CASE.16「サイクリング・クラック(前編)」
「むふふ~」
ゴールデンウィークが終わってすぐの登校日。自席で本を読んでいる俺を、前の席からニヤついた表情で眺める心名がいる。
何か言いたげなのは分かる。何かを自慢したい顔だというのもハッキリわかる。そのムカツクほどに緩んでいる頬とニヤついた表情は間違いなくそれを意味している。
(無視無視……)
面倒だし、それに関して触れるつもりはないぞ。
俺はただ一人、ちょっと流行りのこのサスペンスホラー小説を読み耽っている。流行るとだけあって面白く、一体誰が犯人なのか読めないのが面白いところだ。
「ん? どうして今日はこんなに笑顔なのかって? やっぱり気になるのかなぁ!?」
(俺、何も言ってないんだが?)
こいつ、ついに自分から言い出しやがった。
当然俺はスルーを貫くつもりでいる。どうせ、ろくでもないことに違いない。今朝から新しい歯磨き粉を使ったから歯が綺麗で笑顔が眩しいでしょとかそういう類のお話だろうから。
「……話聞いてくれないと、その小説の犯人バラしちゃうよ」
「やめて」
誰もが認めた衝撃のラストと謳われている超大作のネタバレとかマジでやめてくれ。この本を見る為だけにツイッターとかネット評価とかもある程度は自重しているのだから本気でやめてくれ。
「むふふ~」
“やったぜ! 振り向かせてやったぜ!”って顔をやめろ。鼻息を荒くするな。
(この野郎……!)
だが、実際振り向かせられたのは事実。俺は数時間後のクライマックスの楽しみを守るためにその話に乗ってやることにする。
「んで、今日何かあった?」
「おお~、そんなに気になっちゃうのかなぁ!? 仕方ないなー、カズくんは~」
すっげぇ殴りたいその笑顔。
俺は込みあがる怒りを抑えて、心名の話に乗ってやる。
「実はね……私のバイト代の貯金でね、ついに買ってしまったのだよ! 登校と運動用の自転車!!」
心名はA4サイズの大きさのフリップを用意して、俺にその自転車の画像を見せてくる。なんでそんな画像用意したんだよ、ダーツの景品か何かか。
「乗り心地快適! ロックも安全! しかも凄く軽くて持ち運びも楽! 今日の朝、さっそくこの自転車でやってきたんだけど……もう快適だよ!」
「へぇ~……」
ひとまず、その感想に関しては“良かったね”としか返せない。俺は流し目で自転車の自慢をする心名の表情を眺め続けている。
本当に嬉しそうである。
買いたいものがあると言って頑張って働いていたのは覚えている。その夢が叶って本当に嬉しかったのだろう。
(……ふっ)
その可愛らしい笑顔。
見てて暇にならないその表情。俺はじっと見つめるだけである。
「おや、カズくんももしかして乗りたいのかな?」
「別に……原付もってるし」
「これを機にカズくんも自転車に乗り換えようよ。そして私と一緒に毎日自転車登校と洒落込もうじゃないか!」
「やだよ、俺の家の前坂道だし」
「そういわずに~! カズ君はもっと体を鍛えるべきだよ」
「ご生憎。これでも普段鍛えてるんで」
調子に乗り始めた心名に俺はいつも通りスルーを貫いてやった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
___次の日。
例のサスペンス小説もいよいよ佳境。一体誰が犯人なのかある程度予想がまとまり始めてきた今日。
(ここに来てアリバイを口にしたか……いや、でも、矛盾が生じている。やっぱり、犯人はあの人……? でも、それじゃあ、ありきたりだし……)
読み進めるごとに気になって気になって仕方がないこの小説。風呂でシャワーを浴びている間も、飯を食べている間も、宿題に手を付けている間でも……一体誰が犯人なのかと考察を続けていた。
そして今、その答えが出てこようとしている。
俺は全ての真相が書かれているであろう、最後の章のページを開いた。
「あぁぁぁ~……」
……なんか目の前でゾンビのような唸り声が聞こえる。
ひとまず、それはスルーする。
「あああああ……」
心名の声だ。可愛らしい声ではあるが一段と声が低くショックを受けている様に見える。
あまりにも覇気のない声。昨日と比べて、あまりにも元気のない心名の声が気になって仕方ない
「……どうした?」
これでは折角の空気も台無しだ。まずはその唸り声を黙らせる。
一度しおりを挟み直して、机の上に伏せている心名へと声をかけた。
「いやぁ、何でもないのだよー。気にしなくていいのだよー」
ところが彼女は何もないと言い張るばかりだ。
「はぁ~……」
___嘘だ。
いつもヒマワリのように無駄に眩しい笑顔を浮かべているこの少女がここまで項垂れるということは何かあったということだ。
「……えっと」
俺は視線を別の方向へと移す。
事情を知っていそうな、五鞠の元へと。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「自転車が盗まれた!?」
心名に聞こえないところ。ひとまず廊下に移動した俺は五鞠から事情を聴く。
……どうやら、自転車を盗まれたらしい。
「うん、その日、私はどうしても外せない用事があったからお嬢様に話を聞いただけなんだけど……昨日、コンビニでデザートを買ってる間に盗まれたって……」
「鍵はかけて……ってそういえば、滅茶苦茶軽いって言ってたな。その自転車、チェーンで何処かに繋げたりとかは?」
「してないと思う」
女性のために持ち運びしやすく軽量化されている自転車。ガタイの良い青年くらいだったら、そんなサイズの自転車を持ち運ぶことくらい容易いはずである。
最新のロック機能をつけているとはいえ、別にチェーンを用意していないとは思わなかった。
「監視カメラとか映像は?」
「それが死角でさぁ。コンビニの映像では何も残ってないらしいんだわ。一応、警察には届け出は出したんだけど……」
警察に声を駆けているのならひとまずは安心だと思う。
それに、自転車一台持ち運んでいる男だなんて、そんなインパクトのある光景ならば誰か一人は目撃者がいるはずだ。見つかるのも時間の問題だとは思う。
「そういうわけだからさ、カズ。なんかそれっぽい自転車を見つけたら、連絡してくれると嬉しいかな」
「あ、ああ」
五鞠はそれだけ言い残して教室へと戻っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
授業中。結局、例の一件の話を五鞠に聞いていた為に時間が潰れ、サスペンス小説の続きを読むことは出来なかった。授業中はあの後の展開が気になって仕方なく、中々授業に取り組めない。
……だがそれよりも。気になることがあった。
「ぐすっ……ぐすっ」
すすり泣きが聞こえる。
心名だ。周りの生徒に聞こえない様にしているが、これだけの距離なら涙をこらえている音が耳に入ってしまう。
「どうした高千穂?」
「ああ、いえ……鼻の調子が悪くて」
それっぽい言い訳をして誤魔化していた。
「……」
鉛筆からそっと手を離し、先生に見つからない様、俺は授業中使用禁止の携帯電話へと手を伸ばした。
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