズ?」

「あらぁ、こんなところで何してるの坊や達?」

 すると、今度は五鞠と彼女達のバイト先の店長であるエルメス大淀さんが走ってこっちにやってくる。


 大淀さんは相変わらずダメージジーンズとタンクトップの上に似合いもしないハートのエプロン姿だが、羞恥心とやらがないのだろうか。


 ……おそらく、例の自転車泥棒の話を彼も聞いたのだろう。

 娘同然のように二人を可愛がっている大淀さんがこの一件を放っておくとは思えない。当然協力し、今日一日だけお店を閉めたのかもしれない。


「ああ、それは___」

「自転車、探すってさ」

 誤魔化そうとした俺を先回りし、牧夫がバラしやがった。


「あらあらあら~」

 大淀さんはそんな俺を見てニヨニヨと笑ってくる。

「おぉ、カズってば~……王子様らしいところ見せるじゃな~い」

 五鞠も俺に対して、からかいの言葉を駆けてくる。


「……行ってくる」

 そのムカつく表情が限りなく腹が立った。

 何とも言えない苛立つ感情……”恥じらい”と、本当のことを言っておく。


 こういう空気は大嫌いな俺は、早足でその場から去っていく。


「んじゃ、行くか」

「拙者はゲーセンの方を調べてくるでござるよ」


「じゃあ、私は変な男がいなかったか、知り合いに聞いて回ってみるわ」

「私も自転車が集まりそうなところを」


 全員散らばり始め、数時間というタイムリミットの設けられた自転車捜索網が開始された。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数時間後。

 俺達は喫茶店フランソワへと一度集結する。


「「「ないかぁ~……」」」

 俺達男子三人組、結果見つからず断念。

「うーん、やっぱもう遠くに行っちゃったかなぁ……」

「それっぽい人を見た人はいないっていうし、難しいわねぇ」

 五鞠と大淀さんも力を尽くしたが見つからなかった。


 やはり時間が立ち過ぎているのかもしれない。既に自転車は解体されて売り捌かれたか、何処か遠くへと持っていかれてしまったか。


 制限時間も近づいてしまい、見つかったかどうかの確認をしに来たが収穫ゼロ。これには全員肩をガックリ落としていた。


「……私は引き続き探してみるわ。坊や達と五鞠ちゃんも今日は帰りなさいな」


 今日は解散。

 無念と言わんばかりの表情を浮かべ、俺達はフランソワを後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 自転車が見つからず、敗北ムードのまま終わってしまった俺達。


(……心名)


 泣いていた彼女の事を思い出す。

 慣れない仕事を必死に頑張って、その貯めたお金で購入した大きなお買い物。ずっと楽しみにしていた事、そして達成感が一日して無くなってしまった事。


「……見つけてあげたかったな」

 俺は誰もいないことをいいことに、ぼそっと本音を漏らしてしまった。





「へぇ~、確かにそれは面白そうだなぁ!」


 公園。そこから、この時間になっても帰ろうとしない男子生徒達の姿がある。


 ……三人組だ。何やら一人が自転車を自慢しているようにも見える。


 こんなナイーブな時に自転車を眺めると余計に気が滅入りそうだ。俺はその三人組から目を離し、立ち去ろうとする。


「ん?」

 だが、その一瞬。

 ほんの一瞬だけ、その男子生徒達に目を向けて気が付いた。


「んんん……!?」

 その自転車。


 ___明らかに……“心名の自転車”である。


「そうそう、自転車を盗まれてしまった心名ちゃんはきっと今、心も折れかけている状況だ。そして忘れかけた時にこの自転車をそっと持ってきて恩を売る……そうすりゃ、あの高嶺の花である彼女もようやく、俺に靡いてくれるってことだろうよ」


「盗んだのお前だけどな!」


「そんな模索するほどの奴じゃないって! 守りは固いだろうが頭はかなり緩いからな! へっへっへ、お近づきの印にはどんなご褒美をもらおうかなぁ……『君のハートが欲しい』とかでもいいし、『いいんだよ。君の気持ちさえよければ』とか……かぁぁ、俺カッコイイな! おい、お前等も何かカッコいいセリフ考えとけよ! この俺に彼女が出来る日も遠くない最高のチャンスだからな!」


 大笑いする男子生徒三人組。



(……ブチンッ)


 俺の中で何か決定的なものが切れたような気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ____数時間後。


「あっ!」

 喫茶店フランソワ。そこには心名がいる。


「……数時間ぶり」

 彼女が待っている相手は、”俺”である。


 数時間前。事情を知った俺はあの馬鹿どもの元へ出向いて自転車を取り返しに行った。結果、それはそれは盛大な喧嘩が始まったわけだ。


 三対一とだけあって流石に分が悪かったが意地でも自転車は取り返した。


 俺も男子生徒達もボロボロになり、俺は何とか立ち上がって自転車をフランソワに持っていく事に。直後、その途中で心名達に連絡を入れておいた。

 『自転車を盗んだのはお前だと言いふらしてやる』だなんて男達は叫んでいたが、やるなら好きにすればいいとだけ口にしてその場を去った。



 ……アイツらの会話、携帯で決定的な所を喋った瞬間をしっかり録音してやったので、自衛は完璧である。防衛網は完璧だ。



「カズくんボロボロじゃん!? どうしたの!?」

「ちょっと転んだ」

 転んだだけでそんな大怪我する馬鹿があるかと言いたげな顔を心名は浮かべる。


 事情を聴いた五鞠と大淀さんも、その言い訳は流石に無理があると言いたげな表情であった。だってそれ以外に良い事思いつかなかったんだもん。


「次はちゃんとチェーンで繋げとけ。高かったんだろ」


 俺は注意だけ言い残して、その場を去っていく。

 体が非常に痛む。早く帰って、応急処置をしなければ。


「……カズくん!」

 心名の声。立ち去ろうとした俺の目の前まで走ってきて、微笑みかける。



「やっぱりカズくんは、私の王子様だね!」


 嬉しそうな顔。嬉しそうな声。

 戻ってきたヒマワリのような笑顔がとっても眩しい。


「……そんなんじゃない、から」

 俺は早足でその場を去る。

「自転車、たまたま見つかっただけだから。探してなんてないから、誤解すんな」

 探す気なんて更々なかったから誤解するなとだけ言い残して。



「~♪」

 後ろから気持ちの悪い声で笑っている心名の声が聞こえる。


「ホントにもう___」

 今回の一件のおかげでサスペンス小説の事がどうでもよくなってしまった。




「変なヤツ」


 俺は……“一瞬だけ笑って”しまうと、バレる前にとその場から走り出した。

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